190 タヌクマについて
「確かに俺がマメに世話をしていたのは事実だけど、見習いの班で管理していた使役魔じゃないか」
「日々の勉強と訓練の中でファルコンやウルフの世話という実技に精を出して、観察記録をしっかり取っていたのはリエルだっただろ」
「ほう……やはり丁寧且つしっかりと管理していたのだな」
「まあなー。こいつ等が大病や訓練で大けがをした事があって、ヤバイってなった時もリエルが薬とか色々と作って治療法を探して世話したからさ。卒業時に卒業生の中に支給するってなった際にリエルに授けるかと思ったら何故か俺に渡されたんだよ」
本気で嬉しかったぜってサクレスは続ける。
「レンジャーギルドで講師をしていたバックスって奴がリエルの事を無能と思ってるみたいでよ。あの時も、こいつらはリエルにやるんじゃないの? って聞いたらスキル適性がある奴に授ける決まりだ! って押し切られちまってさ」
ああ、懐かしいな。
俺もしっかりと世話をしたから愛着が湧いていたけどそう言い切られてしまったんだ。
ただ受け取る相手がサクレスだから信頼出来るし、納得して渡した形だ。
サクレスはマスタリー所持で、俺が使役するよりも良いと思ったのもある。
「リエルもこいつらを強く求めないから俺が貰ったけど……よ」
と、サクレスがルナスの後ろにいるクマールへと視線を向ける。
「……」
「ヌマー」
「キューイ」
「バウバウ」
っと、ファルコンとウルフがクマールと顔を合わせて鳴いている。
なんかクマールが自己紹介をしてる。
主人の使役魔をしているクマールですって。
「タ……ヌクマか? なんか異様に大きいが……その見た目というか柄というか格好というか……」
「タヌクマを知ってるのか?」
サクレスがクマールの種族を一発で当てたぞ。
「ああ、遠征先が東でな。そっちの地方で見た事がある魔物だったから……」
「こいつは俺が購入して育てたクマールだ。元々はタヌクマだったんだけど、なんか大きく育った」
「ヌッマ!」
主人と仲良くしてくださったレンジャーですね。よろしくお願いします。
ってクマールがお辞儀をする。
「いやー、どうやったらタヌクマがこんなでかくなるんだ? 俺の知ってるタヌクマってこんなもんだったぞ」
と、サクレスが昔のクマールと同じ大きさを両手で説明する。
そうだよなー……いくら何でもおかしいよな。
ここは全く否定できない。
「育てたらでかくなった。迷宮でルナス達と相当Lvを上げたからだと思う」
「Lv上げたからって普通はこうはならないと思うけど……」
リアクションに困ると言った様子でサクレスは呟いた。
「近隣種とか上位種とかで見聞きしなかったか? こっちじゃ見ない魔物だからさ」
「そんなの見なかったなぁ……いや、確か現地のおとぎ話に人を化かす古老のタヌクマの話があった様な……」
どうやらクマールの地元にはそんな話が語り継がれているのかも知れない。
それでもこの巨漢は説明出来ないのかもしれないが。
「リエルリエル、僕の紹介がされてないよ」
「はいはい。こっちにいる奴はシュタイン。俺の昔馴染みの……プリースト。見た目子供っぽいけど俺と同い年だ」
シュタインは表向きはプリーストで通しているので合わせる。
「よろしく。自分で言うのも何だけど、前にここのパーティーにいたプリーストよりも有能だよ。彼女はなんか身勝手な理由で出て行っちゃったそうでね」
ここぞとばかりにシュタインがマシュアより優秀であるとアピールしつつ嘘をサラッと言って誤魔化した。
その正体は邪悪な死霊術師で俺とクマールの体をゾンビとして操っているなんて、とてもじゃないが言えない。
「リエルが優秀だってわかっているみたいだね」
「同期のスキル頼りの連中よりも努力して追いついていたし、見てるだけで学べる所が多い奴だったからな。なんていうのか、俺はスキルとはまた違う才能みたいのを感じたな」
「ふーん」
と、シュタインがサクレスが使役しているウルフへとゆっくりと手を伸ばして喉を撫でる。
「くーん」
あ、普通に撫でる事が出来てるな。
そういえばシュタインの墓守ってスキルは犬系の使役魔との相性が良いんだっけ。
クマールには通じていなかったけどウルフが敵愾心無く触れ合っている。
「良い子だね。さすがはリエルがしつけをした子って所かな。ちょっと羨ましいな。お金を渡すから譲ってと言ったらくれるかい?」
「いやいや、俺の頼れる相棒をおいそれと渡せるかよ。リエルにだって数日貸すならともかく、今更渡すなんて出来ないぞ」
「だろうね。冗談だよ。ただ、それくらい良い子だねー」
にっこりと笑っているけど、なんか裏がありそうで怖いな。
裏があったとしても友人から使役魔を奪うなんて事しないがな。
それとルナス、今更って単語に反応して良い顔しなくていいから。
「まあ、本気で欲しければリエルにお金を払ってウルフの世話をしてもらって譲って貰えば良いよね」
「そうだな。リエルに任せれば相当な事が無い限り安心して預けられるだろうな」
と、サクレスはシュタインとの話をしながら俺を見る。
「リエルも使役魔を飼う様になったか。最後に会った時は飼う余裕がないって言ってたけど」
「あー……最初はちょっとした理由で馬とか荷物持ちが出来る使役魔を購入しようとして市場で出会ってな」
「ヌマー」
クマールがここぞとばかりに胸を張ってるけどさ。
そう言った受け答えをすると使役魔って思われずに獣人って誤解されるぞ。
「あの時、売れ残って屠殺寸前のクマールのスキル構成を見た時、私は『あ、これは購入する流れになるな……』と確信したぞ」
そういえばルナスがクマールを発見して俺を呼んだんだっけ。
まあ立場が逆でも同じ事を思っただろう。
「スキル構成? 確かタヌクマって……ああ、そりゃあリエルなら見捨てられないか」
タヌクマが死んだフリをする魔物だってのはサクレスもわかっているか。
話が早くて助かるな。
「ヌマヌマ」
今ではこんなになりましたって開き直っているクマール。
良いのか?
「何を隠そうあの時のリエルとほぼ同じスキル構成であったのだ」
「把握と死んだフリが逆だけどな」
「俺でもそんな使役魔見つけたら見過ごせないな。愛着も湧くだろ」
納得するサクレスにクマールが照れるように顔を搔く。
「キューイ」
「バウ」
「ヌマヌマ」
主人が世話した義兄姉達、自分がしっかりと主人の力になりますので安心してくださいって何かクマールが思ってサクレスのファルコンとウルフに鳴いてる。
魔物同士で言葉がやはり通じるのだろうか。
「リエル、親しい同僚に対してまだ話をしていない事があるのではないか? しっかりと言わんと失礼であろう」
「そうそう。それとも内心じゃ気に入らない相手な訳?」
ここでルナス達が余計な事を言い始めた。
サクレスはそんな様子の二人に首を傾げている。
別に隠しているつもりはないけどな。
っと話をしようとしていると……。
「な、んだ? その魔物? タヌクマ……いや、使役魔か?」
「ヌマ?」
サクレスが来た方角から、シュタイン程じゃないけど小柄な少年がホーンビートルというツノがある甲虫の魔物とクリムリザードという中型のトカゲの魔物、それにレッドタックルボアをそれぞれ連れてやってくる。
人相というか目つきが悪く、装備は……やや煤けているが性能は悪くないオーバーオールを着ている。
腰には鞭というか紐……。
「サクレス、なんだそいつ」
「ん? ああ、俺の見習い時代からの友人であるリエルと、リエルが使役しているクマールだ。リエル、コイツは俺とは別パーティーだけど宮仕え魔物使い、ヴォザードだ」
チラッとサクレスに紹介されたヴォザードはまっすぐクマールの方へと近づきマジマジと全身を隈無く確認している。
「すげぇ……こんな魔物をまさか城下町で見る事になるなんてな」




