204 思わぬ伏兵
「ブルフィオオオオオ――!?」
それだけでレッドホーンカリュドーンは大きく吹き飛ばされ回転しながら地面に転がる。
あの頑強さ、攻撃能力……間違い無い。
アレは……死んだばかりの死体を死霊術で動かした、フレッシュゾンビ状態だ。
クマールはルナスとシュタインが引き上げてくれたお陰で国でも有数の猛者に匹敵するLvに到達している。
ルナスほどじゃないにしてもゾンビ状態になるブースト状態で能力上昇が起こっているのは間違い無い。
その倍率がどれほどの物かだが。
「ば、馬鹿な!? 一体何が起こってやがる!? いや、こんな力が隠されてやがったのか!」
ヴォザードが驚きの表情を浮かべた後に不敵に笑い始める。
そんなヴォザードの笑みを尻目に……。
「ふむ……どうやら間違い無いようだ」
「そうだね」
ルナスとクリストが各々頷いてシュタインの方を再度向いた。
まあ……死霊術ってシュタインの特技と言っても過言じゃ無い魔法だった訳で、それをクマールが使える様になったとなっては役割が重なって困るってのは分からなくは無い。
俺とスキルスタックして死んだフリの効果を引き上げ、自身に死霊術を施して無敵ゾンビ状態にして戦う……もしかして俺にも死霊術を施せるのだろうか?
確かにこれはクマールと俺じゃないと成立しない組み合わせによる戦闘だ。
使役魔を強化して戦わせる魔物使いの戦いとして間違いは何も無い。
自分を疑似ゾンビ化させて無敵になる戦闘スタイルがあるだろうか。
「少年よ、つまりクマールはこう言っているのだ。『ヌーマヌマヌマヌマ! 今までよくもコキ使ってくれたヌマ。けどもう俺様にお前など不要ヌマー! 今更遅いヌマー!』とな」
ルナスの言葉の刃が味方であるシュタインに襲いかかる。
とんでもない勇者様だよ、ルナスは!
「コラ! クマールのイメージが悪くなる様な事を言うんじゃない!」
そんな事、言ってないだろ。
クマールがしたかったのは俺が主人であるからこそ出来る戦闘方法って事だったんだぞ。
それとまた今更遅いか! どんだけルナスの中で気に入ったフレーズなんだよ。
「これはとんだ伏兵が潜んでいたものだね。シュタイン、君がこれからどう貢献するのか……実に見物だ。存在価値の証明をしなくてはね」
クリストまでシュタインを挑発している。
絶対に内心笑っているな?
まあ……シュタインのこんな顔、今後も含めて一生の内にもう一度拝めるかわからないレベルで珍しいけどさ。
「は……はは、やるじゃない……」
で、当のシュタインはなんなんだよ、その焦りが混じった乾いた笑いは……。
「だが、これで決まったな」
ルナスがクマールの勝利を確信してしまった。
俺達の必勝連携だもんな。
これを破られるなら敵だとはいえ、能力的にはクマールを任せられるとも言える。
まあ、ヴォザードの人格的には遠慮願いたいが、それだけ凄い相手ならクマールだって不満あれど納得はするだろう。
しかし……俺にはヴォザードが勝利する未来がまるで想像出来ないけどな。
「ヌガァアアアア!」
シュン! っと音を立ててクマールゾンビは普段の1.5倍速でレッドホーンカリュドーンに近づき、追撃の猛攻を続ける。
「くっそ! まだまだ! 行け! もっと叩きつけろ! そんな守りを捨てた戦いをしている奴の前に俺が負けるはずが無い!」
ヴォザードがレッドホーンカリュドーンに魔法で治療と更なる強化を施しているけど、現在のクマールは無敵ゾンビ状態、絶対防御で戦って居るのだから壁を相手に戦う様なものだ。
俺の把握で分かる事と言ったらクマールの額に付いた紙が媒介なんだろうって事か。
おそらくそこが弱点なんじゃないかとは思うけど……クマールの体がそこへの攻撃を安易に許すはずも無く、レッドホーンカリュドーンは猛攻を受けて押されている。
というより、何をしても動じないクマールに対して恐怖している様に感じる。
「中々に強力であるな、力を解放したクマールは……少年、そろそろ身の振り方を考えるべきだな。これから我がパーティーのパワーバランスに大きな変化が起こるだろう」
だからルナスはここぞとばかりにシュタインを弄るなっての。
腹黒を怒らせると面倒なんだぞ。
「く……クマールめ! 僕の立場がそんな簡単に奪えると思ったら大間違いだぞ。僕だって出来る事があるんだ、そう……合体魔法は僕だって出来る」
それって合体相手は間違い無く俺だろ!
クマールの戦術より高度な戦い方って禁じたゾンビ合体を解禁する気だ!
……クマール、それくらいにしないと俺達の今後が悲惨な事になるからやめてくれ!
と、言うに言えない願いをしていると、クマールゾンビは立ち上がって反撃するレッドホーンカリュドーンの懐に潜り込んで尻尾から媒介石を取り出した。
アレってクマールが魔力を集めて作った奴だよな。
一体何を……ゾンビ状態でする気なんだ?
「ヌガァアアアアアアアアアアア!」
キィイイインという甲高い音が響き渡り媒介石が消え去り、クマールの体を中心に大きな爆発が巻き起こった。
「ブルフィオオオオオ――!?」
煙が巻き起こり、大きく打ち上げられたレッドホーンカリュドーンは耐えきれず魔法が解け、ヴォザードの三体の使役魔へと戻ってしまいそのままフィールドに転がる。
後でクマールに聞いた所、媒介石を使った必殺の魔法らしい。
「おお……これは中々強力な一撃だ。上位爆裂魔法に匹敵しうるね」
クリストがニヤニヤと笑っている。本当、程々にしてくれない?
後のシュタインが恐いからさ。
「ヌガァアアアアア!」
クマールの体が勝利の雄叫びを上げ、追撃に走ろうとした所でクマールの棺桶が消失……額に付いた紙をクマールは剥がした。
「ヌマアアアアア!」
勝利とばかりにクマールは右手を挙げて鳴く。
ヴォザードの使役する使い魔達は倒れたまま動けそうに無かった。
勝敗は決した。
クマールの完勝だ。
「よくやったぞ、クマール!」
ルナスがパチパチと拍手してるけどさ……ここぞとばかりにシュタインを弄ったのは忘れて居ないからな?
「ふふふ……まさか僕をここまで追い詰める者が現われるとはね」
「同系統の力を使える者の新規加入者は認めていない……なるほど、条件はしっかりと守っているぞ少年。まさかクマールがこんな力が使える様になっているとはな。油断大敵だ。私も注意せねばならんな」
「ヌマ……」
我に返ったとばかりにクマールは眉を寄せてスン……っと胆を冷やすというか青ざめている。
うん……怒りで色々とやっちゃったんだろうけどさ、ルナスじゃないけど今更遅いって状況になっちゃってると。
これからの冒険で……俺とお前は間違い無く合体素材にされるぞ。
ヴォザードの因縁をはね除けて素材にされる未来は回避されたけど、今度はシュタインのゾンビ合体の素材にされる様になってしまった。
「勝敗は決したな、愚かな魔物使いよ。実に無様だな」
ルナスがヴォザードに勝利を突きつける。
「くっそ! まだだ! まだ俺は負けちゃいない!」
だけどヴォザードが叫び……クマールに向かって、隷属の首輪を投げつけた!?
「ヌマ!?」
ぐるぐると隷属の首輪がクマールに巻き付いてしまい、バチバチと効果を発揮し……ふらふらとクマ-ルはヴォザードの方へと歩き始める。
「おいクマール! しっかりしろ!」
「はははは! 油断大敵だなぁ! 勝利を確信した時が一番隙が大きくなるんだよバーカ!」
「何がだ! もう勝敗は決しただろ!」
「いやまだだったに決まってんだろ! 俺の使役魔はまだ戦えてただろ!」
ピクピクと辛うじてレッドタックルボアが起き上がろうとしていたのをヴォザードは指さす。
「だからまだ勝敗は決まってなかったんだよ! そこに俺がすかさず隷属の首輪を使ってお前の使役魔を押さえつけた。これは直接攻撃じゃないからルール上は問題ねえんだよ! これで俺の勝ちだ! ハーハッハッハ!」
そんなルールがまかり通るわけ無いだろ。
と、ルナスは元より審判までヴォザードに注意しようとしたその時!
「ブルフィ!」
レッドタックルボアがヴォザードに向けて声を上げる。
思えばおそらく、愚かな主人だけど見過ごす事は出来なかったんだろう。
「ヌマ」
ガシッ! っとクマールがヴォザードの頭を鷲づかみにした。
「あ!? ぎゃ、ぎゃあああああああああああああああああ!?」
直後、クマールの尻尾に高密度の魔力が収束して逆立ち、ヴォザードの頭に向かって流れ込む。
隷属の首輪が魔力に耐えきれずちぎれ飛び、紫色の光が周囲をしばらくの間照らし続けた。
どれくらい経っただろうか……クマールはゆっくりとヴォザードの頭から手を離すと……。
「は、ハハッハハ! お、俺は最強の魔物使いだ! 俺の勝利だ! オラ行くぞ! タヌクマ! お前等!」
虚ろでふらふらとした歩調でヴォザードは使役魔達に魔法で手当をして……レッドタックルボアを一頻り撫でたかと思うとその上の空間を撫でて高笑いをしながら背を向けて歩いて行ったのだった。
「ヌッマ」
クマールが立ち去るヴォザードに手を振り、俺の元へと戻って来る。
「隷属の首輪で拘束出来ない時点で話にならない。諦めの悪い彼には相応しい末路といった所か。はたまた最初から無理な野望であったというべきだね」
「勝者リエル&クマール!」
審判がそう告げて俺とクマールの勝利が確定した。