169 泥酔
「コップなしで水を飲めたら確かに楽かもな」
「そうだろう」
……なんだろう。
上品な会話が全く出来ていない。
まあ、そんな事を態々王宮の舞踏会でもないのにやる意味は無いか。
「そういえば住居とかの話だけどどうなりそう?」
「候補を挙げている段階だ。広く、住みやすくてアクセスが良いとなると中々難しくてな。宮仕えとなると途端に値上げを画策する奴らが多くて困るものだ」
そりゃあ一朝一夕には見つけられはしないか。
金に糸目はつけなくても良いとは思うけど、それでも限度はある。
「まあルナスの活躍次第で領地とか授かったりすると、そっちに移住って事にもなるからなぁ。そこまで来ると貴族の仲間入りなんだけどさ」
ドラークもカテゴリー的には一代限りの貴族扱いだったはずだ。
迷宮から帰ってこないので小さいだろうけど領地は国に返還されて後任に任される事になる。
少なくとも今のルナスの実力なら領地を与えられる事だってあり得る話だ。
「領地か……冒険者の夢であるな」
「ルナスとしてはどうなんだ?」
「任命されれば管理するが、その場合は君に管理や業務を任せるのが適任だと思っている。私に戦う事以外が務まるとは思えないのでな」
俺へ管理を委託か……まあ、出来なくは無いけど領民なんかと話をしないといけないし、それはそれで色々と大変なんだよな。
その点、見た目や能力的にトップがルナスなのは楽かもしれない。
勇者の看板は民からすれば安心に繋がるからな。
「物語だとそこを足がかりに領地を広げて行き、やがては新しい国を建国なんてものがあるな。現実は勇者同士の派閥争いからも分かる通り、血なまぐさい闘争が続くのだろうな」
「そうだな……何より面倒なのは魔物の討伐や迷宮の管理なんかも加わる所か」
国内には迷宮が多数あるわけで、その近隣は当然迷宮から魔物が出現する。
地上に出てこないように定期的に掃除というか、冒険者が出入りしてくれれば助かるが辺境となると冒険者が来ない迷宮なんかもある。
そうなるとそこから魔物が出てくる訳で、定期的に貴族ないし、貴族に雇用された騎士や勇者、冒険者が魔物の討伐をする事になるんだ。
で、そういう迷宮って著名な迷宮に比べて金銭に繋がり難い事が多い傾向にある。
「逆に考えれば迷宮の所有権利を持てるのだな」
「まあな……高い実力を持つ勇者には厄介な迷宮のある地域を領地に持たせてそこで死ぬまで戦わせるなんて話もあると聞くな。左遷とも言えるけどルナスはそっちの方が楽そうだな」
つまり新たに貴族として領主になった冒険者が受け持つ土地の迷宮は魔物が凶悪過ぎるか、うま味が少ないかの二択という事だ。
肥沃な土地や収入の良い迷宮のある土地は既に権力の大きい貴族が独占しているという訳だな。
冒険者として大活躍だったのに貴族になって上手く行かなくなるのは、こういう裏がある感じだ。
「面倒な王宮内派閥闘争をするくらいならそれでも悪くなさそうである。上納する資源も色々と誤魔化せそうだ」
発想がシュタインと同じ腹黒さだぞ。
ルナスなら高額で取引される物資の調達とかも難しくはないと思うけどな。
「さすがに宮仕えになって日が浅い俺達にそこまでの恩賜は与えられないと思うけどな」
実力はあっても宮仕えになってすぐに領地を与えるなんて事はしないだろう。
あちらも色々とメンツを気にするからな。
「ふむ……どちらにしても新居を確保して引っ越しをするのが大変そうなのが問題になりそうであるな。特に家具などがそれだ」
「ルナス、俺とクマールの所持スキル忘れてないか?」
「ヌマー」
俺とクマールのサードスキルは積載軽減、家具の移動とかは専門と呼んでも良いくらい適したスキルだ。
怪力とかスキルにあるとより良いのだけど、十分にレベルも高いので引っ越し作業はお手の物だ。
しかも念魔法も駆使すれば効率的に運べる。
「そうであったな。こんな所でも君達が役に立つが……よく考えて見れば君とクマールに死んだフリをして貰えば私だって出来るな」
……まあ、ルナスなら俺達の6倍で引っ越し作業をしてくれるだろうな。
「少年にも声を掛ければリエルもクマールも家具を運べるぞ」
ゾンビは疲れを知らないってか?
そりゃそうだけど……何だろう。絵的に嫌な光景だなぁ。
なんて感じに店内で演奏される曲を背景に俺はルナスとたわいも無い雑談を続けたのだった。
そうして……店を出る。
「家まで送るよ」
「うむ、感謝する。ならば馬車を使わず夜風に当たりながら行くとしよう」
「ああ……」
と、ルナスを家まで送り届ける。
そういえば……昔、酔い潰れたマシュアやルセンをそれぞれ家に送り届けた事があったっけ……ルナスも飲み過ぎたのか足取りが怪しかった時があった。
あの時の事を思い出す……。
肩を支えてルナスの家に送り届けた時……。
「すまない……酔い潰れてしまった」
「良いんだ。あの二人もペース配分を考えて欲しいもんだ」
「いや……私が自身の許容量を見余っただけに過ぎない。彼女たちは悪くはないさ」
なんて寛大な勇者なんだろうな。まったく……と俺は内心ルナスの責任感の強さに心惹かれていた。
「それでだな……リエル……君は私の家に入らないのかね?」
「こ、ここまで来れば大丈夫じゃないか?」
「いや……是非とも来て欲しい。ふらついて倒れたらどうなることか」
「そうなのか?」
ってルナスを送り届けて……。
「リエル、私はな。君を高く評価しているのだぞ。君がいなければ我がパーティーは全滅していたのだ。分かって居るのか」
「わかってますよ。褒めてくれてありがとうございます」
この頃の俺は珍しく饒舌なルナスの褒め上戸に付き合いながらルナスを家に送り届けたって心境だった。
今にして思えば……素のルナスがこれだったんだな。
「リエル……私と良い夜をしないかね?」
家に帰るなりベッドに横になったルナスがそんな誘惑をして来たが、酒に酔ってしまった末の血迷った台詞だって思ったっけ。
「謹んで断らせてもらいますよ。酒で酔った所為で血迷ったと言われるのは嫌ですので」
「むー……やだーリエルー私は君と一緒に寝たいのだー」
どんだけ泥酔してるんだ。酔っ払うと寡黙な勇者様も可愛い所が出るなー。
「はいはい。良いから寝て下さい」
「うー……私は諦めないからなーリエルー!」
って感じでかなりしつこく泊まっていけって言うのを宥めて帰ったっけ。
……あの頃からルナスって素の部分は変わらない。
残念な所を隠していたってのが実によく分かる。
絡み上戸だと思ったけど、こっちが素なんだよな。
「どうした? リエル」
「昔ルナスが泥酔して送り届けた時の事を思い出してさ」
「ヌマ?」
「そんな事があったかね? そういえば気がついた時に家にいた事はあったが……」
ああ、泥酔して忘れてるのか。
「何かとてもじゃないが言えない事を私は言ってなかったか? カッコいい私のイメージが崩れるような事を」
その台詞が既に残念なのを理解して欲しいんだけどな。
酔っ払っている時よりも残念だ。
「俺まで泥酔していたら朝、俺が驚いて急いで脱出を図り兼ねない空気にはなってたかもな」
「そうか。クソッ……なぜあの時、私は君にもっと酒を飲まさなかったのだろうか」
ルナスってこういう所が問題あるってわからないんだろうな。
堂々と言えば良いと言う話では無い。
「文字通り今更遅いって奴だな。今ならもし泥酔したらクマールに背負ってもらうだろうな」
「ヌマー」
「何だと……く、クマール! ここは空気を読んでリエルに背負わせるのだ」
「ヌマー」
わかりませーんってクマールは答えている。
ルナスの相手をするのにお前も馴れてきたな。
なんてやりとりをしている内にルナスの家の前に付く。
「リエル、私を部屋まで送ってくれないのかね? クマールは家に先に帰れ」
ここまで露骨だと却って清々しくもあるな。
誘いには乗らないけど。
「あの時程泥酔はしていないだろ? 今夜は楽しかったよ。また演劇誘ってくれよ」
「ヌマー」
「うむ! 私も楽しかったぞ! また誘うから今度こそ部屋に来るのだ」
部屋に招き入れられたら大変な事になりそうだ。
とは思うけどルナスもそこまでがっつく様子は見えない。
本当に演劇と食事を楽しみたかったんだろう。
「じゃ」
「ヌマー」
「ではまたであるな」
俺はクマールと一緒にルナスに手を振り、家路へと着いたのだった。




