211 遅くない
翌日。
「リエルからの置き手紙だと?」
私は王宮のギルド受付で職員からリエルが残した置き手紙を受け取った。
リエルの文字で書き記された簡潔な内容をサッと一読する。
『ルナス達へ、別件の用事で先に出発する事になった。詳しくは話せないけど、現地で合流しよう。無理に追いかけたりしないで良い』
別件の用事……詳しい事が何一つ書かれていないぞ。
リエルらしくないが……レンジャー関連の秘密任務という奴か?
「ふむ……リエルが先に現地へ行ったと……クマールも一緒か!」
特に触れていないという事は間違い無くクマールと一緒に先に行ったのだな!
私を誘ってくれても良いではないか!
「へーなんか割と簡潔な内容だね」
手紙をサッと私から取って少年が読む。
「何の要件なのかは分からんが無粋では無いか、リエル! 私たちに言う暇も無かったのか!」
「急ぎの用だったのか……」
ここでイケメンも少年から手紙を受け取り、職員に軽く話をしてから微笑を浮かべる。
普通の街に居る女子だったらこのイケメンの恐ろしく高い顔面偏差値と甘いトークでメロメロになるのだろうが生憎私には効果が無いぞ。
こう言った手合いこそ怪しむべきなのでな。
何よりイケメンは相変わらず自身の正体を話していない。
リエルも知っているはずなのに話さないし、蚊帳の外であるのを感じるぞ。
「それとも要件に見せかけて実験から逃走したのか」
何? それはどういう意味だ!
「あーありそう。リエルって本気で嫌な事はしっかりと相手に伝えたりしないもんね」
「下手に言って飛び火する可能性とかを考えて無言で距離を取るのはリエルらしいと言えばそうだね」
「『無理に追いかけたりしないで良い』って実にそれっぽいかもしれないねー」
ニヤニヤと少年が私に向けて言う。
昔馴染み故の経験……か!
「そんな……まさか……いや……」
だが、私はここで心当たりがあった。
昨日、イケメンがパーティーに加入する事が決まり、死んだフリによるより強力な組み合わせが提示された。
けれどその時のリエルとクマールの反応は芳しい物では無かったけれど、私は自身の強化に関して舞い上がっていた。
「アレかな? 『よくも人を良いように利用してくれたな! ぬいぐるみの体に魂を入れられるなんてごめんだね! 俺は傲慢な勇者パーティーを抜けさせてもらう! 今更戻って来いと言ってももう遅い! 最強の使役魔と一緒に楽しい旅に出ます!』って感じ?」
「はははは、シュタイン、中々良く出来たジョークだね」
「そう?」
なん……だと!?
今更遅いという事か?
いや、そんなはずは無い!
「リエル……少年とイケメンがそんなにも嫌で、逃げることを決めたのか!」
「……ルナスさん?」
振るえるルナスにシュタインが顔の前で手を振って確認を取る。
「うおおおおおおおおおおおおおお!」
雄叫びを上げてルナスは突如走り出した。
「リエルゥウウウウウウウ! 私を置いていくなぁああああああああああああああ! 私は今更遅くなどない! 遅くなどないぞぉおおおおおおお!」
「わ! ルナスさん、落ち着いて!」
「おのれクマール! リエルを奪って逃走とはやってくれる!」
昨日の今日でリエルがここまで即座に動いたのはきっとクマールが居たからに違いない!
購入を決めたのは私だが、最近リエルはクマールの事ばかり気に掛けていた。
違う! 違うぞリエル!
幾らクマールが可愛いと思っているからと言って私にも構ってくれたって良いじゃないか!
「ふざけるな! リエルルートに入るのはタヌクマでも少年でもイケメンでも無い! この私、勇者ルナス=メロリア、ただ一人だ!」
「なんか混乱して口走ってるよ! 後それ、かなり危険な気がするよ!」
「確かに、私たちが妙な報いを受けさせられそうな雰囲気と言うのかな? 物語とかで悪役サイドの企みみたいな不吉な気配だ」
「まったく笑えない状況だね」
「リエル! リエルゥゥゥゥゥウウウウウウーーーー!」
「ふむ……これは失言で早計だったかもしれないね。冗談がこんな事になるなんてね。急いで彼女を追いかけよう」
土煙を上げながら、残念勇者は一路リエルの元へと駆け出したのだった。
「んー……旅路は順調だな」
「ヌマー」
夜に出発した俺達、途中での休憩はかなり簡潔に取る事が出来た。
まずクマールの背中に乗ったまま、俺は仮眠を取った。
死んだフリのスキルの効果で睡眠の切り替えはかなり早く出来て寝ようと思えば何処でも寝れる。
で、途中でクマールも休む事になったのだけどセルフキョンシーモードで棺桶を背負い、体だけは動かして歩いていた。
大丈夫かと不安になったけれど、クマール曰く頭はスッキリしているそうだ。
ずっとこの方法を使うのは良くないと思うので、今夜はしっかりと睡眠を取ろう。
で、一晩実質休まず進んだお陰で道中は順調の一言だ。
「ヌッマヌッマヌッマ」
クマールは適度な速度で走り続けて居る。
その速度は馬より少しだけ速く、道中の行程を考えると想定よりも少しは早く行けるだろう。
ワイバーン便を使いたかったのだけど気流の関係や予約なんかもあって今回は使用出来なかった。
魔物等にも時々遭遇するのだけど把握で事前に察知、遠距離から俺がクロスボウで狙撃して速攻で対処して居るので特に問題無く進める。
戦闘に関してはLvの力もあって俺とクマールだけで問題無く処理出来る。
なんだかんだLvは偉大だな……Lvが低い頃はキャラバンとか馬車に乗らず移動するってのは命がけだったもんだ。
「クマールの背中に乗って移動なんて、出会った当初を思うと嘘みたいな状況だな」
「ヌマァー」
それはクマールも同意見な様だ。
思えば抱えられる程度の大きさだったクマールが今や見上げるくらいになってしまっているもんな。
「そういえば東の国への遠征だけどクマールってそっち方面から来たんだよな。サクレスもタヌクマって魔物を知ってたし」
「ヌマ……」
そうですねってクマールがちょっと言葉に詰まる感じで答える。
「……故郷に帰りたいとかクマールは思うか?」
「ヌマー……ヌマヌマ」
特には無いです……既に自分は群れでの役目を終えた身で、新たな場所で主人達と共に生きる役目を持って居るので。
なるほど、クマールからすると故郷へ帰りたいって気持ちは無いんだな。
「ヌマー」
え? そういう俺はどうなんだって?
「まー……俺も帰郷とかは……ないなー追放処分で戸籍も完全に無かったものになってるし」
「ヌマヌマ」
シュタインとクリストは主人を覚えて居て親しく接している様ですけど?
あの二人は利己的なのと子供の頃の付き合いだったからってのが大きいなぁ。
ただ、クリストは俺を妙に評価はしてるようだけど……そういえば幼少時の時、別れ際に俺はいずれ成功を収める。って確信を持って言ってたっけ。
あの頃から期待して居たのかね……俺はクリストが出て行く事に安堵してたけど。
それくらい……言ってはなんだけどいろんな騒動に巻き込まれていたってのがあるか。
「ヌマー……?」
後は買い出しの際に贔屓にしているお店の方と親しげですよね? 若様って。
わー……クマールも中々人の言葉を覚えてるもんだ。
なんか俺が念魔法を習得して念話で意識を繋いでいる影響が大きいみたいだけど。
「全ては過去のちょっとした関係が残っているだけだよ。今の俺はただの冒険者さ。クマールが俺の使役魔と同じようにな」
「ヌマヌマ」
ルナスさんに話したくない事なのです?
「んー……安易に話して良い事じゃ無くてな。下手にルナスが知ったら無駄な騒ぎを起こしかねないんだよ」
「ヌマ」
なるほど、主人の事となると目の色を変えますもんね。
ってクマールもあっさり納得してしまった。
「……ちなみにクマール。お前は群れの中で親の立場はどの辺りだった?」




