170 裏側の街
そうして……家路へ付く途中。
「こっちの道を使った方が早いな」
近道とばかりにまだ活気のある大通りから路地裏を通った所でふと、妙な感覚が俺とクマールに襲いかかる。
「なんだ?」
「ヌマ?」
なんて表現すれば良いのだろうか? 水の中に入るような感覚が近いと言えば近いのか?
把握で周囲を確認してもおかしな感じはしないのだけど……。
そうして裏路地を抜けて家へと向かう大きな通りに入った所で俺は目を疑う光景に出くわした。
街を往来する人々が……人間では無いのだ。
背中に羽が生えた人や魔物とも見間違えるような獣人が服を着て当たり前のように往来を歩いている。
獣人……だよな?
なんか少し違う気がする。
どうなっているんだ?
戸惑いを隠せずには居られない。
だって俺の居た城下町は人間の街で獣人とかは居ない訳じゃないけど、大多数って程では無い。
「こんな所……城下町にあったか?」
獣人とかの多い区画とかに迷い込んでしまったのか?
把握持ちで街の地図が頭に入っている俺だけど、さすがに住民を全部知っている訳じゃない。
だからといってこんな区画があるなんて聞いた事は無いのだが。
と……周囲を見ると遠くにある目立つ王宮までもが変な形……なんか植物っぽい様相を見せている。
「おや? 人間?」
そこで俺達に気付いた往来の蝶の羽の生えた人物が声を掛けてきた。
兵士っぽい感じで、身なりがよさそう。
「こんな所に人間が居るなんて……迷い込んで来たのかな?」
「迷い込んで来た? 失礼、たまたま近道をしただけでこんな所に出てしまった訳で悪気は無いんだ」
何かあっちも俺達がいることに関して少しでも事情を尋ねるのが良いだろう。
「来た道を戻れば帰れるか?」
「待て待て、そっちに行っても人の世への道は既に移動している」
振り返って元来た道を戻ろうとした所で呼び止められる。
「人の世?」
「本当によく分かってないみたいだな。そもそも簡単に入れるようにできちゃ居ないはずなんだ……」
どうも俺に声を掛けてくれた人物は悪い奴ではなさそうだが、とにかく異常事態に俺はクマールと一緒になってしまっているようで間違い無い。
「何か原因があるはずだ。心当たりは?」
「心当たりと言っても……家へと帰るために路地を通っただけなんだが……」
「ヌマ」
って所でクマールが宝物にして居るハイロイヤルビークイーンから貰った壺を取り出して見せる。
「これは……蜜壺か? この香りと魔力の密度……ハイロイヤルビー……か?」
何やら条件が該当しそうな気配があるな。
俺はハイロイヤルビークイーンから貰った証を懐から取り出して見せる。
「俺が持って居る変わった品というとこの辺りなんだが……」
「それだ。なるほど……この印……気高いハイロイヤルビー達から授かった証、こちら側への通行証を所持して居たからか」
俺は改めて証を確認する。
なんか証の部分にコンパスっぽい針が浮かんでいる。
「ここは、言ってしまえばお前のような人間とは別の者たちが住む隣の世界だ。妖精、妖……といった者たちのな」
つまりハイロイヤルビー達が使って居る迷宮内とは別の空間内に迷い込んだって事か、おい。
「あんまり踏み入れたらよくなさそうな場所だな。荒らすつもりなんて毛頭無い。これを持って居た所為で迷い込むなら元の世界に戻るときに持って行って欲しい所だ」
恩人の証でハイロイヤルビー達に攻撃されないって効果があるそうだけど、これで余計な出来事に巻き込まれるなら勘弁してほしい所だ。
「なんだかんだかの女王が正当に授けた信頼できる相手の証だからな……とりあえず軽くこちらの立場を説明すると私はこの辺りを巡回する兵士だ。少しばかり駐在所で連絡をするので付いてきてくれ。悪いようにはしない」
「わかった」
「ヌマー」
という訳で俺は兵士を名乗る者に連れられて近くの建物へと入った。
そこで兵士は同僚らしき相手に俺が持つ証を見せさせた後、何処かへと行かせる。
「ヌマ」
「おう……」
兵士が声を掛けるクマールに圧されたような声を出している。
「クマール? 威圧でもしてるのか?」
「ヌマ?」
してませんよ? ってクマールは俺の念話に答える。
「そんな事はしてねえんだろうけど、アンタ。すげぇ力を放ってやがるから落ち着かねえだけだ」
「ヌマ?」
クマールが凄い力? 確かにクマ-ルは俺達と冒険をして居るからLvはかなり上がっているけど、戦闘系のスキルは持って居ないから荷物持ちのままだ。
いや……王宮の訓練場で色々と見聞きして居るし体を鍛えているからスキル無しでもそこそこ戦えるようにはなっているとは思うけどな。
ルナス達に比べたら俺もそうだけど可愛いもんだろう。
「さも高尚な大妖なんだろうと思ってさ」
大妖? なんかよく分からないけどクマールが高く見られているようだ。
しばらくすると同僚が帰ってきてしばし話をしてから俺の所に来た。
「正式に確認を取ることが出来た。その証は貴殿が所持する正当な物、この世界の身分を証明するもので罪を犯さない限りは捕らえる事は出来ないので安心して欲しい。出来れば見える所に証をつけていてくれ」
言われるままに俺はハイロイヤルビークイーンから貰った証をわかりやすい胸元につけ直す。
「そうか……とは言ってもな……そういえば言葉が通じるんだな」
今更だけど俺は言葉さえも通じないような所に迷い込んだような者だというのに。
「人の世と重なる街だ。同じ言葉がここに住む者には通じる。貨幣も使える」
「なるほどな」
言ってしまえばもう一つの城下町なのかここは。
「とは言っても足早に家に帰りたい所でここに迷い込んでしまっただけなんでな……下手に物を持ち帰って身の破滅を招いたりする話を聞いた事があるので勘弁してほしい」
童話とかにあるのだ。妖精の世界の品を盗んできた者が財産を築いたが、持ち主の妖精が呪いを掛けて破滅するって話を。
「かの女王が授けた証があるんだ。しっかりと金銭を払えば問題などなさそうだが、思わぬ品で人の世に災いが起こる可能性はあるのは否定しない」
どんだけハイロイヤルビークイーンは俺に権力のある証をくれたんだ?
クスクス笑いながらルナスをからかっていただけだってのにとんでもない品を預けたもんだ。
とは思ったけど……ハイロイヤルビーに石弓の改造を依頼するルートってもしかしてコレなのか?
証を手に持ってハイロイヤルビーを意識すると針が指し示した。
「これに従えば帰れるのか?」
そんな感じの道具だと俺とクマールの把握は感じる。
「ま、迷ったらまた来いよ。しっかりと見せりゃここの連中はお前等を邪険にはしないだろうからな」
「ヌマー」
街の中を進んで行くのだけど……空間の繋がりがおかしいとしか言いようが無い。
大きな通りを歩いていたかと思ったら突然長いトンネルになるし、気付くと階段が幾重にも続く迷宮みたいな所に出てしまう。
遠くには王宮みたいな建物があるから城下町みたいな所なんだとは思うのだけどな。
証に浮かぶ針が指し示す方向へと進んでいくと……ハイロイヤルビーがやっている店らしき所に来てしまった。
俺の持つ証を見てハイロイヤルビーが一礼して居る。
……どう反応すべきなんだ?
どうやらここで武器の強化をしてくれるって話のようだ。
「出口じゃないのか……」
念話でハイロイヤルビーに出口を尋ねると証に出口を意識すれば移動する出口の場所を示してくれると教えてくれた。
出口って意識しないといけないのか。