164 魔法の修練
その日の夜。
俺はむくりとトイレへと起き上がってベッドから出る。
……クマールが居ないな。
久しぶりの安全地域、眠りが深かった所為でクマールが部屋から出たのに気付かなかった。
不安に思って把握を展開すると……建物の近くに居るし、何かある訳ではないようだ。
クマールのスキルスタックの範囲内にいるようで、俺が起きたのを把握したクマールがスキルを繋げてくる。
何をしているのかわからないけど……俺は部屋を出てクマールの居るらしい所って……トイレだ。
「ヌマ」
ガチャッとクマールがトイレから出てきた。
それから俺に挨拶をしてクマールは部屋に戻って行った。
どうやら話をした通り、問題無くトイレを使用していただけっぽい。
……俺って使役魔を飼っているんだよな? なんか自信がなくなってきた。
タヌクマっていう獣人と生活しているのではないか? って疑問がその晩……眠るまで続いたのだった。
翌日。
王宮の魔法使い課に俺は念魔法に関する修練を受けようと相談をする。
「念魔法……念魔法……随分と古い系統の魔法じゃな……」
宮廷魔術師が俺の相談を受けて来てくれる。
ルナスの仲間って事で俺の話を聞いてはくれる。非常に助かる話だ。
俺は魔法に関しちゃ資質が開花したばかりの素人ではあるけどフォーススキルと言う変わった状況からの開花なので専門家に指示を受けた。
下手に独学で練習して失敗して事故でも起こそうものならルナスに迷惑が掛かる。
一応、ルナスやシュタインに基礎的な話は聞いたけどそれだけでは分からない事も多い。
「なんとなく程度で使って居たのですけど、しっかりと魔法として使いたいのですが……」
「少々待っておれ」
宮廷魔術師は王宮の書庫にある魔法書を取りに行ってしまった。
それから少しして宮廷魔術師は戻ってきた。
「遙か過去でも我が国では余り見なかった系統魔法のようで、随分と古い魔法書しか無いようじゃな。東の国では未だに使い手がいると聞くが……」
東の国……クマールの故郷も含まれるだろうか?
「では教わる事は出来ないのでしょうか?」
「魔力の操作などは導く事は出来るが、念魔法系統の魔法となると難しいのう。正直……君のような経歴の者は珍しいのでの」
相当古くてボロボロの書物を俺に見せる。
確かに古い文字だな。
でも古代文字が読めるので何が書いてあるのか……魔力のある今なら分かる。
「えっと、念魔法、念力、理力……総括して念属性と呼ばれる系統の魔法群……」
「ほう……古代文字を君は読めるのか」
「ええ。この本は初心者用の本みたいだ」
初歩的な魔法群しか記されて居ない。ルナス達に例えると出が早くて使い勝手の良い中級魔法であるメガブレイズ相当の魔法は書かれていないと認識すれば良いだろう。
元々使い手が少ない系統であるのだからしょうが無いか。
「君はレンジャーであったそうだったな。魔法使いや賢者が学ぶ物を習熟しているとはのう」
まあ、覚えようと思えば出来たので覚えたに過ぎない。
みんなを支えられるように色々とスキル以外で覚えた芸の一つだしな。
念魔法のスキルが開花したので魔法も使えるようになった訳だし。
「魔の力だけでは無く心、魂も力の源であり……魔法であって魔法とは異なる性質を持つ。その力によって僅か先の未来さえ見える者も居るという……」
ふと、迷宮内で相手の動きが見えたような気がした感覚を思い出す。
なるほど、だから前よりも当たるような感覚がしたんだな。
「とりあえず新たに開花した力を使いこなせるように習得するように努力する」
「君は勇者ルナスパーティーのレンジャーだったか。しっかりと精進するようじゃな。宮仕えになったのじゃから王宮の魔法使いはしっかりとサポートしよう」
こうして俺は念魔法の魔法書を読み解きながら魔法の修練を行う事になった。
「それで君はフォーススキルが開花した機会に魔法使いの資格も得ようと言うのかね?」
「そこまで深くは考えていませんが……現状は魔法が使えるレンジャーでしょうか」
レンジャーとしての修行期間は長かったし、これから魔法使いとして修練をするとして同様に時間は掛かるだろう。
「古代文字の理解もある君は魔法使いに向いているかも知れんが、考古学者じゃったか。確かにそう名乗っているのも分かる気がするのう」
「ええ、忙しい中、よろしくお願いします」
「いやいや、珍しい魔法資質、これはこれでこちらも研究になる。これからよろしく頼むのじゃ」
まずはなんとなくで使って居た物を浮かせる等の魔法。これも正式な使い方が記されて居た。
これは基本的な魔法のようで知識が得られれば習得は早く出来そう。
「サイフロート」
魔法言語とは異なる意識を具現化する発動ワードを頭に設定する事で具体的に物を浮かせる力にする。
感覚としては今まで使って居なかった三本目の手で物を掴んで持ち上げるのに似ている。
この手は把握出来る範囲内の何処へでも伸ばせる壁抜けさえ出来る手で、魔力を込めれば込めるほど重たい物を持ち上げられる。
応用の幅はとても広そうだ。
修練を行うと当然のことながら魔力を消費していき、やがては魔力が減って精神にまで負荷が掛かるのだけどフォーススキルが開花するほどのLvである俺は最初からスキル持ちの未熟な魔法使いとは異なり魔力は多いので長いこと練習に魔力を割く事が出来る。
「ヌマヌマ」
王宮の図書館で念魔法の魔法書を解読しながら読み込んでいく。
その合間にクマールも俺の真似をして本を手に取り読んでいるような態度を見せている。
読めるのか?
「ヌマヌマ、ヌマヌマヌマ」
主人の知識を介して言葉が分かるようになってきました。主人とこうして意思疎通していく毎に賢くなっている気がします。
……俺の念魔法がクマールの頭に作用して文字を分かるようにして居るって事で良いのだろうか?
オープンに俺の念魔法で意思を繋いで居る影響か? 大丈夫なのかちょっと不安になってくるな。
とにかく、サイフロートという魔法の練習で石を持ち上げたり回転させたり軽く投げて見たりの練習をしばらく行う。
うん。
迷宮内でも魔法がわからなくてもある程度やっていたのでそこまで難しくないぞ。
応用の幅は無数にあるし、軽い物ならある程度長時間使えそうだ。
ルナス達との冒険でLvが上がって魔力も増えているお陰だな。
どこまで細かく使えるだろう? 試しに手帳を浮かせて開き、ペンで文字を書いてみる。
うーん……まだ修練が足りないのか手で書くよりも字が下手だ。
要練習として……見習いならここでサイフロートを習熟するまで他の魔法の習得は見送るのだけど読み進めておこう。
上手く使えばサイフロートでクロスボウの一斉発射とかも出来そうだし、剣とか浮かせて切らせる芸も出来そう。
一応、短剣投げとか俺は出来るし、最近はクロスボウでの援護射撃が基本だったけど。
……死んだフリばかりだったとかは無視する。
投げた短剣の軌道を逸らして切るとかも出来たら便利そうだ。
と、念魔法の本のページをめくる。
念魔法で防御壁を作り出すサイガード……サイフロートで意識した物を浮かせる力を壁の形にして固定するって事らしい。
防御障壁の魔法があるんだなー……サイフロートで盾とか何か物を浮かせて遮蔽物にするのとどっちが有効かも考えて覚える順番を優先すべきだな。
あ、相手の魔法が発動するのを妨害するサイプリズンって魔法がある。
こっちの魔力が高ければ相手の魔法が発動直後に暴発出来るようだ。




