163 アパートメント
「ヌマー」
ほらほら、撫でるのも良いけど良いモノを上げるよ、とクマールはハチミツの壺を出して入れてある木の枝にハチミツを絡ませて子供達に差し出す。
「くれるの?」
「ヌマー」
「ありがとー。何コレ! 凄く甘くて美味しい!」
「何コレ!」
「何だコレ!?」
「ヤバイ!」
子供達が夢中になってハチミツを舐め始める。
そこで大人も不安そうに俺達へと顔を向ける。
「ダンジョンで手に入れた……ハイロイヤルビーのハチミツなんでね」
「は、ハイロイヤルビーーー!?」
絶句する子供達の親の顔色が青ざめて行く。
当然のことながらもの凄い高級品な訳で、下手をするとこの親の一月の給料よりも高い代物だ。
そんな代物をホイっと渡す俺達が一体何者であるのかは……想像するのも容易い事だろう。
「ヌマ」
どうぞ! っとクマールが親にもハイロイヤルビーのハチミツを差し出す。
震える様に親もハチミツの付いた木の棒を受け取り舐める。
「あ……」
っと、声を漏らした後、蜜を親も舐めていた。
クマールは美味しい物をみんなに分け合う考えなんだな。
体は大きくなっても純粋さは失われていないな。
「すっごく美味しかった! ありがとう! えっと……」
「この子の名前はクマールって言うんだ」
「そっか、クマールさん。ありがとう!」
「ヌマー」
「クマールさん、もっとあそぼー」
「ヌマヌマ」
ごめんね。とばかりにクマールは手を振って歩いて俺の股下に頭を入れて強引に背負う。
これから移動するんだ! ってばかりの態度だ。
「いいなー」
子供達が羨ましそうに俺を見ている。
まあ城下町で俺達も住んでいるんだしまた会えるだろう。
「それでは行こうか」
「ああ」
「ヌマー」
絡んで来た子供達と別れて俺達は市場を後にした。
親の方もお礼を言っていたな。
「あの店が無いのはしょうがないとして……」
ノシノシと歩くクマールの背で俺は呟く。
俺の借りている部屋にクマールは……入らなくも無いけど廊下とかで詰まりそうだなぁ。
できる限り引っかからないように部屋に入れられるか? それよりも先に大家に事情を説明すべきか。
「ふむ……君はもしかしてと思うのだがクマールを部屋に入れて良いかどうか気にしているのでは無いか?」
「ああ、迷宮に入る前の大きさなら何の問題も無かったんだけどな」
使役魔を飼っている人は多いし、ある程度は寛大だ。
ただ、今のクマールの体の大きさは寛大に見逃すのはちょっと怪しい。
2メートル越えの大型魔物に入ってしまう訳だしなぁ。
「ヌゥマ」
なんてルナスと話しているとスッとクマールが二本足で立ち上がり、俺を肩車させる形で歩き始める。
前々から二本足で歩いたりしている時があったけど……本当、力強く育ったなぁ。
肩車されているから視界が高くて広いもんだ。
「ふむ……クマールは君のお陰で分別がしっかり付く。あまり難しく考えずに事情を説明すれば良いのでは無いか?」
「そうなるか……とりあえず大家に交渉しておくよ」
「宮仕えの冒険者に君もなって金回りも良くなったのだ。金銭に見合った家に引っ越しをするのはどうなのかね?」
確かにこの際、大きく出て引っ越しなどを考えるのも良いとは思う。
ただ、仕事で家を長く空けがちな訳だから気にしなくても良いとも思えてしまうんだよなぁ。
「具体的には私と同居するのはどうかね? クマールと一緒に良さそうな家を探そうでは無いか。大きな家を買おう」
強引に外堀を埋めようとしてくるなー……ルナスらしいと言えばらしいのか?
別に嫌って訳じゃないけどこれから色々と俺自身勉強しないと行けないのでルナスに迷惑を掛けたくないな。
「検討はしておくけど今はもう少し貯金を考えよう。さすがにいきなり大きな借金を背負うわけにもいかないからな」
「私達の実力からしたら家など簡単に買える次元になってきているというのに……」
「今すぐ決めなきゃいけない話じゃないだろ? 少しだけ時間をくれ」
「うむ……良いだろう。だがいずれは同居を私は望むぞ」
アレだ。みんなで住める大きな家とか冒険者は購入したりする事がある。
拠点にしている街とか近くの村で家を買ってな。
そんな感じでルナスもクマールと俺が過ごしやすい家を考えているんだ。
「当面は良さそうな物件探しを私もしておくとしよう」
「任せるよ。候補が決まったら言ってくれ」
「うむ!」
「じゃあとりあえず大家に相談してみるから、ルナス。またな」
「ヌマー」
「く……クマールめ……」
なんか別れ際にルナスがクマールを羨ましがっているけど一体どうしたんだろうか?
「ヌマ?」
俺もクマールも首を傾げながら俺は家へとクマールを誘導していったのだった。
大家に事情を説明した所、部屋を壊さない、騒がないという条件で部屋に入れて良いという許可を貰った。
レンジャーや魔物使いは使役魔を部屋に入れている者も居るので……大型だけど馬とは異なるだろうから様子見となった。
俺の家は……まあ、普通に一部屋のアパートメントだ。
「できる限り物を壊さないように入ってくれよ」
「ヌマ」
ノシノシとクマールが床を傷つけないように、注意しながら俺の部屋の扉に滑り込むように入る。
案外簡単に室内に入れたな。
クマールが俺の言うことを素直に従ってくれているお陰かな。
俺の部屋は……ベッドと本棚、机という一般的な家具と冒険に使う道具などを整理しておいてある。
把握持ちの性分だからか整理整頓は得意だし、スキルの力でどこに何があるのかすぐに分かる。
久しぶりの自室なので窓を開けて換気を行う。
「ヌマヌマ」
サッサと換気する俺の意図を読んでクマールは尻尾で室内の埃を払う。
聞き分けが良くて非常に助かるな。
「ヌマー……」
ここが主人の部屋かーとクマールが室内を見渡す。
それからおもむろにベッドの脇に来て寝転がる。
ここが自分の寝場所ですね。主人がここに寝るんですね! って……そうだけど、手が掛からなくて助かるな。
「トイレは外にあるからそこで……出来るか?」
「ヌマ!」
出来ます! あそこですよね! ってクマールはトイレの場所まで理解して居るようだ。
なんか野生の頃からトイレはする場所が決まっていたようで理解しているっぽい。
体の大きさはともかく、問題は……なさそうだな。
「ヌマ、ヌマヌマ?」
食事はどうするのです? ってクマールが俺の念話に答える。
冒険中は俺が作るけど人里では違うって話を覚えて居たようだ。
「夜になったら飯を食べに行く感じだな。クマールが居るから酒場とかのオープン席で注文すれば良い」
「ヌマ!」
わかりました! けど、主人の作った料理が一番好きです!
って嬉しい返事をしてくれるな。
念魔法が開花して良かったような気もする。クマールと意思疎通が簡単になった訳だし。
とにかく……久しぶりの我が家と思うと不思議と開放感があるなぁ。
思えば色々とあった。明日から色々とやらなきゃいけない事も増えるけど今は少し休もう。
「ヌマ」
話は終わったのが分かったのかクマールはベッドの脇で横に寝そべる。
俺はベッドに腰掛けつつクマールを撫でると、クマールは撫でて欲しい場所とばかりにお腹を手の場所に当たるように寝転がって来た。
はいはい。毛並みのチェックは問題なし、ストレスも無い様だし良いか。
「ヌマー」
武器の簡単なメンテナンスを行って……ハイロイヤルビークイーンから貰った石弓は仕組みがかなり特殊だから完全分解してからのメンテナンスは無理だな。
クマールが貰った杖も部屋の武器棚にと……。
なんて感じで整頓を軽くしてから俺は疲れを癒やすように、その日は特に問題無く過ごしたのだった。




