154 クイーンとの交渉
そうは言ってもな……意思疎通が出来ていて敵意が無い相手だと頼みづらいぞ。
これからあなたと殺し合いがしたいですとかどんな台詞だよ。
と、どうやってルナスがある程度満足しつつハイロイヤルビークイーンと戦わない選択が無いかと考える。
そもそもどうしてハイロイヤルビー同士で争っているのかが気になる。事情くらいは聞いても良いだろう。
俺はハイロイヤルビークイーンにどうして瀕死になっているのか、この階層内でハイロイヤルビー同士が抗争をして居るのかを尋ねる。
「……」
朗らかな笑みを浮かべていたハイロイヤルビークイーンが表情を引き締めて俺に意思で答えてくれた。
明確に聞こえるのとはちょっと違うけれど、どうやらこの階層に邪な力を宿した……もう一匹のハイロイヤルビークイーンが生まれ、ハイロイヤルビー同士で争っている状況になってしまったんだそうだ。
元々は配下のハイロイヤルビーのはずだったが、邪な力を纏い進化して配下を増やし勢力を増して襲ってきた……らしい。
その激しい抗争の中で俺達が治療したハイロイヤルビークイーンは重傷を負って呪いまで掛けられて居たと。
ハイロイヤルビーの歴史の中でも希に起こる現象でしばらく荒れる激戦の前触れらしい。
上手く鎮圧出来れば例え自身が死しても後は問題が無い……と。
この辺りの死生観を俺は上手く翻訳出来ない。
つまり……もう一匹この階層にはハイロイヤルビークイーンが居て、そっちが暴れているという事で言う訳か?
と、俺がハイロイヤルビークイーンに尋ねると頷かれる。
うーむ……それならルナスが倒しても後腐れがなさそうなのはそっちの暴れているハイロイヤルビークイーンの方がよさそうだな。
このハイロイヤルビークイーンがくせ者で俺達を敵対するクイーンにけしかけようとして居るって可能性も無くは無いけど、俺が会話出来る事なんて分かるはずも無い。
何より会話をする前から応対していない訳だしな。
ふと……先ほど立ち寄った部分のハイロイヤルビーの生態が記された熱心な記述部分を思い出す。
そういえばハイロイヤルビークイーンは不気味な本性を現す……って資料があったっけ。
もしかして邪な力を宿したハイロイヤルビークイーンは人間が倒したりしてこの階層の問題は解決されていたりするのだろうか?
俺達が話しているクイーンも本来の姿は不気味だとか……あり得なくは無い。
ただ……騙されているとしてもとりあえずどっちのクイーンも倒せば良いだけか。
「ヌマー?」
どうやらクマールは魔物だからか敵対していないハイロイヤルビー達から事情を耳にして理解したようだ。
もう一匹のクイーンからも話をしてから戦うと良いんじゃ無いか? って意思を伝えてくる。
「とりあえず話をした。どうも他にハイロイヤルビークイーンがこの階層に居て、こっちのクイーンは重傷を負っていたそうだ。このまま討たれても良いそうだが、もう一匹のクイーンがいるぞって言ってる」
「そうか」
「ルナスはどうしたい?」
「やる気の無い相手を一方的に蹂躙しても面白くは無い。もう片方のやる気のあるハイロイヤルビークイーンを討ち取ってこようではないか。そうすればこっちのクイーンもやる気が出るかもしれん」
と、ルナスは背を向けてクイーンの間の出口へと向かう。
が、振り返ってクイーンを指さす。
「だが! 幾ら話が出来るからと言って、私のリエルを悩殺しようものならどんな状況でも貴様を墓場に送ってやるからな!」
……何を言ってんだ。
確かに人間の美的基準で言えば凄い美形で胸も腰も出る所が出てるし、鼻の下を伸ばす男は多そうだけどな。
「?」
クイーンはルナスが何を言っているのか察する事が出来なくて首を傾げてるぞ。
説明する方の身になれ!
いや、伝えなくても良いのか?
「ヌマー……ヌマヌマヌマ」
あ、クマールがルナスが何を言っているのかをなんとなくでクイーンに言ってしまっている。
するとクイーンは……思い切り笑ってるぞ。
「いやールナスさんも外さないね。その念押しはさ。リエルは聖女だから大丈夫だって言うのに」
「少年。そう信頼して思いこむのが一番危ないのだぞ。信頼する事と警戒する事は同居出来るのだ。必ず怪しいと思った相手には釘を刺しておく。コレが大事なのだ!」
何が大事なんだろうな。
とりあえず俺はクイーンに念話でもう一匹のハイロイヤルビークイーンを倒しに行くとだけ伝える。
「ギギ、ギ」
こくりとハイロイヤルビークイーンは頷いて声を出すと、周囲に居る側近を含めたハイロイヤルビー達が隊列を成して敬礼をする。
……配下のハイロイヤルビーは俺達を攻撃しないように命じたと……まあ、それでいいのかな?
後はぼんやりとこの階層の地図を俺に意識で伝えてくる。
相手側のクイーンがいるであろう場所の予測範囲も込みだ。
「このクイーンの配下であるハイロイヤルビー達は俺達とは戦わない様にしてくれたそうだ」
「ほう……道中、どちらの勢力も関係なく屠ってきたのだ。襲ってきても良いのだぞ? 私達はもっと強くなりたいだけなのだからな」
「降りかかる火の粉は払うだけって奴だね」
血の気が多いなー……マシュアやルセンの事を笑えないぞ。
まあ漁夫の利を良いと思わない高潔さは美徳なんだけどさ。
「襲ってこないのならしょうがない。これから敵対的なハイロイヤルビーだけを屠って行くぞ。私達の邪魔だけはしないようにして欲しいモノだ」
「だね。それじゃ行こうか。本当、リエル達と行動していると面白い発見があるね。ハイロイヤルビー達と一時的とは言え同盟状態になるなんてさ」
「……そうだな」
かなり奇妙な状況になっているのは間違い無い。
過去の研究者達が羨ましいと35階で出てきそうな状況な気もする。
「ヌマー」
って事で俺達はもう一匹のハイロイヤルビークイーンを倒すために移動を開始したのだった。
確かに言うとおり、助けたクイーン側のハイロイヤルビー達は俺達を見ても戦闘をしようという態度を見せずに居る。
時には邪な力を宿したハイロイヤルビーと交戦中だけど、明確に俺達を見つけると俺達に敵を預けて撤退する。
「ふむ……リエルの言うことは間違い無い様であるな。ハイロイヤルビー達の一部が逃げて行く」
「やりやすいと言えばやりやすいね」
今までは交戦して居ても人間である俺達を見つけると俺達の排除を優先していたが、今は邪なハイロイヤルビーだけが襲ってくるだけになっている。
戦闘自体は大分楽になっているのではないだろうか。
「それでリエル、次はどっちなのだ?」
「こっち……罠も所々あるけど解除してっと」
当然のことながら迷宮内ではどこからか生成される罠が存在する。
それを俺は解除して進んで行く。
「ヌマヌマ」
クマールが罠の解除をする俺の動作に興味津々と言った様子で見ている。
スキル構成が似通っているからなぁ……クマールも覚えようと思えば簡単な罠は解除出来る様になるかも知れない。
「当然なのか毒矢とか蜂蜜による鈍足が多いな……あ、ルナス、この先に落石の罠と大型球体の罠があるから注意してくれ」
「幾ら私達が強くても罠は厄介であるからな。どんどん行こうではないか」
階層のヌシがやる気が無かった鬱憤が溜まっているとばかりにルナスが押せ押せな感じだな。
当然のことながら敵対しているハイロイヤルビー達との遭遇率も上昇していくし、上位魔物であるハイロイヤルビーナイトとかウィザード、スナイパーとかも出てくる。
「フハハハ! もっと出てくるが良い! ハイロイヤルビー同士の権力闘争など正直どうでも良いが、やらせてもらうぞ!」




