210 先発隊
「よく気付いたね。そういう事さ」
「ああ! とんだ無限の組み合せだ! ここまで来れば文字通り魔王など大した相手ではない! 今すぐぶち転がしに行くという手もあるな!」
「僕も無数のリエルとクマールゾンビを使えるって事だよね!」
これは……否定しても何が何でも実験される事になりそうだ。
なるほどな。
国が俺達を派遣させるのは実験の色合いと実戦投入が確定した為か!
「ヌマー……」
ただ、なんか人間として……命の尊厳が前よりも失われてきた気がする。
そりゃあ俺だけじゃ今でも死んだフリを生かせる戦い方なんて全く出来そうにないけどさ。
クマールのも、クマールが作り出した紙の力によるものが大きいし俺だけじゃ出来ない。
「さ、さすがにそこまでするのは勘弁して欲しいんだが……」
「安心してくれ、リエル! 私は何があろうと君と共にいるぞー!」
いや、この死んだフリコンボをどうしても実践したいって目が思いっきり語っているぞ。
「この時代、この場所に我々が集ったのには何か特別な意味があったのかも知れないね。勇者ルナスの更なるパワーアップだよ。伝説の勇者の誕生だ」
「何、これで遠征などサクッと終わるのが約束された様なものだ!」
俺達が要であるのは変わらないんだけどさ……さすがにそこまでしなきゃいけない次元なんだろうか?
そのコンボをしなきゃいけない程、魔王って強いのか?
そんな奴がこの地上にいる事が前提だったらとっくに人類は滅んでいると思うんだけどな……。
ここで実験しないのは成功を確信してる為かな?
いや……倍率を考えて下手に魔法でも放とうものならとんでもない損害が出かねないからか。
「ヌマ」
トントン……とクマールが俺の肩を叩いて念話を求めて来る。
……うん。
ここで説得しようとしても今の興奮冷めやらないルナスには効果が薄いよな。
何よりクリストとシュタインも一緒となると止められない。
暴走したら止まらないのが我等の勇者様達だ。
「万全の体制だと判断しているけど、しっかりと出発の準備を行い、英気を養ってくれ。出発は二日後、他の遠征組と共に行く事になる」
「楽しみだな、リエル!」
「あ……ああ、念のため遠征先の地図とか作戦をしっかりと練ろう」
という訳で俺達はこれから向かう遠征先の打ち合わせを行い、各自解散した。
のだけど……。
「リエルさん、少々お話よろしいでしょうか?」
「ん?」
解散した後の事だ。
ルナス達と別れた後でギルドの職員、レンジャー系の職員が追いかけて声を掛けてきた。
後ろには同様に職員が何名か一緒にいる。
あれ? サクレスもいる。
「おっすリエル」
「サクレス、なんだ? 俺に何か用か?」
「ヌマ?」
「はい。本日、リエルさんが遠征組に割り振られた事はこちらも把握しています。その件でリエルさんに話をしておきたい件があったのでこうして話をさせて頂こうとお声を掛けさせて頂きました」
「はあ……ルナスじゃなくて?」
ちょっと警戒してしまいそうなシチュエーションだ。
いきなり飛びかかられても対処出来る様に最低限警戒はしておこう。
「それはリエルさん個人にお願いする案件であるからです」
俺個人に? とは思ったけれど最近色々と資格や許可を得ているから個人でこう言った話が来るのも間違いは無いか。
ルナスが代表ではあるから今まではルナスを通して色々とやっていたけどさ。
「あの……それで案件とは何?」
「遠征先に関してなのですが急遽リエルさんに依頼したい案件が来まして、一足早く向かって頂けないでしょうか?」
サクレスの方へと視線を向けると、そうらしいって感じで頷かれてしまった。
「現地のレンジャー組合……あっちの言葉でニンジャって連中なんだけど、そいつらが魔王の拠点偵察を行う予定なんだとさ。情報のすり合わせの関係で我が国から派遣されるレンジャーも同職業って事で偵察任務に参加してもらいたいとの話だ」
……現地のレンジャー組織との連携を求められるとか厄介な関係だ。
かといって蔑ろにすると活動に支障が出るし何より同盟国の組織の顔に泥を塗りかねない。
外部組織のレンジャーを加えるのも、現場至上主義に寄る所が原因か。
うちの国だったら自分達だけで情報を取っているだろうな。
さすがは長年魔族と戦っている現場って事なのかね。
「日程が決まっていまして変更が出来ず、先行して向かって頂けないでしょうか? 他の勇者パーティーのレンジャーも先に向かっております」
「いきなり来たな」
「俺だって驚いてるよ。急すぎるし書簡がさっき届いたんだ。まったく……あっちのお偉方はこっちの連携を考えてんのかって文句を言いたくなるぜ」
どいつもコイツも身勝手でうんざりするなってサクレスも困ったように両手を広げている。
しょうがないか……本来は遠征組が固まって行くって話だというのに。
今回の遠征組のレンジャーへの足の調達は途中まで馬が支給されるらしい。
ただ、今回レンジャー仲間同士での団体行動は無く、各自で向かってほしいそうだ。
「わかったよ」
こういう偵察や先発は勇者パーティーでもレンジャーが行う事が多い。
少しばかり先に向かうってのは割と日常茶飯事に行われる。
「ヌマヌマ」
クマールがここで任せろと胸を叩いて自己主張する。
「ああ、馬は無くてもクマールで行けるな」
「ヌマ!」
「ついでに現地の特定の夜に咲く希少な花の依頼もあります。どうか受けて頂けないでしょうか?」
ついでって……色々と依頼が多いなぁ。
まあ宮仕えパーティー故の面倒って奴かね。
何かと便利に使ってくるのはいつもの事だ。
「今すぐ行かないと間に合わないんだったな。じゃあルナスに置き手紙をしておこう」
なんか報告したら私達に任せろ! って死んだフリとぬいぐるみ付与のコンボ実験の建前にさせられて爆走するルナスを見る事になりそうだし……さすがに今すぐやりたい事じゃない。
先延ばしにしていると内心思うけど後回しにしたいんだ。
遅かれ早かれ迷宮に潜っていたら見る事になるだろうしな。
「本当、悪い。リエル」
「サクレスの所為じゃないだろ? なんかサクレスも準備してるようだけど、そっちも急用か?」
「ああ、遠征じゃねえけどウチのリーダーがこれから出発するって事で出かける事になってな。お互い苦労するな」
「そうか。そっちも大変だな。サクレスもがんばれよ」
「ヌマー」
という訳で俺はルナスに置き手紙をして急遽出発する事になった。
えーっと文面は……情報の秘匿性もあるから明確に書けないのが歯がゆいな。
なんかルナスの事だから無理矢理追いかけてきそうだから念のため……。
『ルナス達へ、別件の用事で先に出発する事になった。詳しくは話せないけど、現地で合流しよう。無理に追いかけたりしないで良い』
っと、まあ簡潔だけどこれで大丈夫だろう。
「それじゃあ早速出発するか。一応ルナスの家やよく行く酒場に途中で寄って話が出来るか確認はするけどな」
「ヌマ!」
そんな訳で俺達は自宅に戻る途中でルナスを探したけど見つからず、やむなくそのまま家で準備をした。
シュタインやクリストは……態々説明しなくても良いだろう。
マイペースな奴らだし、当初の予定通りに動くはずだ。
「ルナスは見つからなかったな」
「ヌマー」
「まあ、大丈夫だろう。遠征組のキャラバンで行けば食料とか苦労はしないはずだし」
「ヌマ!」
なんて安易に考えながら、俺はクマールの背に跨がり、一足先に遠征へと旅だったのだった。




