172 エリート教師
一方その頃……レンジャーギルドの学び舎での事。
「いやぁ……貴殿が才能が無いと散々述べていたリエル=キークファン君……いえ、もうリエル氏と呼ばなければいけないかな? そんな彼も随分と出世した様で、逆境を乗り越えて伸びたものだね」
忌々しい同僚が鬼の首を取った様に、ここぞとばかりに当てこすりをしてくる。
「それに引き換え君が目を掛けていた、彼の同期達は今どうなっているのかね? 久しく聞いていないが?」
私が教えられる全てをたたき込んだリエルの同期である愛弟子とも呼べる子は……依頼で迷宮へと潜って久しく戻ってくる様子がない。
冒険者故にこういうことはままある事だが、あの者は宮仕えになれるだけのスキル構成を授かっていた、輝かしい程の子だったというのに……。
早く戻って来いと思うがその様子は無く……薄々私は愛弟子が迷宮で果てたのではないかと思い、才能ある者が消えた事を嘆いていた。
そんな時に舞い込んで来たのが私が教鞭をした生徒の中で最も無能であるリエル=キークファンが所属したパーティーが宮仕えになったという情報だった。
最初は運良く宮仕えになっただけだ、宮仕えになった時の壁の高さに何処かで果てるなり、大怪我をして引退なりするだろうと思っていたが……事もあろうにフォーススキルが開花したなどという一報まで来た。
あの年齢で開花となると、確かな実力のある冒険者パーティーという証明になってしまう。
仲間に恵まれ、迷宮の深部で鍛えられればあり得るという話であるが、それでも一朝一夕で出来る様な事ではない。
「私は彼が才能が無いと言われていても、いつか大きな事をやり遂げると思っていましたよ」
私と一緒にアイツは才能が無いと罵っていた同僚達が手の平を返した様に奴を褒め称える。
才能が無いと昇級試験の審査を事前に弾くように命じていたというのに、魔法資質が開花したとかで魔法使いギルドが勧誘するという話まで流れてきた。
何がフォーススキルだ!
人間は神から与えられた三つのスキルで全てが決まっているのだ。
そのスキルが悪ければ無様な生き様をするしかないというのがわかって居ない連中ばかりで反吐が出る!
私だって宮仕えになったという実績を元にこうして教育の場にいるのだぞ!
あんな何かあるとメモばかり取って自らの無能を誤魔化そうとしている奴と一緒にされるのは辛抱出来るものでは無い!
挙げ句、なんだ!
リエルの潜った最高階層が41階層だと!? 馬鹿馬鹿しい!
死んだフリがファーストスキルという無能な奴だぞ!
お粗末な把握と無能な荷物持ち御用達の役満だ!
こんな奴が評価されて良いはずが無い!
リエルが評価されてしまったら、これまで血が滲む様な努力をしてきた若者達が可哀そうだ!
何か裏があるんだ。不正があるはずだ!
「私が教えた子が言っていたのだがね。彼が世話したウルフやファルコンは随分と利口で羨ましいと言う話をね。訓練校に居る頃から片鱗があったのかも知れないと今にして思うよ」
あんな無能が育てた使役魔までが優秀だと?
ふざけるな!
せめてもの情けで適したスキルを所持した者に与えたに過ぎず、私の愛弟子になど触れさせもしなかったというのに。
「君も後悔しているのではないかね? あの時しっかりとリエル氏に恩を売っておけば教育をした者として立場が上がっただろう。今やギルドは彼が我等と縁切りをしないように顔色を伺っているそうだよ?」
「……いやいや、彼は数奇な、且つ優秀な勇者に抱え込まれてしまっただけに過ぎんよ。私は評価に値しないと思いますけどね。フォーススキルとやらに目が眩んでギルドも奴を高く見すぎですよ」
リエルの昇級申請を握り潰していた私の立場が危ぶまれているのは火を見るより明らかだ。
このままでは近々この責任を取らされる。
そんな事はあってはならない。
無能が私の経歴を傷つけるなど許されざる事だ。
「運も実力の内……我々レンジャーに必要な能力の一つだと思うが?」
「くっ……」
その運を引き上げるのがレンジャーとしての実力であろうが!
素早い身のこなしや状況判断能力、罠の有無の確認などが必要なんだ!
それらを成立させているのがスキルなのだ。
運だけのリエルに我々のスキルが負けるはずがない!
「どちらにしても彼は期待の新星となりつつあるのは事実。これからはしっかりとスキル以外で才覚のある精神的な資質のあるモノを導いて行かないとといけませんな。でないと……出世から離れてしまいそうだ。ねえ? バックス講師?」
お前のようにな……とばかりに忌々しくも奴は私を小馬鹿にした後、去って行く。
「くうううううう!」
私は拳を壁に叩き付け、激情を沈める。
おのれおのれおのれ! リエル=キークファンめ!
この屈辱、晴らさずにおくべきか!
そこで私の後方に見知った気配が現われる。
「出てこい」
私の声に合わせて気配の主、私が育てた優秀な弟子達が姿を現す。
あの子もいずれは彼らと同じ才覚を発揮するはずだったのだ。
「招集に応じて参りました……バックス様」
「よくぞ来てくれた。此度の任務を言い渡す」
私はリエルの顔写真を取り出す。
「私の顔に泥を塗ってノウノウとしている奴が存在してはならない。これから無能を始末する」
「は!」
私の命令に弟子達が頷く。
「追い詰められた所で今更己の無能さを自覚しても遅いぞ、リエル! 調子に乗った貴様に引導を渡すのは……この私だ! ははははは!」
ここで切るのもどうかと思いますが、来年もよろしくお願いします。