209 マトリョーシカ
「リエルやクマールくんも死んだフリ中は見てるだけだから悪いと思っていただろう?」
「いや……魔法の練習はしたから死んだフリ中でも戦闘には貢献出来ると思っていたんだけど……」
死んだフリをしたまま魔法を使用する事は証明済みだ。
消費する魔力が増加しているけど使う事は出来た。
となれば戦闘終了時にルナスに魔力を回復して貰えばある程度は消費分を補って戦えるはず。
「ヌ、ヌマ……」
そもそも体だけでも十分に貢献してるしこれ以上となるとどんだけ使われるんだろうと思う所だ。
「相変わらずリエルは謙遜ばかりしてるね。魂だけの状態での魔法は相当負荷が掛かるのだろう? なら私が用意した体に戦闘中入ってもらえばより戦えると思うよ? 魂で干渉するより明確に体を扱えるはずだ」
「なるほどね。クリストも考えたね。ところでクリストの傀儡術って本人の体に魂って込められるの?」
「過去の実験の結果だと本人の体には入れられないようだ。出来たら死者を蘇生する事が出来る魔法となるんだろうけどね。死霊術とも違うだろう?」
それって本人以外の体に込めればゾンビには出来ると言ってるような気がするけど……何か違うし出来ないって事なんだろう。
「報告を聞いてね。私も貢献出来そうだと思ったのだよ。そうすれば私の願いも叶う。悪い話じゃ無いはずだよ」
悪い話所かとんでもない話としか言いようが無い。
ただ……死んだフリをしてて見てるだけ、魔法で手伝うと言ってもそこまで力が込められないから、戦闘中に別に使える体があれば良いのかも知れないけど……。
「何より勇者ルナス、君への手土産として君が絶対に頷くスキルの組み合わせの提案がある。上手く行けばまさに魔王であろうとこの作戦なら蟻を踏み潰すよりも容易いと私は考えているよ。君なら神にさえ手が届くかも知れないよ」
「大きく出たものだな。それで、なんだ?」
激しく嫌な予感!
なんとなくルナスがクリストに丸め込まれる気がしてきた!
だってシュタイン以上に腹黒なんだぞコイツ!
「よく考えるんだ。勇者ルナス、まずリエルとクマールくんが死んだフリをする事で君は6倍となる。シュタインは二名の体を死霊術でゾンビとして使い、私が二名の魂を傀儡術で体を授けて戦わせる」
どーんとクリストが柄でも無いクマのぬいぐるみを二個、どこからか取り出して見せる。
「いや……さすがに死んだフリで幽体離脱していたとしてもクリストの傀儡術が俺達に掛かるとは限らないだろう?」
「だから実験を手伝って欲しいんだよ。何でも試さないと駄目だろう?」
出来るか出来ないかを試すか……これで出来なければクリストの目的は失敗に終わる訳か。
勝算あってやってるんだろうが。
「という訳でリエル、死んだフリをして見てくれたまえ」
「……」
「ほらほら」
俺の死んだフリってさ……どこまで可能性が眠ってるの?
というか何処まで使われるんだろう。
ルナス、シュタイン、クリストの後にどんな使い道が出て来るのか薄ら寒くなってきた。
そんな未来を悲観していてもクリストが早く死んだフリをしろとばかりに催促している。
「ヌマ……ヌマヌマ」
クマールが俺の前に出て抗議の視線を送るけれど、クリストは通じないとばかりに視線を俺に向けて微笑んでいる。
「今回はリエルだけで良いよ。そもそもクマールくん、実は君とリエルとでも実験したいのだよ。上手く行った場合は君は変わった経験が出来ると私は判断している」
「ヌマ?」
「まあ、その前座としてリエルに傀儡術が掛かるかを試さないとね」
……ここは下手に逆らうより従った方が無難か。
俺も死んだフリの可能性を見ないとルナスが見いだしてくれた所を拒む事になってしまうしな。
「限度があるのは理解してくれよ」
「もちろんだとも。私たちの仲だろう?」
どの口が言うんだろうな、クリストは。
俺はため息を吐きながら死んだフリを行い俺の体が棺桶に入り幽体離脱状態となる。
「ふむふむ、なるほど……こんな感じなのだね」
クリストが俺の棺桶を見ると同時に何かを伝うように視線を幽体離脱状態らしき俺へと向ける。
「幽体離脱とは確かに違うね。目の部分だけが伸びているようなものだよ。ただ……ここからこうやって」
棺桶にクリストが手をかざすとググ……っと俺の視線がたぐり寄せられる。
抵抗とかはしない方が今は良いんだろう。というか何か幽体離脱状態での移動ってこうやるのかって感覚を覚える。
移動距離はどの程度なのかは完全には分からないけどどうやらある程度は動かせるっぽい。
「じゃあ傀儡術でこのぬいぐるみにリエルの生きた魂を込めるよ。はぁ!」
手をぬいぐるみにかざしたクリストが魔法を唱えると、視界が一瞬途切れて……体に戻った様な感覚になった。
「どうだい?」
「ん……」
何度も瞬きしながら死んだフリが解除された様な、解除されていないのに体が動かせる感覚で立ち上がる。
……周囲が随分と大きくなっているような錯覚を覚えるな。
まるで小人になったような感覚。
「はぁ……」
手を前に出して周囲を確認すると自分の棺桶が転がっていて、クマールが心配そうに俺に視線を向けている。
「これで満足か?」
クリストの傀儡術で俺は現在、ぬいぐるみの体に入り込んでいるようだ。
念魔法で体を浮かせたり、色々と感覚を確かめる。
「思ったよりもしっかりと馴染んでいるようだね」
「うれしくはないぞ」
「リ、リエルで良いのだな?」
ルナスが俺に心配そうに声を掛けて来る。
「ああ、とりあえず把握の範囲は減ってないな。クマールのスキルスタックも継続して発動してる」
「ヌ、ヌマ」
「で、リエル。私の方の実験は色々と出来るけど元の体に自ら戻れるか試してくれないかね?」
「はいはい」
死んだフリの解除ね……再使用と解除の両方が出来る気がするぞ。
とにかく、この状態で死んだフリを解除したらどうなるんだ?
そう思って死んだフリの解除を行うと視界が一瞬で切り替わり、元の体に戻った。
「戻ったな」
「私の魔法とスキルを無効化させて戻れたね」
「僕の死霊術の解除と同じ感覚で出来るみたいだねー」
シュタインの死霊術も俺とクマールは死んだフリ解除で無効化出来たもんな。
元の体に戻るのは問題無さそうだ。
「これで証明されたね。リエルが僕の作った体に潜り込む事で他のゴーレムなどの人工生命では出来ない事も出来る様になるよ」
俺って本当、何処まで利用されるんだろう。
なんかここまで利用されると清々しい気持ちになってくるなぁ……。
「無駄の無い構成であるな。だが、それでもイケメンはいなくても不自由はしていないぞ」
「いやいや、まだ結論を出すのは早すぎる。勇者ルナス、ここでリエルとクマールくんが……与えられた体で死んだフリを行ったらどうなるか考えてごらん」
「……なんだと?」
カッとルナスが瞳を大きく見開いた。
「なるほど! つまり身体が増えてドン! 倍と言うことだな! 貴様、天才か!」
ぬいぐるみの体で死んだフリ……出来そうな気はしたけどな。
俺達は二度死んだフリを行い、ルナスの勇者の怒りを更に強化出来る可能性が浮上したと言うことか。
わかる。これが嫌な予感の正体だ。
「ヌマ……」
さすがにクマールもドン引きする永続コンボ。
考えてみれば死んだフリに前向きだったクマールがここまでの反応をする様になったのは……大体シュタインが原因だよな。
死霊術を使われ始めた辺りからこういう反応を示す様になったし。
そこにクリストが加わる訳だ。
「待て。つまりイケメンが居れば、更に幽体離脱したリエル達を別の体に移して死んだフリを行えば……」
なんかそう言った工芸品を見たことある気がする。
人形の中に人形が入って居て、更に人形が入っているって奴。




