196 あるはずの無いモノ
「もう少し見て回るとして……王宮っぽいあの球根みたいな建物が気になるね」
「見て回るのは良いけど帰り道も確認しないと行けないんだからな」
「ふ……私は君が行くなら何処へだって付いていくさ」
ルナスがなんか俺に決めポーズしてる。
人の世じゃなくてこっちの世界に永住しても構わないって言いたいのか?
「冗談は程々にして……」
ハイロイヤルビークイーンから貰った証で帰り道を確認しようとするのだけど反応が薄い。
「ヌマ」
クマールが証に魔力を通すとしっかりと道を表示される。
やっぱりクマールが居ないと指定された日時以外では行き来は厳しいって事なんだろうな。
「とりあえず帰り道は確保出来そうだとして……シュタインが行ってみたいって王宮っぽい所を確認に行くか。入れないならそれはそれで帰るのにもそろそろ良いだろう」
「えー」
シュタインが抗議の声を上げようとするのでルナスには聞こえない様に念話を飛ばす。
『ジンジャーマンクッキーの二の舞になりたいのか? 色々な品を道中で見たんだから長く見て回るとルナスが妙な物を勧めかねないぞ』
「変わった品を見るのも十分楽しんだね。問題無い物で、自分が使う物だけをお土産に帰る頃合いかもね」
物わかりが良いことで助かる。さすがのシュタインも胆が冷えたって事なんだろう。
「そうか? 私はもう少し見て回りたいんだが……君が立ち寄った本屋なども……」
ルナスは演劇鑑賞が趣味であり、物語を読むのも好きらしいから見知らぬ世界の書物にも興味があるのか。
「入荷状況も気になるしちょっと立ち寄って見るか」
クマールへのおすすめの礼もあるし、あそこの店員へ挨拶をするのは良いかもしれない。
という訳で証を頼りに本屋へと向かった訳だけど……営業時間外の看板が掛けられて居て店が閉まっていた。
「定休日とかかな?」
「あらま、ちょっと残念だね」
「うむ……また来たときに立ち寄らせて貰うか」
気持ちを切り替えて俺達は宮殿っぽい建物へと近づくと……なんだ? 宮殿だと思った建物から左右に大きな道が開かれていて二本の金属棒が延々と敷かれている。
そこに……凄く長い馬車を魔物が引いて行き来している。
「何だろう、ここ?」
「よくわからないけど、乗り合い所じゃない? あの長い奴、馬車みたいだし……へーこんな乗り物があるんだね」
「ヌマー」
ちょっと気になって宮殿っぽい建物に近づくと……この世界の人たちが出入りしている。
馬車に乗る際の切符を入り口で見せて中に入っている様子だ。
あ、切符の販売所がある。
文字は……一応読めるけど地名がちょっと判断に悩む。地図が少し載ってるけど……わからない所が多いな。
「ヌマヌマ」
クマールが建物の中にいる職員へと近づいて声を掛けて……ちょっと話らしき事をして戻って来る。
「ヌマ、ヌマヌマ」
ふむふむ……。
「大量連結させた馬車をあの道を走る大型の魔物に引かせて大々的に移動させる所で、ここは大規模な乗り合い所……駅って場所だってクマールが建物の人から聞いて来た」
「ほう……駅とな。乗り合い所の別称にあるな」
「ワイバーン便の発着場を駅って呼んだりするからそんな感じなんじゃない?」
「城じゃないそうだ」
ガタンガタンと駅から何個も連結された馬車が道……レールという場所をなぞって進んで行く。
「私たちの知る世界とは技術力がかなり違うのが分かるな」
「そうだね。ワイバーン便とはまた違うね」
「飛行船がこっちの世界にもあるが、地上を一直線に進む場所は見た事無かったな」
別に技術力で争うつもりは無いけど、こっちの世界の出来事を手記にまとめたら面白いかも知れないと思った。
「そろそろ帰るか」
「うむ」
「だね。良い経験をしたね。今度はあの乗り物に乗って何処かに行ってみたいね」
「当てもなく行くのも恐いな」
何よりこの世界は人間からすると未知にあふれすぎているか。
クマールがこっちの世界の適性があるみたいだけど、詳しいわけでも無いし……ハイロイヤルビー達に尋ねるのが良いか。
……ハイロイヤルビーの巣への直通の道とかありそう。
「で、簡単に帰れるんだよね?」
「えっと……」
帰り道を意識すると道が開いてないとばかりに針がくるくると回っている。
なので、来た時と同じくクマールに証に力を込めて貰うと、場所を示された。
「今度はここの通路を進むらしい」
若干暗めの裏路地を証が指し示したので進んで行く。
「ルナス達はもう十分だよな?」
「うむ。少々手土産が無くて不満に思う所はあるが、良い経験だったな」
「思ったより良さそうな物が無かったね。下手に持ち帰ったら危なそうな品ばかりだったというか」
「こっちの市場でも見るような物もそこそこあったしな」
実は違うとかもあるのかも知れないけど下手に持ち帰って騒動を引き起こすよりは遙かにマシか。
念のために俺とクマールはルナスとシュタインにこれでもかと把握を仕掛けて妙な物を隠し持ってないか確認を行う。
……特に無いな。
クマール。お前の把握で何か引っかかる物はあったか?
「ヌマヌマ」
特に無しとクマールが意志を伝えてきた。
「アレだよ。こっちの世界で良さそうな武具とかアクセサリーとか作って貰うとかが良いんじゃ無い? ハイロイヤルビー辺りに依頼してさ」
「そうだな。こちらの要望に応えて貰う形で何か作って貰うのは良いだろう」
「まあ……」
貰った武具の強化を今回は頼まなかっただけだしなぁ。
「付与とかもお願いできるか次にきた時に尋ねて見るか、こっちでは出来ない事も出来るかもしれんぞ」
「考えて見ればクマールが湧き続けるハチミツ壺を持ってるって段階で十分不思議な道具を僕たち持ってるよね」
確かにな。色々と恩を売っておいて良かったな。
「今度、迷宮でハイロイヤルビークイーンと逢うことがあったら何か差し入れを持って行かないとな」
「リエルを狙わないのなら私も恩には応えるぞ」
問題は次はいつ迷宮に潜れるかなんだけどな。
なんて話をしながら裏路地を歩いているとぶにょっと何か膜みたいな物を通り抜け……俺達は元の世界へと戻ってきたのだった。
「よし、楽しい市場探索は終わったので今度こそリエルの部屋へと行こうではないかー!」
「はいはい」
日も暮れているからいい加減、家へと帰るのが無難か。
「一晩くらいなら良いけどあんまり騒ぎすぎないでくれよ」
「当然だとも。リエルのベッドをしっかりと調査せねばならんからな。少年、リエルが隠してそうなエッチな本の場所は分かるか?」
クマール、ここまで露骨に俺がツッコミをするのを狙う発言は無視すべきだろうか?
と俺はクマールに嘆きの念を飛ばす。
「ヌマー」
俺の嘆きにクマールは困ったとばかりに頬を搔いた。
俺達の勇者様の遠慮の無さは恐ろしいもんだ。
「ルナスさんは甘いね。相手はリエルだよ? エッチな本なんてあるわけないじゃないか」
「そうだな。あるはずの無いモノを探す事ほど無意味なモノは無い」
「そうだな……じゃないだろ」
なんでそこで納得されるんだよ。
「え? あるの?」
「……」
無いのが非常に物悲しい。
「まあ、そういう事だから大人しく遊びに行こう」
という訳で……賑やかな二人を連れて自室のアパートへと戻ってきた。
「ヌマヌマ」
クマールが部屋に戻ると定位置に腰掛けて寝っ転がる。
「おじゃましまーす。リエル、相変わらず質素な部屋をしてるね」
「失礼する。ふむ……綺麗にまとまっている室内で実に君らしいと私は思うぞ」
三人と一匹が室内に入ると……やっぱなんだかんだ狭く感じるな。
「今夜は何処で寝るか先に決めておかねばな」
「ベッドはルナスに貸すよ」
「僕はここが良いー!」
シュタインが寝っ転がっているクマールのお腹に向かって突撃を仕掛ける。
「ヌマ!」
そこをすかさずクマールが逆立ちからの静かな跳躍で立ち上がり、壁を背にして座る。
なんかクマールも曲芸みたいな動きが出来てきてるな。