186 過去話
「ヌマー」
ここに触って良いと思うのは心の底から信用出来る相手だけです。無理に触った人は絶対触らせません。
ってクマールが断言してる。無理矢理触った事を根に持っているんだなー。
子供なら別に気にしないって事なんだろう。
確かにクマールのお腹は張りがあって触り心地良いもんな。
「ヌマ……」
主人が自分の毛並みと健康を考えてくださっているお陰です。
ってクマールが照れながら意思を伝えてくる。
「ヌマ……ヌマヌマ」
それと……この部分で魔法を使う物がありますので。
へー、なんか使うのか。
「ヌマー」
しょうがないのです。芸を見せますので我慢してください、と伝えてください。
「お腹は触らせないけど芸をするから我慢しろってクマールが言ってる」
「おや? 何をするのかね?」
「なになに?」
ルナスとシュタインがクマールを注目する。
クマールは二人が意識を向けた所で、深呼吸をしてから大きく息を吸い込み……息を止めてからお腹を叩く。
ポン! っと凄くいい音が響き渡る。
そのままポン! ポン! っと気味の良い太鼓の音が響き続ける。
「ヌマ~ヌマ~ヌマヌマ~」
クマールが歌を歌い、そのまま腹から太鼓の音が響き酒場で曲が奏でられる。
聞いた事も無い曲というか歌だ。異国の曲って奴かな。
「ヌマ! ヌマ!」
ポン! ポン! 曲が続き、クマールが出した鬼火が二個、行ったり来たりして……なんとも不思議な空気が支配していく。
「ヌマー……ヌマー……」
やがてクマールは声を小さくして行き、腹を叩く音も小さくなった。
終わったらしい。
「……ふむ」
「えーっと……」
ルナスとシュタインが揃ってどう答えたら良いのかって顔で黙ってる。
「異国の音楽と言ったものだったな」
「よくわかんないね」
「おそらく鬼火を役者に当てはめて演劇をしていたのだろうが……」
ちなみに酒場内で雑談してた他の冒険者がこっちを見て黙ってる。
何やってんだ? って顔をされているのが分かって居心地が悪いのは黙って居るべきだろう。
「クマール也の芸という事だ。素直に拍手しようではないか」
「ヌマ~ってなんか空耳で呟きそうな歌だったね」
確かに、なんか印象は付いたと思う。
クマールの謎歌腹太鼓芸って事にしておこう。
「話は戻っていずれみんなで同じ家に住むって話だよね」
「ああ、新しい家に引っ越したらクマールとは別室に出来るか?」
「ヌマ?」
困っていませんが、主人は別室で休みたいですか?
俺も特に今の所困って無いんだよな……。
むしろクマールこそ、個室とか欲しいと思わないのか?
「ヌマー」
みんな一緒に寝るのは仲が良くて良いと思います。
ああ、クマールからしたらそう言った考えなのか。
「別室にはしなくても良いか」
「ヌマー」
「こんなにまで大きく育ったけど使役魔って扱いだしな」
本人曰くタヌクマ人じゃないそうだし。
「場合によってはクマールには部屋を出て行って私とリエルが二人っきりになるがな」
「はいはい」
押してくるルナスを聞き流して置くとして……。
「で、本当にうちに遊びに来るわけ?」
「当然だ。今夜は遅くまで語り明かそうではないか」
「冒険中はずっと話していると思うんだが……」
「冒険とはまた違った話題が出来るであろうが」
この前、演劇鑑賞をしたのにまだ語る事があるのか。
ルナスは本当、実は喋るのが好きなんだな。
「楽しそうだなー。寝るまで僕もお邪魔させて貰うかな」
「シュタインもか?」
「うん。正直、ルナスさんが昔のリエルを僕に根掘り葉掘り聞いてくるから、この際話しちゃえば良いと思ってるよ」
……激しく面倒な事を。
そんな昔の事を話して何になるんだよ。
「私は君をもっと理解したいのだ」
「ルナスの方はどうなんだよ。実家とか色々とあるだろ」
「私か? 私は地方の農民の家の出だぞ。教会でスキルを授かった際に勇者見習いとして学ぶと申告して家を出た。言っては何だが貧相な家で私が勇者の資質があると知るなり、勇者ギルドに身売りを切り出した関係だ」
うわ……ルナスの親子関係が凄い。
けどルナスの母親ってなんとなくルナスと同じく思った事をそのまま喋る残念そうなのが簡単に想像出来るぞ。
「勇者見習いの修行は厳しいと言われたが、あの家での雑用に比べたら大した事は無かったぞ。真冬に川に水くみに行かせた挙げ句、どれだけ早く帰ってきても怒鳴り散らしてせっかく汲んできた水を私にぶっかける気まぐれな親だったのでな」
ヒステリーって奴だったのか……。
「ルナスさんが宮仕えになった事を知ったら集りに来そうな親だね」
「フ……私がそんな隙を与えると思うかね? 昔から常々仕返しはしていたのでな。私の事など思い出すのも嫌な程の置き土産をして勇者見習いになったよ。汲んだ水をぶっかけてきた際にはもう一個用意していた水に泥を混ぜておいてな、部屋を出て行った時に罠として仕掛けておいて被ってもらったよ」
ハッハッハと笑ってるけどさ……聞きたくなかったルナスの過去の話。
昔から今更遅いとか言って復讐をしていたのか。
残念だけど怒らせると怖いのがルナスなんだな、やっぱり。
というか……昔からその性格だったのな。図太いというか雄々しいというべきか。
ガキ大将とかしてそうな想像が出来てしまう。
「へー」
っとここぞとばかりにシュタインが俺を見てくる。
はいはい。俺はそんな根性ありませんよ。
「仮に君達の周囲に私の親を名乗る者が出てきたら教えてくれたまえ。奴らは実力行使で排除してくれる」
こりゃあ絶対に来ないのが分かる。
仮に来るとしたらルナスが病で倒れたとか相当弱って居る時にここぞとばかりに来るって展開だ。
人それぞれ家庭の事情ってのがあるんだけどな。
「別に俺の過去なんてどうでも良いだろ。親もぶっちゃけ宮仕えになった程度で関わってくるようなタイプじゃないよ。死んだフリがファーストスキルって段階で眼中から消えた様な親なんでね」
「君は苦労をしていると思っていたが……納得の理由であるな。知られたくないとはそういう意味か」
一番の原因はファーストスキルが理由だけどな。
……あまり話したくないし知られると面倒なのも事実だ。
「敢えて言うなら縁は切れてるけど実家は国内の辺境だよ」
「まあ、辺境と言えば辺境だね」
シュタインもここぞとばかりに思わせぶりな含みを入れて来るな……そういう言い方するからルナスが気にするんだろう。
ここは少し嫌がらせでも返すべきか。
いや……下手に反撃すると墓穴を掘りかねない。
シュタインは墓守だからそのまま埋められてトドメを刺される。
言い返せないのがもどかしい。
「それでも君の幼い頃の話を聞きたいものだよ。話せる範囲で語れるものは無いのかね?」
「ヌマー」
自分も知りたいです。ってクマールまで同意してくる。
そんな事を言われてもな。
「周囲の大人がリエルに色々と聞いてきたよね」
「畑の変化を観察してて、おかしな色の穂や根に気付いたから報告しただけだろ」
「専門のスキル持ちより早く気付いたのは有名じゃん。最初は信じて貰えなかったけどしつこくリエルが聞いて、渋々付き合った大人が青い顔して急いで対処したお陰であの時は畑の病気に対処出来て飢饉を避けられたし」
「一種の武勇伝であるな。そういえばリエルは調合もスキル無しで行って簡易的な薬を作るが、幼き頃の経験から来ているのかね?」
「その辺りも一端はあるよね」
「まあ……」
虫除けとか農業関連で俺でも出来る薬の作り方とか教わったのは間違いは無い。




