214 ぴよレモン
「折角だし食べてくれない? ちょっと多く持ってきすぎてねー」
「ありがとうございます」
「ヌマ」
俺とクマールはそれぞれぴよれもんを受け取って皮を手で剥いて食べる。
酸味が強いけれど、甘みもあって瑞々しく美味しい。
味変をする際は加熱すると甘みがより増して食べやすい。
「美味しい」
「ヌマ」
「そうかいそうかい、それは良かった。じゃあちょっと話を聞いておくれよ? いやね。ついでなんだけどねぇ。私には孫が居てねぇ」
ん? 孫? 旅の目的とかを話すのだろうか?
本屋……大型のウサギ型の魔物というかこっちの世界の人種なんだろうけど、孫が居るのか。
なんとなく歩き方とか体型とかから思うに中年の女性っぽいと思って居たけど読みは間違っていないようだ。
「孫ですか……」
これって俺とクマールはどんな反応をすれば良いんだろう?
「血気盛んに過激な事に手を突っ込んでみんなを困らせてるってんだよ。やむなく祖母の私まで説得に行く事になってね。一族総出で色々と話し合いをする羽目にね」
「はぁ……大変なんですね」
どんな孫なのかとか詳しい事はどうにもよく分からないので俺もそれと無い返事しか出来ない。
「昔会った時に私に随分と懐いて居たから私の話なら聞いてくれるってね。頼まれてるからしょうがないのさ……可愛い孫だからね。大けがする前に止めないとね」
「過激ってどんな事をしようとしてるんだ?」
「ヌマー」
俺とクマールは相槌を打つにしても内容を知らなきゃ空返事で終わってしまうのでそれとなく聞いて見るしか無い。
「ああ、説明を忘れてたね。まーぶっちゃけるとあっちの世界の人間へ復讐するって言って聞かないそうなんだよ」
「うわ……」
何かとんでもない恨みをどうやら本屋のお孫さんは人間に持ってしまっているっぽいな。
物語とかで恨まれて破滅する人がまさに妖精とか側から実行される寸前って事か。
で、そんな事をさせないために本屋は呼び出されて説得をしようとしてるって事なのね。
「何でも意中の相手を人間に殺されたそうでね。復讐したいと騒いで居てね。周囲を巻き込んで大暴れしてるんだよ」
「それって人間が悪いって事なんじゃ……」
と、事情から推測して客観的に話をすると本屋はパイプを取り出して葉っぱを先に乗せて火を点けて吸う。
「んー……その意中の相手が相応の立場だったら問題ないんだけどね。どうもそうじゃないんだよ」
「ヌマー?」
そうじゃない……のですか? とクマールが小首を傾げながら尋ねる。
「そう。相手の種族でも最底辺でどうしようも無い能なしに惚れてたんだと」
良い所のお嬢さんがどうしようもない奴に惚れていたけど殺されて人間に恨みを持ったと……なんとなく程度しか分からないけどややこしいな。
碌でなしに惚れる貴族の令嬢って話とかゴシップで聞いたりするけど、それに近いのかな?
そりゃあ家柄とか考えるような立場なら説得するだろうなぁ。
もしくは戦争に派遣されて戦死したのを惚れていた令嬢が恨んで軍に入隊するみたいな感じかな?
物語とかで亡き恋人の敵を討つためにって話は何かで読んだな。
貴族って血筋を重んじるし、生まれ持って中々当たりスキルを引く確率が高いと言われたりしているから女性でも結構強いスキルを所持してる事が多い。
魔法使いなら腕力もそこまで必要じゃないのもあって、結構活躍出来るんだ。
「ややこしいのが孫は人の世の方に火遊びに毎回出ていたそうなんだよ。そこに居る……まあ、アンタたちからすると魔物に惚れていたって話しさ」
こっちの世界の住人って魔物なのかそれとも人なのか分からないんだよなぁ。
妖精って扱いで別カテゴリーとみるべきなのか?
だけどハイロイヤルビーも妖精で魔物扱いな訳だからより分かりづらい。
「えーっと……すまない。俺からすると魔物と、こっちの世界の住人の違いが分からなくて」
「そんな差は無いね。まあダンジョンとかに住んでる原住民みたいな連中とは私たちも話が通じずに異種族で話が出来ないから戦いもするし、人間も似たようなもんだろ?」
まあ……なんとなくだけど理解する事が出来たような気がする。
首狩りをする人間とほぼ同じの原始の民とか迷宮に住み着いていたりするし、当然、冒険者は戦って殺したりもする。
盗賊も然り。
……クマールって魔物枠だよな? こっちの世界の人みたいな側面も宿しているけど。
「コイツはクマールと言うのですけど、あなたからするとクマールはどっちなので?」
「魔物で妖怪でこっち側の住人じゃないかい? まあ、人間のアンタを慕って居るから気にしなくて良いと思うけどね」
「ヌマー」
クマールもよく分からないと言った様子で頬を搔いている。
「つまり孫娘さんは人の世の方で片思いをしていた魔物を殺された事で復讐しようと騒いでると」
「そういうこと、私は娘側の祖母なんだけど旦那側の祖父が孫を目に入れても痛くない程可愛がってるからワガママを聞いている内に色々と問題が膨らんで来てるって話」
「それは大変だ……」
「ヌマー」
厄介な話ですね。とクマールも答える。
「うーん……となるとクマール、お前も服とか着た方が良いか?」
この世界の者たちを確認すると色々と服とか着ている者も多い。
それに引き換えクマールはリュックとかポーチとか付けてるけど全裸に近い。
「ヌマ?」
必要ですか? ってクマールは首を傾げている。
羞恥心をクマールは持って居ないけれど、人の世だと全裸だったら通報されるぞ。
「こっちの世界はその辺りは深く気にする者はいないから気にしなくて良いんじゃないかい」
どうやらクマールの格好はそこまで気にされないらしい。
とはいえ、クマールも何か着れるのなら着た方が良いかもという考えは持っておこう。
「ヌマヌマ」
そんなに自分の服装が気になるなら魔法でそれっぽく見せます。
と、クマールが葉っぱを出して魔力を込めるとボンっとクマールは羽織を羽織って見せる。
「ヌマ」
こっちが良いですかと何か赤い菱形の布をお腹に巻いて見せて居た。
何か似合うような気もするけど……クマールのセンスがよく分からない。
地元の人の格好なんだろうか?
「それって何処基準?」
「ヌマ」
地元の人間の格好ですけど……と、クマールが返す。
「まあ、クマールが好む格好で良いと思うぞ」
「ヌマー」
わかりましたと、クマールは羽織を腕に通す形で纏めた。
下半身は相変わらず全裸だけどな。
「売った巻物に記された術を大分使えるようになったみたいだねぇ」
「ええ、助かってますよ」
「ヌマ」
クマールは本屋に向かってお礼を言っている。
「それは何よりだよ。良い買い物だっただろ?」
「そうですね」
「まあ何にしても到着するまで汽車の旅は暇だからねぇ……話でもしながら気長に行こうかね」
って形で本屋と雑談をしながら汽車の旅はゴトンゴトンと音を立てて続いていく。
やがて日が落ちて夜になり、椅子に腰掛けるクマールに寄りかかって俺も眠る。
「ヌマー……」
もふもふのクマールの毛皮はベッド代わりに最適で、布団とばかりにクマールは尻尾を俺に絡ませて眠っている。
本当、お前がいるお陰で何処でもぐっすりと休めるな。
窓から見える景色……何処までも続く山や草原を見つめながら俺達の旅は続いていた……。
う……何か悪寒がする。馴れない乗り物で風邪でも引いたかな。




