193 クッキーと勇気
「ここを通らないと行けないっぽい」
「ほう」
ルナスがコンコンと扉をノックする。
……返事はない。そのまま扉を開けると……ごく普通の室内が見える。
いや、勝手に民家の勝手口を開けるのってどうなんだ?
道徳的な意味で大丈夫なのかと不安になる。
ただ……把握の感覚が扉をくぐったあと辺りでおかしいぞ。
前回迷い込んだ時のによく似ている。
「失礼ー誰か居ないかー?」
ルナスが再度確認を取る。
「家主はいないようだな。リエル、本当にこの先で良いのかね?」
「みたいだけど……」
針は扉を指し示したまま動く様子がない。
「ヌマヌマ」
ズイッとクマールが体を丸めて扉をくぐっていく。
「行ってみるしかあるまい」
「なんだかわくわくするね。迷宮に挑む時の感覚に近いや」
これで良いのか? なんともよくわからない。
「変な物を内緒で持ち帰るとかしないでくれよ」
「もちろんだとも、変な事をして今更遅い等と言われて溜まるモノか」
ルナスは相変わらず今更遅いと言いたいようだ。
「当然だよ。えへへ」
「……シュタイン、お前は留守番な」
「えー! 嫌だよー」
「怪しさ抜群過ぎ」
「ふふ、少年。身の破滅が好みであるなら、勝手に自滅するのだな。私たちを巻き込まないで欲しいものだ」
「ちぇーわかったよ。持ち帰れるかリエルとクマールに判断して貰った物だけにするよ」
本当に大丈夫なのか?
まあ……なんかクマールが力に目覚めたお陰で多少は大丈夫になってそうだけどさ。
という訳で俺達は扉を潜って進むと……室内のはずなのに濃霧が視界を支配し、そのまま少し歩いた所で前回迷い込んだ世界の町並みへと出る。
道行く人が城下町では見ない獣人や背中に虫の羽をしたような人々、魔物としか形容出来ない者たちが当たり前の様に歩いている。
「おー……ここが件の世界か、確かに変わった場所に出たのだな」
「ヌマー」
「とりあえずハイロイヤルビークイーンから貰った証を目立つ所に付けておけば大丈夫なはずだけど……」
特定の月の夜以外でも来る事が出来るのか。
いや、クマールの力で道を開いたってのが正しいのか?
「ヌマヌマ」
「ん? 前来た時はぼんやりとしか分からなかったけど、今なら案内出来る?」
「ヌマ!」
どうやらクマールが大妖獣ポンポコンというスキルを得たお陰でこちら側の世界を理解出来る様になったという事らしい。
「クマールからはぐれない様に行動すれば大丈夫そうだな。クマール、俺も注意するけどルナスとシュタインが妙な事をしないように気を使ってくれ」
「ヌマ!」
承知しました! っとクマールは敬礼した。
「私達が全く信用されていないぞ」
「酷いよー」
常日頃の言葉というか腹黒な台詞や行動が問題なんだけどな……と、言いたい気持ちを堪える。
時々カッコいいし、要領も良いから短所ではないんだ。
ただ、ここは俺達からすると未知の世界だし人の世とは違うんだから変な事は極力しないで欲しい。
「リエルとクマールが言っていた事だから正しいと信じて居たが、なるほど……確かにこのような世界があるのだな」
「みたいだねー僕も驚きだよ。世界の裏側を見た気分だね」
ルナスとシュタインがキョロキョロと周囲を見渡している。
俺も把握で確認を取るのだけど、やっぱり感覚が少し変で自信が無い。
ハイロイヤルビークイーンから貰った証とクマールの案内頼りにするのが一番だな。
「ヌマンヌマ」
ここでは人間の方が注目を浴びてしまいますので何かしらの手段で目立たない様にすると良いかもしれないです。
か……。
「ヌマー……ヌマ!」
と、クマールがポーチから巻物を出して中身を確認しながら木の葉に魔力を込める。
尻尾がブワッと膨れて面白いけど……何をしたんだ?
「ヌマヌマ」
クマールが俺とルナス、シュタインにそれぞれ魔力を込めた木の葉を渡してくる。
ふむふむ……。
「この葉っぱに幻覚の魔法を込めたから頭に付けて置けば俺達以外には別の姿……耳とか羽とか尻尾が付いて見えるらしい。怪しまれずに潜り込めるそうだ」
「ほう……中々便利な魔法をクマールは使えるのだな」
「巻物に書かれていたのを確認しながら使ったそうだけどな」
これで兵士らしき人に声を掛けられる心配も無く行けそうだ。
「ヌマヌマ」
それで何処に行きますか?
「クマールが何処に行く? って聞いてる。二人とも何処へ行きたい?」
「リエルの行きたい所に私は合わせよう。何、何処でも好奇心を満たせる。それほどここは未知に満ちているのでな」
「僕は市場を見たいなー持ち帰っても良いのをクマールが見極めてくれれば良いんでしょ?」
「良いか? クマール」
「ヌマ!」
シュタインの要望が通って俺達は妖の世界の市場へとたどり着く。
「食べ物屋とか僕たちの知る城下町じゃ見ないような料理が並んでるね。確か金銭はこっちのお金でも大丈夫なんだっけ」
周囲にある店や出店、露天などで販売されている料理に目を向けると……確かに俺達の本来居る世界では見ないような料理が売られている様だ。
人型のクッキー……ジンジャーブレッドマンっぽいのが商品ケースに置かれているのだけど……あのクッキー、生きてないか?
なんか頭を動かして周囲を見渡しているし、時々立ち上がってケース内を歩いて居る。
ただ……食べ物らしくて客が購入して動くクッキーを摘まんで頭からボリボリと食べている。
「わー……異文化に触れるって凄いね」
「アレ、食いたいか?」
「リエル、面白い事を言うね。僕が食べると思うかい?」
シュタインは絶対に食べないだろうな……見知らぬ物は人が食べるまで絶対に手を付けないタイプだ。
「ほう……アレは食べ物なのだな。クマール、アレは買って食べても大丈夫なのか?」
「ヌ、ヌマ」
ルナスの質問にクマールが頷く、するとルナスはさも平然と店へと入ってジンジャーブレッドマンを四枚購入して、一枚頬張りながら帰ってきた。
「ふむ……甘みと歯ごたえが心地良いな」
ルナスが頬張ったジンジャーブレッドマンの頭から下がビクビクと動いている。
死後痙攣に見えて激しく不気味だ。
というか平然と買い食い出来るルナスに感心すべきなのか、呆れるべきなのか俺には判断出来ない。
物怖じしないって次元じゃない。
「ほれ、みんなの分を買ってきたぞ」
ルナスがさも当然のようにジンジャーブレッドマンクッキーを俺達に渡そうとするけど、捕まれたジンジャーブレッドマンクッキーと視線が合ってしまった。
今から俺……かみ砕かれて死ぬの? って顔をしているように見えてしまってとてもじゃないか手が出ない。
「あー……よく考えたら僕、そこまでお腹すいてなかったからみんなに譲るよ」
く……シュタインめ、一番に降りやがった。
挙げ句俺達へと勧めるとか、厄介な。
よくこんなのを買って俺達に勧められるな。
ルナス……残念を超えて道徳とかその辺りを問い詰めたくなるぞ。
「そうか、では少年は持ち帰ってリエルの家で食べるか」
サッと変わり身が出来たと安堵したシュタインがルナスの台詞に乾いた笑みを浮かべたぞ。
逃げられると思ったら持ち帰って食べるという流れになってしまったんだしな。
ここは素直にルナスに注意するのが先決か?
シュタインが俺に助けを求めるような目線を向けてくる。
「なあルナス、さすがに……その、生きている様に見えるクッキーを食べるのはどうなんだ?」
「む? 非常時に食料代わりに芋虫を木や土から掘り出して食べるではないか、何より錬金術師が作る菓子に似たものがあったりするぞ」
ルナスが元も子もない話をしている。
確かに……錬金術師が奇をてらって動くお菓子を作るなんて事があるのは聞いた覚えがあるけど、それと同じ扱いで良いのか?
もしかしてルナスの地元じゃ見るお菓子なんだろうか。




