96 駆け引き
「言ってしまえば僕の一存で勇者ルナス、君を処分する事が出来るんだよ」
「ムザムザやられると思っているのかな? つまり意味も無く姿を現すのは自信の表れか」
ルナスが剣に手を掛けた所でシュタインは降参とばかりに手を上げる。
「いやいや、その考えは早計だよ。こうして追跡して調査した結果、勇者ルナスさん達を処分する必要が無い事はわかっているさ」
まあ実際に味方の死人なんて出ていないしな。
マシュアとルセンは除外する。
「いやー、始める前の雰囲気的にこんな迷宮の深い所でおっぱじめるのかな? ワクワクって思ったのに、実際はアレだもんね。本当、リエルってプリーストよりもプリーストって感じだよね」
「私としては少し位欲深くても良いのだがな。困ったものだ」
「うるさい」
ルナスもな。
何が困ったものだ。
「まさかリエルの死んだフリがあの悪名高いスキル、勇者の怒りを作動させる鍵となるなんてね。証明出来れば白と確定さ」
くっ……シュタインがこの組み合わせに気づいたか。
さすがにまともな神経をしていれば少し見ればわかるよな。
「むしろ勇者ドラークの方にも嫌疑があって僕の報告で逆にあっちの縁者が追われる羽目になるかもね」
まあ実際ドラーク達は色々やっていたみたいだしな。
むしろ今まで大丈夫だったのが不思議な位だ。
「まあ上に問題なしと報告すればだけどね。同時に厄介事にも巻き込まれ兼ねないけどさ」
「それは……」
「わかってるよ。よくある手段だからね。リエルにも危険が及びかねないから黙っていたんでしょ?」
それはルナスとも話し合った危険性だ。
人間というのは自分に害が無かったとしても誰かが得をしているという状況を寛大に受け入れる事が出来ない人がいる。
しかし、強者であるルナス本人を攻撃するのは怖いし、リスクがある。
そんな連中に俺は命を狙われる可能性は大いにあった。
他にも人体実験とかもされかねない。
「ヌマ……」
不穏な気配を察知したクマールが困った顔で俺にすり寄る。
ああ、心配してくれているんだな。
大丈夫だぞ。俺がしっかりとお前を守ってやるから。
「何もしないで居ればドラークの縁者がこっちを潰しに掛かる。こっちの手の内を明かすとリエルの命が狙われる、か。ふん、何があろうと私は負けるつもりなどないぞ。最悪、国など捨ててくれる」
うわ……どんな困難さえも乗り越えてやるとルナスが不敵な笑みを浮かべている。
あの威力の魔法が国の軍隊に放たれたら……うん、とんでもない被害が出るぞ。
4倍速で4倍の威力を持つ……勇者ドラーク達がそれだけで瀕死になる魔法を出せるルナスを止められる奴なんて王宮内にいるのか?
それこそ国最強の勇者でもないと止められないだろう。
他に出来るのはルナスと同じ勇者の怒り持ちだろうけど、今ルナスは牙を研ぐために迷宮に潜っている。
狭い迷宮ならルナスが有利だ。
しかもこれからどんどん強くなるぞ。
ルナスと同様の勇者の怒りを所持する者がいたとして地力の差はどんどん開く……後は死ぬ仲間の差か。
「まーこれだけの力が出せるなら国も怖く無いかもね。だけど安心してくれて良いよ。あくまでそれは周知されてしまったらの話であって、知っている権力者が限られていればそんな心配も無いさ」




