212 オソクナイ
「ヌマ?」
「……なんでもない。話は戻ってクマールの地元近くが次の任務地になる可能性は高いから土地勘があると助かるな」
余計な事を気にしてしまった。
スキル構成から何までなんとなく似てるから好奇心が疼いてしまった。
誰だって聞かれたくない事はあるだろう。
とは言え、地元なら多少は土地勘のある場所はある。
「問題はタヌクマが好戦的だった場合か」
クマールに同族と戦うような事は出来れば避けたい。
「ヌマ」
人間相手に襲いかかる様な生態はしてないから遭遇しても手を出さなければ逃げてくれるか。
そういえば幻覚を使うとか使役魔商が言ってたな。
「ヌマヌマ」
主人には幻覚は効かないと思いますよ?
「そうなのか?」
「ヌマ」
こくりとクマールは頷く。
そういえばヴォザードにクマールが魔力を流し込んでおかしくさせてしまった際にもそんな事を言ってたな。
なんで俺には効果が無いわけ?
「ヌマー」
おそらくこうして話が出来るようになったスキルの効果です。
なるほど……念魔法の能力で幻覚に強い耐性を得られる訳ね。
確かに授かったスキル次第で耐性なんかも変化が発生したりする。
水泳のスキルを持った者は潜水時間が大幅に伸びるという話だし、そういう物なんだろう。
「ヌマヌマ」
むしろ俺も幻覚の魔法が使えるんじゃ無いか? って……まあ、俺が持ってる魔法書は初心者用で難しい魔法は分からないもんな。
「まあどちらにしても知っている所に出たら教えてくれ。クマールの地元ってどんな所だった?」
「ヌマー」
植物とか山の形が色々と違うけど、大きく違うのは大きな月がもう一つある所だったと。
「月ねー……そういえば東の地だと月がもう一つ見える場所があるんだったっけ」
なるほどな。クマールが東の地から運ばれてきたっていうのは本当だったんだなぁ。
なんて調子でクマールと雑談しながら進んで……日が沈んで来た頃だっただろうか。
「……ヌマ?」
クマールが不意に顔を後ろに向けて眉を寄せる。
直後、クマールの毛がぞわぞわと逆毛だった。
一体どうしたのかと思った所で俺も把握で感知した……何かが、後方から凄い速度で接近してくる!
「な、なんだ?」
何が近づいて来るのかと思って把握でその相手を確認しようと思ったのだけど、正直よく分からない。
ガサガサ! っと林を無視して一直線にこっちへ来る。
ただ、尋常ではない存在感を把握が感知している。
「オオオオォォォォオオオオオオ――」
「わ、わぁああああ!?」
「ヌマァアアアア!?」
無数の葉っぱとツタが絡まった泥まみれの訳の分からないモノが雄叫びを上げながら藪から飛び出して近づいてきた。
しかもこの訳の分からない相手……並々ならない存在感が入り交じった圧力を俺達に向かって放っている。
本能が、冒険者としての経験が、把握の力の全てが危険だと警報を上げている。
とんでもない化け物だと。
この化け物は俺達で敵うような相手じゃない。
ルナスに匹敵する化け物だと告げている。
「ヌマアアアア!」
使役魔のクマールの方が俺が指示するよりも早く一目散に走り出していた。
「オ――ナイ、――ナイゾオオオオオオオオオオオオオオオオオ!」
ガサササ! っと、音と共に正体不明の何かは声を上げて恐るべき速度でこっちに迫って来る!
何が無いんだ!?
何かを失って探している亡霊的な魔物か!?
とにかく急いで逃げるぞ!
「ヌマァアアアア!」
クマールが走りながら体内の魔力を巡らせて尻尾から幻覚魔法が発動する。
「オオオオオオオオオオオオ!」
道など考えずに全力で俺達は道なき道を走って逃げる!
そんな俺達を障害物など物ともせずに突撃して来る正体不明の何か。
クマールの幻覚が掛かったのか別方向に走ったかと思ったけれどすぐに戻って俺達を追いかけて来る。
基本速度で負けている!
「ヌマ……ヌマァ……」
ゼェゼェとクマ-ルが全速力で走った所為で息を切らし始めた。
このままだと追いつかれて餌食になる。
「なぁああああああああ!」
ブンゥン! っと真空刃が俺達の行く先に飛んで来て、複数の木々が一刀両断される!
なんて攻撃力を持っていやがる! 当たったら即死だぞ!
まるでルナスの使う剣技みたいだ!
死んだフリで無敵状態になれば諦めてくれるか……?
いや、それは最後の手段だ。
「ヌ、ヌマ!」
クマールが再度、正体不明の化け物に幻覚を施す。
ただ、その場限りですぐに追いつかれるぞ!
どうやってここから逃げ切る?
こんな獣道で、一直線に追いかけて来る相手をどう対処したら良いんだ?
そもそもクマールの幻覚をすぐに破って追いかけて来るってどんな化け物だ!?
そんな化け物の情報聞いてないぞ……未知の危険魔物か!?
下手なドラゴンなんか容易く屠れるんじゃないか?
あんなのが地上にいる事の方が問題なんじゃないか?
まだ国内だぞ! 魔王軍の化け物か!?
把握で正体を見ようと思っても葉っぱやツタ、泥の所為でよくわからない!
「ヌッマァアアア!」
「クナイイイイイイィイイ!」
ドドド! っと別方向に走って行く正体不明の化け物とは別方向にクマールは俺を背負って逃げつつ……フッと、藪の合間に滑りこむように入り込む。
するとズブゥっと何かにくぐり抜けるような感覚を覚える。
これは……妖の世界に入った時の感覚!
こんな所にも入り口があるのか!
クマールは証無しでこう言った入り口が分かる様になっているし、俺も証を持っているからなんとか入れたか。
「ヌマ!」
そのまま妖の世界へと入り、藪に伏せて入り込み様子を伺う。
……。
…………。
………………。
……………………追ってこないみたいだ。
「はぁ……」
「ヌマァ……」
さすがに妖の世界にまでは追いかけて来れないようだ。
クマールの一か八かだったけどどうにか逃げ切る事は出来たみたいだ。
「一体何だったんだアレは……」
迷宮で見たどんな魔物よりもヤバそうな相手だったぞ。
本当になんだったんだアレは?
とんでもない化け物がいるもんだ。
強くなったとルナスが居なくてもなんとかなる、とか自惚れて居られないな。
クリストが言っていた戦法も案外悪くない提案なのかもしれない。
ちゃんと報告しておかないとな。
たぶん、ルートの関係でキャラバンで行くルナス達はここは通らないはずだろうから大丈夫だとは思うけど……。
「クマール、助かったよ」
「ヌマ……ヌマァ……」
ホッと胸をなで下ろした所でクマールは座り込んでしまった。
「妖の世界に来てしまったけど……このまま元に戻っても、あの化け物がいるよな。やっぱり」
「ヌマァ」
居るでしょうね……とクマールは同意する。
「となるとこっちで移動するのが無難か。ただ……こっちで移動して大丈夫なのか?」
王都では照らし合わせたみたいに出入りした際の道が重なっていたけど、頼りにして良いのだろうか?
「まあ、元の世界に今は戻れないし行ける所まで行こう。クマール、任せたぞ」
「ヌマ!」
任せて下さい! っとクマールは呼吸を整えてから再度進み始めたのだった。
こうして正体不明の何かから逃げおおせた俺達は妖の世界の方から目的地を目指して進んで行き、それらしい道へと合流したのでそのまま道なりに進んで行ったのだった。
「こんな所に街があるんだな」
「ヌマー」
で、道を進んでいると元の世界では見ない二本の金属棒の走った大きな道へと差し掛かり、その先に街を見つけたので俺達は立ち寄った。
妖の世界なので街の人たちは当然のことながら見慣れない人種や一見すると魔物にしか見えない者たちが生活している。




