167 劇場
「私の感覚では全く問題無いさ。実に君らしく準備万端と言った出で立ちで結構、クマールもしっかりと着飾らせているのだな」
クマールの首に蝶ネクタイを着用させ、頭にはシルクハットを被せておしゃれな感じを意識させた。
これで劇場で浮くことはきっと無いと思ったんだけど、どうなんだろう?
「ヌマ」
クマールが蝶ネクタイが緩まないように形を整えている。最近、お前器用さ上がったよな。
「丁寧に香水まで使って居るのだな。私もその香りは良いと思うぞ」
「あんまり準備をしすぎて引かないかと思った所かな」
俺の返事にルナスがまた小さく笑う。
「確かに人によってはそう感じるかもしれないが、君の最低限のマナーであるのを私は知っているよ。そもそも全く問題無い」
それは何より。こういう所の女心ってのは非常に面倒なのを俺は知っている。
村や酒場で行われる祭りの演目とは違ってしっかりとした劇場での演劇なんだしな。
「ではこれから向かおうではないか。私がエスコートするのでしっかりと付いてくるのだぞ」
ルナスは俺の手を握ってそのまま連れ出す。
確かになんか関係が逆であるような気はしてきた。
けど、話でしか劇場なんて聞いてないんだからしょうがない。
そうしてルナスが用意した馬車に乗り込む。
「ヌマ」
クマールがここで乗り込むと窮屈になるし狭いだろうからと馬車の後ろを歩いて行くと伝えて来るので御者に説明して劇場まで移動を始める。
もちろん馬車と関係者であるとばかりにクマールは首に紐を括られて歩いて居るぞ。
ちなみに俺とクマールは積載量軽減のスキル持ちなので実際の体重よりも乗り物に乗ると軽くなる。
「クマールに馬車を引いて貰うべきだったかね?」
「確かにクマールなら馬車を引けそうだな」
ルナスの会話を念話でクマールに聞いて見る。
「ヌマ」
命令とあらば引きます! 今の自分なら出来ます!
ってクマールは答えている。
本当、お前は大きく育ったもんなー……積載軽減のスキル効果もあって出来るだろうな。
俺も出来るだろうし……人力車ってのが異国にはあるらしいという話もあるのは元より奴隷とかに引かせたりするもんな。
「せっかく馬車を手配して貰ったんだし、今回はこのままで良いんじゃないか」
御者や馬も困るだろう。
「これからの任務などで移動する際、クマールに馬車を引いて貰うかどうかであるな」
「ワイバーン便の使用許可が下りたんだろ?」
「そうであったな」
長距離移動は空が飛べる飼育されたワイバーンに乗っての移動を国が斡旋してくれる。
普通の冒険者だと高くてとてもじゃないが使えないけど宮仕え勇者のルナスなら可能だ。
まあ、便利なワイバーン便も気流の流れとか危険な地域の航行は難しいし、重量などの問題はあるんだけどな。
クマールはどうするんだ? って疑問に思うかも知れないけどクマールの場合はクマールが入れる木の箱を用意して運んで貰えば良い。
巨体のクマールだけど積載軽減のお陰で少なくとも人間くらいの重さまでは軽量化する。
同じスキル持ちだから分かる利便性だな。
「ワイバーン便じゃ難しい所とかならクマールに引いて貰うのも良いと思う」
「だな。クマールもその大きな体で力強く馬車を引いてくれるだろう。私たちの当初の目的であった役目であるな」
確かにそうなんだけどさ。
小さなクマールを思うと、成長に驚きを隠せないのは間違い無い。
ゆっくりと進む馬車から日が沈んですぐの町並みを見つめる。
なんて言うか……普段の生活からすると別の世界に来てしまったような錯覚を覚える。
イベント独自の空気という奴だ。
「……本当、思えば俺達、凄い所まで来たよな」
宮仕えの冒険者って、冒険者からすると実績だけで成り上がったエリートだ。
正式な冒険者になってパーティーを組んで1年半と少しでここまで来るのは……絶対に驚異的な成長であるのは当然だ。
少なくともマシュア達が自分たちに恐ろしい程の才能があると勘違いをするくらいには、他の冒険者パーティーよりも上り詰める速度が速い。
その原因は困難な、失敗しかねない危険な依頼を達成してきてしまったのに他ならない。
ルナスは元よりマシュア達が持ってきた依頼なんかも沢山あったし、俺も情報を仕入れて事前準備を行ったにも関わらず手に負えない事態になんかにも陥って……俺が死んだフリを自動発動させてルナスが大立ち回りで勝って進んで来てしまった。
「それは……冒険者として宮仕えになった事かね? 馬車に乗って劇場に行くならお金さえあれば出来るぞ?」
ルナスが首を傾げてどっちなのか聞いてくる。
「前者だよ」
「もちろん、君がいたからだ。前にも言ったが君と私のスキルがかみ合わなければ私たちは無謀な冒険者としてパーティー結成して少しした所で果てていただろう」
俺のお陰……と言われてもな。
思えば色々と綱渡りを繰り返していたんだなぁ。
その結果……宮仕えになるほどの冒険者になった。
結果だけで言えばそうだけど、俺は死んだ振りをしているだけに過ぎない。
ルナス達の戦いにもっと貢献出来るようになりたい。
俺単体では何も変わって居ないんだ。新しく開花した力で……もっと強くならなきゃ行けない。
なんて思いながら俺はルナスと雑談とこれから行く劇場での演目に関するちょっとした話をしていったのだった。
そして劇場に到着し馬車を降りる。
道中の移動は実際の所は大して時間は経過してない。
「ヌマ」
クマールも馬車から降りた俺達の傍らに寄り添って静かに歩く。
客がちょこちょこと俺達、クマールを見ているが特に注意をする様子は無い。
「大人二人に使役魔一匹だ」
ルナスが入り口に居る劇場職員にチケットを差し出す。
「確認しました。こちらでございます」
チケットを確認した劇場職員は一礼をしてから案内を始める。
劇場内を案内されて……一般席らしい道では無く特等席へと案内されるようだ。
二階の複数ある数名が腰掛けてゆったりと足を伸ばして見る事が出来る席の部屋……というかテラスに椅子があるような場所に案内された。
確かにここならクマールを連れてきても問題は無いか。
「声は道具でしっかりと聞こえるぞ。で、役者は持参したオペラグラスで見るのだ」
席から舞台が離れて居るので演劇をよく見るには道具が必要か。
で、何を喋っているのかは舞台に設置された道具でこの席にある道具で聞こえるようだ。
ラッパとも呼ばれるスピーカーが設置されている。
「君達の分を用意してあるぞ」
ルナスがオペラグラスを出してくれるんだけどさ。
「俺とクマールは把握のスキル持ちだから……」
そう、把握の範囲を広げれて集中すればこの程度の距離なら役者が何をしているのか近くで見るかのように把握出来る。
開花してから下手すれば寝るときもずっと俺に掛けているクマールのスキルスタックの影響で把握の精度と距離は広がったままだ。
街に戻った際、入ってくる情報の多さから意識的に遮断している項目がある位だ。
「ふむ……把握とは便利なのだな」
「浅く広いスキルだから特化されると負けちゃうんだけどな」
「ヌマー」
クマールがこれから演劇って奴が始まるんですね? って鳴いている。
今の俺とクマールなら……たぶん舞台の裏で役者が何をしているのかすらなんとなく分かるぞ。
迷宮で習熟してしまった影響だろうな。
「まあ、スキルだけではなく使ってくれ」
「ありがとう」
「ヌマー」
なんてやっている内にどんどん客席に客が入って行って、舞台の幕が上がる。
本日の演目はラブロマンスだそうだ。
一人の少女が月夜の夜に魔物に襲われていた所を吸血鬼の男性に助けて貰った事を皮切りに始まる禁断の恋の物語。
吸血鬼か……シュタインが俺とクマールを魔法で吸血鬼にして戦わせて見せるとか言っていたのが脳裏を過ぎって話に集中するのを邪魔してくる。
アイツはどうも昔から色々と印象というか忘れられない何かを俺に刻んで行くんだよな……。




