178 必然
「いや……愚かって……」
何その俺ルールに違反したから許せないって態度……俺だって色々とがんばって結果を出してきた所もあるんだけど……。
「すぐにやめるか果てると思って居たら何時までも調子に乗って私を脅かすなどと言う真似をしでかした」
よくそこまで人を下に見て罵倒出来るもんだと言葉も出ない。
「ヌマァアア!」
クマールは俺を馬鹿にするバックス講師の言葉に毛を逆立たせて怒りの声を上げる。
「才能の無い貴様がお遊戯で箱開けや罠が解除出来たとしても本当の迷宮は甘く無いのだ! スキルこそが絶対のこの世のルールを貴様は無視し、自らの領分をわきまえずいる! 貴様なんかがノウノウと生きているのにあの子達はこの理不尽に……私は怒りが収まらんぞ」
なんかルセンと話をしているような気がしてきた。
怒りが収まらないって所がそれっぽいのかも知れない。
「スキルが大事だって意見は同意するけど、それだけじゃないと俺は思うけど? 現に俺の把握でバックス講師、それとまだ隠れているアンタ達の居場所を把握してるわけですし」
スキルがあるのと無いのとではどれだけ努力しても差が開くのは俺だって重々承知しているし、努力だけでスキル持ちを超えられないのだって分かって居る。
但し、それはスキルを持ってしっかりと努力を惜しまない人だけだ。
スキル頼りで努力を怠っている奴には負けるつもりは無い。
知識だって同じ。スキルがあるからと言っても知らない事は出来ない。
「ふん! だから貴様は無能で愚かなんだ。貴様がどれだけ努力しても無価値。努力というのは才能のある者がやって初めて努力と言うのだ!」
適したスキルを持って居ない奴が努力しても無価値って……どこまでバッサリと切り捨てるつもりなんだよ。
「……俺の把握だってレンジャーとしての才能だと思いますけど?」
「把握など才能では無い! そんなゴミスキルを才能などと言って良いものではないのがわからないのか! そして死んだフリという完全なゴミスキルをファーストスキルにしている貴様は何にしても才能など無いこの世のゴミなのだ!」
この世のゴミとか明確に罵倒されるとか……今まで無い訳じゃなかったけど言われて傷つかないはずは無いんだが。
はぁ……どうしてこうも俺の事を罵倒する人は後を絶えないのだろう。
生きる価値すらないと言われて良い気分になんてなるはずもない。
死んだフリだって奇襲に使う事が出来る。
死んでいると誤認させるのだから気配を消す事だって出来るし、隙を見せた相手に攻撃だって可能だ。
これが才能じゃないと言うのか?
……嘆きたくなる。
『……君のスキルはゴミでは無い』
ルナスが俺に優しい顔で明かしてくれたあの時を思い出す。
そうだ……俺には、俺の価値を見いだしてくれて力になってくれるかけがえの無い人たちがいる。
腹黒だったり口が悪かったりするけど、俺の事を大切にしてくれている人がいる。
だからここで言われっぱなしになるつもりは無い。
目の前にいるのは……レンジャーの講師だけど俺の命を狙う刺客。
引いてなんていられるか!
「そのゴミに居場所を見破られたお前は何なんだ?」
「それは偶然に過ぎん! 貴様は偶々運良く私の気配を察知したつもりになり、私の教え子の場所を偶然当てただけだ」
一体何なんだよ。
とんでもなく傲慢な物言いにさすがの俺も怒りが沸いてくるぞ。
クマールなんて先ほどからもの凄い殺気を周囲に放って体中の毛が逆立ってるんだぞ。
ここで……ルナスだったらどう返すか考えると言い返す台詞が思い浮かんでくる。
「何度も偶然が起こればそれは必然と言うのですがね。いやはや……バックス講師、あなたは現実が見えず、夢を見ているのではないかな?」
「何だと!?」
ちょっと相手を煽りすぎじゃないか?
俺の中のルナスの台詞が酷すぎる。
ただ、ここまでぼろくそ無能と言われたら言い返したって良いよな?
「あなたの言い分で言うなら俺がこうして宮仕え冒険者として確かなLvを得て強さを持っている。それが運だけでないのは何よりも明確。あなたの常識だけで世界は計れないという事を知るべきだ」
もうちょっとルナスだったら剛速球で言い返したかなー……ちょっと理屈っぽくて調子に乗ってる感じがして俺自身が自己嫌悪に陥りそうだ。
けれど見た感じ挑発としての効果は期待出来そうだな。
「ぐぬぬ……」
「いい加減夢ばかり見ていないで現実を見つめてはどうか? あなたもあなたの教え子も推し量れないのが俺なんですよ。どうやら……あなたが熱心に教えた彼らは、俺より劣っていたって事のようだ。これが現実でしょう?」
どうもバックス講師が熱心に教えていた生徒、アイツらは何処かで死んだっぽいのが先ほどの会話から推測出来る。
アイツらなー……スキル頼りで真面目に事に挑んでなかったのを覚えてる。
何でもスキルで解決って感じで、鍵開けや罠解除も練習せずにな。
鍵開けで俺に負けた時、バックス講師は俺が不正をしているって扱いにしてたけど、アイツらが単純に鍵開けするのに時間が掛かっていたってだけだし。
「黙れ! そのべらべらとうるさい口を切り裂いてこの世の地獄を味合わせてくれる! 後悔しても今更遅いぞ!」
バックス講師が手を上げると今まで隠れていた連中が姿を現し各々武器を持って構えていた。
コイツも今更遅いか……ルナス、今この時だけはその口調……勇者の怒りを貸してくれ!
降りかかる火の粉は払わなきゃダメだよな。
「宮仕えのレンジャーとしてレンジャーギルド所属バックスに宣言する。身勝手な暗躍により俺に牙をむいた容疑で捕縛する!」
殺人は出来れば避けねばならない。
暗殺なんて仕掛けるバックス講師を生け捕りにし、しかるべき所に突き出す。
ああ……せっかくのレンジャー試験で昇級出来ると思ったのにな。
どっちにしてもコレでレンジャーから足を洗うことになりそうだ。
「出来もしない事を言いおって! 生まれた事を後悔しながら……死ね!」
「ヌマァアアア!」
こうして俺達とバックス講師達との戦いが始まった。
同時刻……とある酒場での事。
「リエルはレンジャー試験を上手くやっているだろうか」
「僕達のリエルだよ? 大丈夫でしょ」
「ほう、少年はリエルの事を高く評価しているのだな」
「そりゃあね。リエルは昔からマメで真面目で、他者には寛容で人望があったからねー。スキルを授かる前はみんな慕っていた位だもん」
スキルの所為で今があるんだけどね、とシュタインは続けた。
その先の言葉にどれだけリエルが辛い経験をしたのかを垣間見る事が出来る。
「ふ……今ではそんな手の平返しをした奴らが悔しげにリエルを見ているのだな」
ルナスは不敵な笑みを浮かべつつお茶を口に含む。
「ところで中級レンジャー試験とはどの程度なのであろうな?」
「んー聖職者から見たレンジャーの腕前評価で言うならリエルなら宮仕えになる前の段階で突破出来る程度だよ? だって中級だし、リエルは随分と高いイメージをしていたみたいだけどね」
「ふむ……そうなのか?」
「うん。まあレンジャーギルドって生まれやスキル、人格も恵まれなかった人が辿り付く終着点のイメージあるでしょ? 昔はシーフギルドって言われて嫌われていたらしいし、この手の試験でダメ人間を振るいに落とすらしいよ」
だから他のギルドが行っている試験に比べて死者が多い事でも知られる。
それが難関と思わせた理由だろうとシュタインは続けた。
「確かにあまり良い噂は耳にしないな」
「扱う技術が技術だからね。悪用が容易だし、下位のレンジャーから賊に落ちぶれる人が多いのも事実だからね。何より上位の成功者も成り上がり者が多いから技術継承があまり盛んじゃないって聞くよ」
「ならばリエルなら容易、と」
「少なくとも迷宮の18階層以降の罠が解除出来るなら簡単なんじゃない?」
「そういえばリエルが罠の解除に失敗した所……見た事が無いな」
「把握であれだけ出来るのは文字通り血の滲む訓練と基礎を大事にしている結果だね。物の構造や仕組みを理解しているっていうのかな? リエルの持ってる手帳の罠解除の部分とか参考になるよ」
「確かにリエルの書く文字は綺麗だな。私自身が恥ずかしくなるくらいだ。少年、私のリエルに関する知識は豊富だぞ。あまり幼なじみ風を吹かすんじゃない」
バチバチとルナスがシュタインへと牽制の目線を送る。
「むしろ少年。丁度良い機会だ。リエルが昔どんなだったか話してもらおうか」
「リエルがルナスさんに過去を話すの嫌がってるからね。そこは話せないよ。嫌われちゃったら僕が困るし」
「く……私も調べられる範囲で調べたのだが、リエルの奴。レンジャーギルドに入門した所からしか資料が手に入らないのだ! だから少年よ、話せ! ギャンブルで勝負しても良いぞ」
「お金に関してそこまで困って無いからねー」
「ええい! 話せと言うのだ!」
「ざんねーん、話しませーん。まあ僕の予想だと、ルナスさんが今のままなら望む未来になると思うよ?」
などと馬鹿なやりとりをしている二人だった。




