200 旧友その3
「えー……報告によると町の往来で歩く国民に向けて突如爪を立ててきて負傷した、輸送中の積荷の箱を壊して中身を貪り、商人を威嚇した等複数の報告が上がっており、証拠の品が提出されて居ます」
どれも微妙に心当たりがありそうで……全部俺が前に出たり巧みにクマールが回避したのが思い浮かぶ。
コイツが黒幕か……まあ、なんとなくそうなんだろうなとは思っていたけど、よくもまああそこまで露骨な事を名目に出来るもんだ。
「被害者の証言だけかね? それなら幾らでも口裏を合わせれば良いだけであろう? 現にこちらのリエルはクマールに絡むようにと金を積まれた者がいたと君達が来る前に述べていたぞ?」
「加害者側の証言は証拠能力は無いぜ?」
ヴォザードの台詞にため息しか出ないな。
「ふん、愚か者め。この世には冤罪と言うものがあるのがわからんのか? そうでなくても法は加害者側にも弁明の余地を残している。何より、そこまで隠しもせず欲望をあふれ出す相手に私達がハイソウデスカとクマールを差し出せる訳もなかろう」
「で、ですがこの方は魔物使いギルドでも有数の魔物使いであり、被害証言が出ております」
妙に職員がしつこいな。
というか昨日と今日でよくもまあスピード没収を画策したもんだ。
調査が全くされてないにも程がある。
「これはとある方からの証言もありますので」
……なるほど、ヴォザードがどんな経歴か生まれかはわからないけど、どうやら背後関係に権力を持った奴が絡んでいる。
貴族か、それこそ魔物使いギルドかどちらかが分からないけど、宮仕え冒険者程度では拒否するのは難しい権力が介在していると見て良い。
「なるほどなるほど……我々も随分と舐められたものだな」
ルナスが静かな怒りを灯らせたのが俺達には分かる。
こういう時に我らが勇者様は激しく頼りになるのだけど、逆に厄介な状況にもなりかねない訳で。
かといって、かなり面倒臭い状況なのもまた一つだな。
「ヌマ……」
クマールが不安そうに俺に声を掛けてくる。
この後どうなるかって事だな。
ま、突ける所は無数にあるし、手口が強引で杜撰も極まってるからルナスやシュタインが見逃すはずも無い。
我がパーティーの腹黒担当がこの程度で負けを認めるはずも無いだろう。
だから安心しろ。きっとヤバすぎる手を二人がやらかす。むしろそっちの方が大変だぞ。
「ヌ……ヌマ」
そうですね。とクマールもため息を漏らす。
「なんだ? どうしたんだ?」
と、サクレスが騒ぎを聞きつけてやってくる。
「ああ、サクレスか。お前も協力してくれないか? アイツがクマールが危険だから魔物使いギルドが捕縛するって因縁付けてきてさ」
「え? ヴォザード……お前、大概にしろよ」
さすがはサクレス、状況判断が速くて助かる。
ヴォザードが因縁を付けているって即座に気付いて俺達の味方をしてくれたぞ。
「うるせえ! 俺の目を騙せると思うんじゃねえぞ!」
「目じゃなくて、本音を言えよ。人の使役魔が欲しくてしょうがねえだけだろ」
「てめぇ! ふざけんじゃねえぞ! 口裏合わせてんじゃねえ!」
ヴォザードがサクレスの意見に声を張り上げた。
「――何やら面白そうな話をしているようだね」
ここで、そう……声がして近づいて来る声に振り返る。
するとそこには身なりの良いマントを羽織った錬金術師らしい服装をした金髪碧眼の……美青年が立っていた。
「やっほー」
「やあ」
で、その人物はシュタインが手を振ると笑顔で返す。
「……」
俺は逆に思い切り眉を寄せてしまったぞ。
口には出さなかったが『ゲッ……』って感じだ。
「なんだ貴様は?」
ルナスがよくわからないと言った様子でやってきた相手へと尋ねる。
「これは失礼……そうだね。では私の事はクリストとでも呼んでくれ。な? リエル」
「……」
「リエル?」
「そうだな。クリスト」
その名前気に入ってるのか?
偽名だけどな。
「うむ。遅かれ早かれ表舞台に現れると思っていたよ、リエル」
はぁ……ついにコイツが出て来たか。
ルナスと一緒に居て、しかもシュタインに見つかった時点で、いずれ遭遇する事になるとは思っていたけどさ。
「知り合い?」
サクレスがクリストを指さして俺に聞いて来る。
お前……全然覚えられて無いのな。
サクレスなら知っていてもおかしくないはずだが……敢えて人前に出てないのか?
「む……少年と似たような空気……貴様何者だ?」
「私の事よりも今は君達の状況の方が大事なのではないかい? ねえ? 君」
「は……はっ! な、なぜ――」
と、職員が答える前にクリストは指を立てて黙るように口元に当てる。
「先ほどの話を少々耳にした所だと、どうやら彼らが世話をしている飼育魔に何か問題があると意見が出ているそうだね。どうなんだい? リエル、シュタイン」
「ああ、どうにも僕たちが世話をしているクマールに目を付けて色々といちゃもんを付けようとしている勢力がいるみたいでねー。ありもしない罪をでっち上げてきてるんだよ」
ここはシュタインが先に事情を説明するようだ。
「なんだてめぇ? 部外者は黙ってろよ! あぁ!?」
ヴォザード……魔物使いだそうだけど品が悪いな。
ま、冒険者なんてガラが悪いのも多いけどさ。
「こ、こら! やめないか!」
職員が顔を青ざめさせてヴォザードへと注意する。
そりゃあ注意するよな……相手が悪すぎるからな。
「では両方の意見をまずは聞いて見ようか。教えてくれたまえ」
という感じにクリストは俺達とヴォザード側の証言をそれぞれ聞きながら何度も頷いた。
「なるほどなるほど、それは非常に由々しき事態だ」
「だろ? だからこの魔物は俺が責任を持って――」
「いやいや、そうではなく意見がまるでかみ合わない。どちらかが虚言を述べているのか、あるいはどちらも真実か。問題があるのかは追って調査をする必要はあるが、宮仕えパーティーであるならこの制度を使って白黒付けるのが最も早いのではないかね?」
ねえ? 勇者ルナス? とクリストが続けて同意を迫る。
「う、うむ?」
「君も猛者が集まる王宮所属の冒険者。その冒険者同士で意見の衝突があった場合、両者の合意の元で行われる制度があるだろう? 後にどちらかが抗議しても何も意味を成さない便利な制度がね」
クリストが持ち出している話がなんであるのか、この場にいる者が即座に心当たりがあった。
それは宮仕え冒険者達がそれぞれの主張がぶつかり合った場合に行われる、弱肉強食の掟。
実に脳筋的で野蛮な制度。
であるが同時に両者が合意するのなら絶対の拘束力を持つ代物だ。
ちなみにドラークがこの制度を利用しないのは両者の合意は元より、あまりにも片方に非がある場合は許可が下りない。
もちろん殺害に関してはNG。
結果的に殺してしまったとかはあるけど、その場合も色々と問題が出る。
「そう……宮仕え公認の決闘裁判だよ。勝てば勝った方の証言が確定し、敗者の弁は通らず決闘で行われる件への異議申し立ては禁止とされる」
「実に下らん提案だな、イケメン。私と少年の前では暴論と因縁などあって無いようなものだ。そんな事しなくても、この私が何処までも追い詰めて証拠を提示して無罪を勝ち取って見せてやるぞ」
「そうだそうだ! 俺の見立てと実害が出てんだからよ!」
ルナスとヴォザードの両方が納得をせずに抗議をする。
まあ、この制度を利用する宮仕え冒険者って思ったより少ないんだよな。
だだをこねれば通りそうな案件とかあるし、切れる最終手段って側面が非常に強い。
何より決闘ってどっちかが勝つイメージあるけど、実際は両方とも死ぬパターンが一番多いんだ。
引くに引けない一触即発の状況で効果がある制度なんだ。
それを面白そうだからって提案してくるなよ。
「見立てと実害って……リエル、コイツに代わって本気で謝るよ」
「サクレス、お前が謝る事じゃないだろう。もっとやばいのが来て、引っ搔き回してるしな……」
「は?」
遠征組だけど全く無関係って間柄だろ。
代表して謝られてもこっちが困る。
どちらかと言えばクリストの方が迷惑だ。
「とは言ってもね。勇者ルナス、君達にはどうやら次の指令が下りるとの話が来ていてね。任務の最中でこのような因縁が付いていると君達の使役魔……クマールくんは王宮で保護され、君達が戻って来るまでは拘束される事になる」
「へ! どこぞへ行くならサッサと行きやがれ! その間に魔物使いギルドがしっかりと確保してやるからよ」
「そっちもそうはいかない。王宮がこの一件に関してクマールくんの保護をするから魔物使いギルドへの受け渡しは出来ない。だって宮仕え冒険者同士で意見の衝突が既に起こってしまっているのだからね」




