168 高級料理店
「ヌマ……」
クマールは内容を理解出来ないかと思っていたのだけどどうやら想像は出来ているっぽい。
恋愛ってクマールはした事あるのかな?
好きな子に昔振られました。あなたのスキル構成を引き継ぐ子供が生まれたら嫌だそうです。
……なんともクマールも辛い思い出があるんだな。
俺も似たような記憶があるのでやはり他人事には思えない。
クマール、やっぱり俺達似た者同士だな。
ハズレスキル所持の者にこの世界は無慈悲だ。
それは人も魔物も変わらない……悲しいな。
野生で生まれたのにお前は随分と大人しいな。
懐かない使役魔もいるって話なんだが。
「ヌマー」
何も成せずいつか死ぬ、抗うより安全な生き方をしていた。
愛嬌とか前の主人に教わって実践したけど可愛くないと言われてました。
か……達観しているなお前。
「ヌマ」
ですが自分はとても恵まれた出会いが出来ました。
処分される所に出会い、同じスキル……もう一人の自分のようなあなたが導いて下さりました。
この力はあなたたちから授かった力、自分のモノでは無いですが、しっかりと使いこなせるように努めます。
恋愛に関してですが……昔の記憶から興味無いです。体が大きくなりましたがこれで雌に言い寄られたとしても過去を思い出してしまって……。
生涯独身で良いのか?
まあ……彼女とか恋愛をすることが一生では無いけれどさ。
とにかく、クマールに恋愛というか番いを得たいって発想はないと。
忠誠心があって健気なんだけど、それで良いのか?
まあ……クマールの同族はここら辺には生息していないからしょうがないんだけど。
なんかクマールと念話で話をしていて、そっちの方が盛り上がってしまっている。
ルナスに失礼だ。
「……」
ラブロマンスのシーンでルナスが俺の手を握ってくる。
劇に集中しよう。ここで感情移入出来なかったとか思うのはルナスに失礼だ。
内容を覚えて面白かったというか感情移入出来る所を意識しないと。
なんて感じで演劇に集中していき……やがて演劇は終わった。
最後は悲恋というか真実の愛に殉じて吸血鬼の男は吸血鬼狩りの放つ一矢から少女を庇って灰となって死に、少女は吸血鬼の彼の後を追って死んでしまった。
種族を超えた愛で悲恋だからこそ尊い……という話かな?
教会関連の人が見たら怒りそうな内容だけど人気は高いんだろうな。
最後は役者達が舞台に揃って一礼して幕が下がって劇が終わる。
パチパチと拍手が続いていた。
「ふむ……古くからある王道の恋物語であるのだが、君はどうだったかね?」
「悲恋な終わりが悲しい感じだね。吸血鬼って所で抑えているけど、これって他国の貴族とかの比喩って所かな?」
「お? そこに君はすぐに気付くのだな。この物語の作者はその辺りから着想を得たとの話は有名だぞ。敵国同士の結ばれぬ恋を吸血鬼という題材へと変えて作られたのだろうな」
俺も色々と物語は嗜んでいた。
なのでこう言った話を読んだ事が無い訳では無い。
「もっと結末が明るい方が君の好みかね?」
「今回の話も良いと思うんだけどな。そうだな……雄々しい英雄譚とかの方が良いな。ただこっちもこっちで英雄が最後死んだりするからな……」
英雄譚も最後は勇者が死んで終わりって話が結構多い。
どちらかと言えば勇者が雄々しく勝利を掴んで終わりって話の方が後味は好みだ。
「ほう……敢えて言うなら英雄譚のどんな話が良いのかね?」
「そりゃあ勇者が雄々しく戦うのがな、戦乙女と呼ばれる勇者が戦う話でハッピーエンドの奴が良いな」
こっちはこっちで男側が不誠実な奴で最後破局するってのがあるんだ。
「なんて言うかルナスって戦乙女みたいに雄々しくカッコいいところがあるから重なって良いなーってね」
「そ、そうか。君の好みはそのような話だったか……こ、今度行くときはそう言った演目のを探すとしよう」
なんかルナスがちょっと顔が赤いな? どうしたんだろうか?
「ヌッマ……」
なんかクマールが変な顔をして口元を隠している。
一体どうしたんだ?
「クマール、なんだその顔は。少年じゃあるまいし馬鹿にしているのか!」
「ヌマー」
知らないとばかりに顔を逸らすクマール。
念話でもなんかはぐらかすように答えてくれないが何なんだ?
「とにかく、演劇が終わったのだ! 次は私が予約した店で食事をしようではないか! もちろんクマールも一緒に来ることが出来るぞ!」
慌ただしい口調でルナスはそう言って行ってしまう。
なんだかよく分からないけど、付いて行くしか無いな。
と、俺達はそのまま食事をしに次の店へと移動したのだった。
次の店は高級料理店で普段の俺だったら行かないような店だ。
貴族御用達な店なんだろう。
そう言った空気が店の中で感じられる。
テーブルマナーとかに目を光らせる店員って自由に羽根が伸ばしづらい。
「ヌマ」
クマールは使役魔枠なんで餌皿に入れられた料理をこぼさず食べれば隙は見せないな。
はぁ……味とか上品なんだけどこう言った場所で食べるのは激しく面倒だ。
かといってルナスが連れてきてくれた店なんだから文句は言わないし、失礼だ。
「ふむ……失敗したな。もう少し大らかな店を選ぶべきだった」
ルナスも店員の視線が気になったのか呟く。
まあ……店員に咳をされるような隙は見せるつもりは無いけどな。
「うーむ……」
「どうした?」
「いや、リエル。随分と器用なのだなと思ってな」
「この程度、出来なきゃ変な印象を持たれるだろ?」
「そうだが……」
何やらルナスが俺の食べる態度を凝視しながら恐る恐ると言った様子で出された料理を食べていく。
「味は良いのだが……量が足りんな」
「宮仕えとはいえ冒険者であるのは変わらないからな。上品な貴族って奴らはこの程度で終わらせるんだよ」
質良く、贅沢にってのが奴らのモットーだからな。
「場所によっては敢えて残して食べ残しを下々の者に食わせるなんて所もある」
「話だけなら悪くは無いとは思うが……」
「食いに来た下々の者の貪欲さを内心あざ笑うネタにする為にって側面が強いんだよ」
「悪く言い過ぎでは無いか?」
「いや? 嘘だと思うならシュタインに聞いて見ると良い。貴族同士で笑い話にしたりしているから」
本当、貴族の神経って庶民からすると信じられないって裏の顔を持っているもんだ。
で、そういう貴族様がお腹いっぱいに食べたい場合は自分の家にシェフを雇って、誰も見ていない所で大量に食べるんだ。
まあ、そもそも貴族と庶民では一日の運動量も差があるし、食事の回数や質も大きな差があるんだけどな。
「そ、そうか」
「味が良くて食べ方に寛大な店でおすすめは、王宮酒場だな」
「しかしそれでは品が無いのではないか?」
「品で腹は膨れないし美味しい食事との妥協は難しいな。景色が綺麗な所で食べるとか演奏を聴くって所ならこの店でも悪くは無いけど、食事って所で満足はルナスじゃ難しいんじゃない?」
「私の事をよくわかっているな」
そりゃあこれだけ一緒に冒険していたら嫌でも分かるだろう。
「ヌマー」
クマールに皿から零さないように食べてくれとお願いしたけど……うん。しっかりと出来ていて偉いな。
ハチミツとか舐めたくなるだろうけど持参した壺を出したら一発で注意されるから後でな?
「ヌマ!」
わかっております! って鳴かれる。
「おっと」
ルナスがフォークをテーブルから落としかけたのでサイフロートで掴んで戻す。
地面に落ちていないからセーフだぞ。
店員もそれ見た事かと視線を動かそうとして何度も瞬きしている。
「ほう……咄嗟に出来る様になってきたのだな。助かる」
「ああ」
「ふむ。ふと疑問に思うのだが、液体物も浮かせたり出来るのかね?」
「うーん……もしかしたら出来るかも知れないけど今の俺には厳しいな」
まだ器用に使うことは出来ていない。
液体物をサイフロートで包んで浮かせるのは簡単じゃないだろう。




