205 食わせ者
「クマール、えっとおめでとう」
「ヌマ」
「賞賛の言葉を贈るのは前提として……ヴォザードに何をした訳?」
「ヌマヌマ」
と、クマールはここでヴォザードに何をしたのかの説明をしてくれた。
魔力をヴォザードの頭に流し込み、幻術で別の記憶へと書き換え、レッドタックルボアを自分だとしばらくの間思い込ませる様にした。
という話だった。
「お前そんな事が出来るのか……」
記憶の書き換えとか出来る事を知られると常に疑われるようになっちまうぞ。
「ヌマヌマ」
俺やルナス、シュタインや強力な魔力とか意志が強い相手には効果が無い?
特に俺は効果が無いのが分かると言われてもな……。
なんか絶対の自信を持って言われても……とはいえ、既に負けて居たのにあんな暴挙に出た訳だし今までの事を考えたらマシな方法か。
「幻覚を施したようだね。彼が冷静になった際、リエル達に危害を加えられないよう、王宮は魔物使いギルドに命ずるよ」
「は! そもそもな話、あんな勝利を認めてしまったら魔物使いギルドの信頼に関わりますからね……」
職員がクリストの言葉に敬礼し、決闘裁判の結果が確定した。
ヴォザードはこれ以上俺達に関わる事は……もう出来ない。
クマールの幻覚が何時解けるか次第だけどさ。
というか、やっぱり魔物使いギルド的にもあの凶行は論外なんだな。
まあ、さすがにな……。
「えっと……おめでとう。リエル、クマール」
「あ、ああ……」
「ヴォザードの奴、なんかヤバかったけど、あんまり気にしなくて良いと思うぜ? 元からアイツが悪いんだし……その、さ、迷宮でアイツがさ」
「我に返った際に迷宮でクマール目当てに不意打ちをしようものなら、もちろん私は相応の対応をするぞ?」
サクレスの懸念をルナスが間に入って言い放つ。
一応さ、ここは王宮だから迷宮の闇に関しておおっぴらに話していい話じゃ無いんだけど?
クリストの方を見ると特に気にした様子も無く微笑を浮かべて居る。
「まあ、そこは一応、公的には魔物使いギルドと彼はこの件で君達への暗躍は認められない事になった訳だし、接近禁止と監査はされるだろうから安心して良いんじゃない? それと、はい」
ピッとクリストが俺へ何か紙を渡してくる。
なんだ? と、開くと……。
「魔物使いギルドからの謝罪文と……魔物研究資格授与?」
「魔物使いギルドは既に王宮でリエルが提出した資料から色々と認めていてね。もちろん魔法使いギルド経由で先に話が来てたみたいだよ」
おいおい……最初からヴォザードに大義が無いのをわかっていたのに決闘させたのかよ。
「おいイケメン、聞き捨てならない事を言ってないか? それでは我々が決闘をした理由が無くなるではないか」
「そこは後顧の憂いを断ち切る意味合いが強いよ。ギルドが注意してもあの手の輩はいずれ面倒な事をやらかす。遠征から帰ってきた猛者でもあるんだしね。遠征での実績もこれでマイナスにさせる事が出来たと思うよ」
ヴォザードはあんな性格だけど、実績はそれなりにある……だから口頭注意や暗躍禁止を命じても何かしでかすかもしれない。
そしてそれ等の行動をするかしないかの判断はヴォザードが握っている。
何か都合の良いタイミング……俺達にとって都合の悪い状況を狙って行動してくる事が予想されるだろう。
だから取捨選択をこちらが握る為に先手を打ち、本人の直接的な加害、迷宮での攻撃以外を封じる為に決闘裁判を提案した、か。
「リエル、君達としてもあの手の輩に周囲をうろつかれるのは迷惑だろう? ならばもう二度と関わり合いになりたくない、と思われる位とことん叩き潰しておいた方が後々の為に良いと私は考えたのだけど、余計なお世話だったかい?」
正直一理はある。
俺達の死んだフリ戦法はあまり広めて良い代物じゃないからな。
ヴォザードみたいな野心の塊みたいな奴がこちらの状況を探っているという状態はあまりよろしくないのは事実だ。
少々乱暴な手段ではあったけど、心配事を一つ潰せたという意味では正解だ。
それに……ヴォザードという前例を作っておけば今後似た様な連中が現れたとしても、安易に俺達と敵対的な行動は取らないだろう。
王宮におけるルナスパーティーの立場的にも悪い前例ではないんだよな。
「魔物研究資格は……言ってしまえば魔物使いギルドの仮免みたいなものだよ。公的にリエルがクマールくんを研究するために所持して良い証みたいなものだね。これだけの力を持ったクマールくんはもはや一般使役魔として扱う事が出来ないって事さ」
まあ……クマールのLvはルナスのお陰で相当上がって居るし前人未踏のフィフススキル開花までしてしまっているのだから当然だ。
ヴォザードの攻撃だってまともに受けずに戦ったもんだし。
「貴様、相当な食わせ者だな」
「お褒めに預かり光栄だね。勇者ルナス」
「褒めて無いよ、クリスト」
まったく……ぶっちゃけ面倒臭さで言ったらクリストが俺の人生において一番だと言っても過言じゃない。
クリストに比べればシュタインでもまだマシと言える。
「そうかい? まあ、リエル達の実力は育てている使役魔のクマールくんを見ればある程度は察する事が出来たよ。もちろんシュタインからの報告も拝見していたけどね」
「つまり少年の上司なのだな、貴様は」
「まあね。で、サクレスくんだったか。君も遠征組だったのだろう? 国の為によくやってくれたと上層部が言ってたよ? リエル達はもう大丈夫だから安心して自由にしていてくれ」
クリストの奴、サラッとサクレスを追い出そうとしてやがるな。
「あ、ああ……本当、ヴォザードが迷惑を掛けちまったな。アイツが我に返ったらすぐに報告するし、念入りに注意するから様子を見てくるよ」
「任せた。クマール、お前ももう少し加減してくれよ」
「ヌマー」
クマールも反省はしてくれているようだ。
こう……ルナス達のお陰で相当強くなってしまったから色々と加減が出来ない所もあるもんな。
サクレスは一礼をしてヴォザードの後を追って行ってしまった。
「クマール、随分と色々と出来る様になったのだな?」
「……そうだね、クマール」
シュタインがこれでもかと邪悪な魔力を漏らして俺とクマールの体を弄る。
「ヌ、ヌマァアアア……」
これ、本人に自覚は無いんだろうな。
シュタインの圧が凄い。
「原理としてはどういう仕組みなのだ?」
「なんとなく額に貼り付けた紙が媒介なんだろうと僕は判断するね」
「ヌマ」
恐る恐ると言った様子でクマールが葉っぱを紙に変えた物をルナス達に手渡す。
「一種の魔法道具に近い代物で死体を動かす力があるようだね。私の系統にも近いから理解出来るよ。ふむふむ」
クリストがクマールの持ってる紙を何度も確認して呟いた。
……私の系統? シュタインの例から激しく嫌な予感がしてきた。
そういえば薬の調合とかスキルを授かる前にクリストから基礎は教わったんだったな……。
「ゾンビ化で良いのかね?」
「正確には東の地にいるアンデッド、キョンシーというものじゃないかな?」
「ヌマ?」
クマールもよく分かってないのか巻物の該当箇所を広げて指さすだけだ。
適性が無い者が読んでもよく分からない所だぞクマール。
「ただ、東の地でゾンビをキョンシーと呼んでいる場所があるそうだよ。少々特殊なアンデッドらしくてね。クマールくんの場合は系統で言うと死霊術師が死体をゾンビ化させる魔法に近いって事なんだろうね」
アンデッドにキョンシーってのが居て、クマールはシュタインと似たような感じで死霊術を使ったと。
「その紙は札と呼ばれるそうで、なんとなくわかるだろうけど媒介として使うんだろうね」
「弱点という訳だな。よかったな、少年。まだまだ少年に分がある様だ」
「ヌマ」
こくりとクマールは頷く。
札と呼ばれる紙が破けると効果を失ってしまうようだ。
「普通にアンデッドに貼り付けても効果はありそうだけどね。操るにしても、弱らせるにしてもだけど」
そう言った使い方も出来そうではある……か。
「ヌマヌマ」
「まだ巻物を解読出来ずに分からない魔法も多いってクマールは言ってるな」
「そう……どっちにしてもクマール、覚えて置くんだね」
シュタインがずっと邪悪な魔力を俺達にまとわりつかせている。
いい加減、諦めては……くれないよな。
クマール、もう少し戦い方を考えた方が良さそうだぞ。
幾ら死んだフリを有効活用して俺の存在意義を証明するにしてもな、味方に面倒な奴がいるからさ。
「せ、性能は本職より低いっぽいから良いんじゃないか? シュタイン」




