213 汽車の旅
「一端ここで休むか。それともそろそろ元の世界に戻るための道を探して戻るのが良いかな?」
俺はクマールの魔法で怪しまれない様に葉っぱを頭に着けてこれからどうするかクマールに相談する。
「ヌマ……」
まだあそこからそこまで離れて居ないし、下手に見つかると今度こそ逃げ切れないかも知れないからもう少し離れてからの方が良いかもしれないか。
うーん……それも手だな。
「わかった。戻らないとして大分日も暮れてきたし……人里、とはちょっと違うけどここで休んでから行くのが良いか?」
「ヌマー」
と、町並みの往来を進んで行くと長い馬車が出入りしている王都で見た宮殿みたいな建物の前に差し掛かる。
当てもなく見知らぬ街を進むのってのも中々神経がすり減るな。
駅って場所らしいけど……。
「おや? アンタたち。ちょっと、そこの二人組」
と、俺達へと声を掛けながら思いっきり舐めるような把握に似たスキルを掛けて来る相手に思わず振り返る。
「うわ」
「ヌマァ」
ぞわっと鳥肌を立てて振り返る。
するとそこには魔法屋の店主がこっちに手を上げて近づいて来る所だった。
クマールや俺に魔法書を売ってくれた始めて妖の世界に迷い込んだ際の出口にいた店主だ。
風呂敷や鞄を持って居るようだ。
「こんな所で会うなんて奇遇だね」
「そうだな……ちょっと俺達の世界でとんでもない化け物に襲われてやむなくこっちに逃げて来るしかなくて、やむなくこっちの世界で移動している最中だ」
「へーそんな事があるのかい。あっちの世界でこの辺りにそんなの居たっけか?」
俺もよく分からないけど、見知った相手だと思うと少しだけホッとする。
「移動って何処へ行くつもりなんだい?」
こっちの世界の人に話をしても大丈夫か? かなり曖昧に説明すれば良いか。
「仕事の関係であんまり詳しくは言えないけどあっちの世界で言うと東の方」
と、地図を出してざっくりと説明する。
「あら、奇遇だね。私もだよ」
どうやら魔法屋も目的地の方角は同じらしい。
「あなたは俺達の世界で言う所の王都とは別のこんな所で何を?」
「そりゃあ色々と本の買い出しだよ。アンタに売る本もついでに引き取りに行くついでの寄り道をして居る最中さ」
中級念魔法の魔法書を取り寄せて貰って居るんだったっけ。そういえば。
あの時から1ヶ月以降に買いに行こうとは思って居たけど、任務の関係で買いに行けるか怪しくなったなぁ。
「ああ、そのことなんだけど、仕事の関係でかなり遅くなる可能性が高くなってしまって……」
クリストの読みではすぐに戻ってこれるって言ってたけどかなりの長期任務になるのが遠征だ。ここは良い機会なので断って置くのが誠実だろう。
「あらそうなのかい? そりゃあ残念だねぇ……ただ、そうだね。行く先は近いようだし、途中まで一緒にきてくれれば早く渡せるけどどうだい? 旅は道連れ世は情けって言うじゃ無いか」
「ヌマ?」
途中までこの魔法屋と道中を一緒に……か。
旅は道連れの意味はちょっと分からない独自の意味がある言葉みたいだけどなんとなく伝えたい事は分かった。
「俺達の世界の方へ出た際に目的地近くに出れるなら良いな」
「話は決まったね。んじゃ早速駅で汽車に乗ろうかね。アンタたち、お金はあるよね?」
「人の世で使えるものなら」
「ヌマヌマ」
クマールがここでハイロイヤルビークイーンから貰ったハチミツ壺を見せる。
「どっちも使えるよ。なら安心だね。じゃあサッサと切符を買って汽車に乗ろうじゃ無いの」
という形で俺達は駅という建物の入り口で魔法屋の案内通りに切符という物を購入……ちょっと値が張ったけど、そのまま駅内を進む。
クマールは怪しまれる事無く、俺はハイロイヤルビークイーンから貰った証との兼ね合いで切符を買えたっぽい。
乗り合い所とは何か雰囲気が違うなぁ。
と、色々と周囲を把握で確認してしまう。
「ちょっとは落ち着きな。もうすぐ汽車が来るから乗るよ」
「あ、ああ……」
「ヌマ」
言われるがまま待っていると二本の金属の棒が走った道の上を大型の昆虫とも悪魔ともなんとも分からない魔物が長い馬車を引いてやってきて止まる。
プシュー! っと音を立ててから馬車の扉を職員が開ける。
すると扉の元へと客が並んで行き、馬車へと乗り込んでいく。
俺はクマールと一緒に魔法屋の後ろに並んで切符を片手に職員に見せて大きな長い馬車へと乗り込む。
馬車の中はとても広く、まるで教会の中みたいに無数の椅子が並んで居て、窓がある。
「私達は個室席だからこっちだよ」
魔法屋の案内で列車という乗り物の中へと進んでいき、個室へと案内される。
クマールと、ほぼ同じ体格をした魔法屋が入って腰掛ける事の出来る、俺からすると大きめの部屋へと入る。
えっと、ここで椅子に腰掛ければ良いのか?
苦も無く座る所か横になって寝る事さえ出来るぞこれだけのスペースがあると。
「ここだね。じゃ早く腰掛けて出発を待つとするかね」
「ああ」
「ヌマ」
見慣れぬ乗り物を前に俺とクマールは大人しくしている事にした。
やがてしばらくすると。
「本日は、――号へのご乗車ありがとうございます。まもなく出発いたしますので席を立たないよう。よろしくお願いします」
って職員が特殊な魔法道具で声で案内をして居て、すぐにガタンと音を立てて列車は移動を始めた。
ゴトゴトと音を立てて窓の外の景色が変わって行く。
なるほど……列車は分かって居たけれど大型の馬車みたいなものだったんだな。
で、二本の金属の棒はどうやら列車を引く魔物が進む線を誘導する代物だったようだ。
「こんな乗り物がこっちの世界にはあるんだな……」
「そりゃあね。大量に人も物も運ぶ事が出来る便利な乗り物さ」
「へー……」
色々と凄い代物なんだなぁ。
「ヌマァ……」
クマールも窓の外の景色を目を輝かせて見つめる。
どんどん変わって行く景色は馬車での移動を彷彿させるけれど、その馬車よりも遙かに早い。
ワイバーン便みたいな空の旅とは異なるけれどこれも中々早いのでは無いだろうか。
ガタンゴトンと特定のリズムを刻みながら乗り物はどんどん進んで行く。
「ふふ……あっちの世界じゃ見ないかい?」
「そうだな。こんな乗り物初めてだ」
真似をする場合は……ドラゴン辺りを飼い慣らして舗装した道を走らせるのが良いのだろうか?
ただ、ここまで正確な道を作るとなると相当な金が掛かる。
さすがの王宮もここまでの代物を整備する金銭は持ってないだろうなぁ。
何より他国から一直線で来れるような道を作るって交易では便利だけど、戦争面を考えるとな……。
「ヌマヌマ」
「気長に汽車の旅を楽しみなさいな。ま、座席で寝るのは窮屈って人も居るけどね」
「その辺りは俺とクマールは平気だな」
「ヌマ!」
生憎と俺とクマールは死んだフリというスキルを授かっている。
このスキルの副次効果は何処でも寝ようと思えば寝られる所だ。
「へーそりゃあ見物だねぇ。汽車の旅ってのは乗り物酔いとかで嫌がる奴もいるってのにね」
「乗り物酔いもスキルのお陰でそこそこ強いから安心してくれ」
積載軽減は乗り物酔いへの抵抗力を持って居るのでスキル無しよりは強い。
まあ、騎乗のスキル持ちには劣るんだけどな。
「じゃあ、お手並み拝見とするかね」
「汽車の旅って事だし少し話でもしようかねー」
本屋の人は気さくな感じで……持っている包みから果物を差し出した。
「あ、これ、ぴよれもんですね」
一見するとまるっとしたひよこみたいな手のような突起のある果物で色はクリーム色。
名前の由来もひよこに似てるから付いたもので、地方では割とポピュラーな果物だ。
こっちの世界にもあるんだなぁ。




