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声が聴きたい

作者: カシオ

季節外れですが、冬が舞台の小説が書きやすいです。

「美貌の彼氏殿」の始まり方で1本話ができました。「美貌~」と関係ないです。

 ねえ、好きな人ができたんだけど。


 録音したい。今の声、めちゃくちゃいい。声フェチな私は、良い声が大好物。素敵声の人に出くわすと心で「ええ声やー」エセ関西人が叫ぶ。


 芸能人での一押し、石◯健二郎と◯尾彬。声優、多すぎてほとんど好き。ちょっとおじさま声が好み。

歌手も素敵な声が多い。さすが職業なだけある。

 そんなわけで、肉声で良い声を聞けるとなるとついつい目が追ってしまうわけですよ。

しかし、惹かれているのは声だけだから変に勘づかれたくない。

「あなたの声が好きです。録音させてくれませんか?」

言えないし、言われたら100%逃げるわ。

できたら話がうまい人がいいけど、声聞くために話しかけるとか難易度高い。

「頻繁にやってるじゃん」

そうね。このおじいさん教授、亀◯人声してるんで、よく質問しに行ってます。一石二鳥で講義がよく理解できます。



 さて、冒頭の好きな人できた発言。別れたいのでしょうね、今の彼女に気持ちがなくなったならそういうのもいっそ正直です。しかし、修羅場はごめんだ。レジまでこそこそ移動して店を出る。結局良い声の主を見ることなく去ったが、また出くわすとは思わなかった。



 私の音楽再生端末には癒しシリーズが詰まっている。あり得ない口説き文句を甘い声で囁いたり、コトを致した後のシチュエーションで気怠く話しかけたりする男共の声が着々とそのメモリーを埋めていっているのだ。絶対に聞かせられないのは男同士の絡み音源だがそれは自分の部屋の神棚に仕舞ってある。

今日もその中の一つを再生したら、聞いたことのない台詞が聞こえた。イヤホンがミュートになっていて、ふと顔を上げると聞き覚えのあるカップルのいがみ合いが耳に入ってきた。もしかして、あの時のか。今度は学生食堂という人だかりに紛れているので堂々と彼らに目を向ける。

ぉおう、なかなかの上級カップルじゃないっすか。

上級(見た目)>中級>下級>>∥独り身

下級と独り身の間にある越えられない壁は、ベルリンの壁のようにいつかは崩壊するのだろうか。

 いい声だけど、冷たいあしらい方だと聞いててより悲しくなる。女の人の訴えも理解不能だが。

 しかし、その気がないのに寄ってこられちゃうのですかー、勝手に勘違いされるのですかー、お前こそ彼女と思い込むんじゃねーとか、独り身には未知の領域ですわ。想像すると実現しやすくなるというが、自分が石油王に見初められる妄想より難しい。お腹すいた。生協のお握り食べよう。


 

 「吉元、ノート貸して」脳天に響く重低音と共に、バッグをしょった背中に貼りつく子泣き爺もといノート借り魔。手に取ったお握りを20円高いものに代えて、駄菓子にも手を伸ばす。子泣き爺、遊佐はアイスを追加し電子マネーでチャリンチャリンした。

 遊佐におじいさん教授のノートを渡す。絶対講義を受けないとわからないと思うが、出来がいいやつは違うのか大抵これで優か良を取る。羨ましくはない。パソコンのCPUが元から違うのだ。コピー枚数が多いので遊佐を待ちながら持参のお茶と報酬(お握り)をいただく。

 

 修羅場カップルを遠くに見やり、コピー機を独占の遊佐に戻す。目のギラつきさえなければなかなかのおしゃれさんである。ノート借りる友達もたくさんいるだろうに、ありがたい出費にこちらは感謝感謝だ。アイスが気になりチラ見してたら差し出された。ありがとう、実はこれが今日の一食目だったんだ。寒い日には糖分て染み渡るよね。


「ゆしゃ、このアイスおいしい」新味、クランベリーチョコレート。口が止まらない、いかん全部はダメだ。6個入りの半分を食べて返却する。遊佐はたくさんノートを借りてるらしくコピー機から手が離れない。溶けるからアイスを差して目の前に持っていく。口が開いたので突っ込む。勢い余って喉に刺さった。うめく遊佐、ごめんなさい。残り2個は安全第一で口に運ぶ。人通りのある場所でイチャカップルのようだが、そんなふうに見られるはずはない。私は実用性重視のリュックサック姿の貧乏女、大柄イケメンはコピー機に向かっているし、何より遊佐の目の隈が黒くて、殺気立っている。寝てないのか、なにに追われているのやら。

 私のノート分のコピーが終わり、遊佐に声をかける。

「遊佐、お握りごちそうさま。またね」

自動ドアを出るまで遊佐はこっちを見ながら手を振ってくれた。ほっこりした。ガラス越しに眺めたら遊佐はすぐ声をかけられてた。



 12月後半、母から電話が入る。

「ごめん、ちょっと試験の準備で難しくて」

一日も帰れないの?ねだる声に相手が諦めるまで謝り続ける。飛行機代が安くなる時期に帰るからと説得が終わり、スマホを確認したら12分経ってた。今回は粘ったな。ため息が漏れた。

「帰らないのか」

背後に遊佐がいた。どうしてか気配を消すのがうまい。聞かれてたようだ、長らく話してたから内容はばれている。日頃へらへらしてる私が口調も硬く断り続ける姿は訳有り感満載である。

「うん、ちょっと貯蓄をね」

「吉元、ちゃんと食べてるか」

食べてない。えへへ、笑ってごまかす。遊佐の眉がしかめられた。威圧感が急上昇である。怒ってるわけではなく、困ってる。体格も大きくて、顔も整っているから怖がられがちだが、声が表情豊かだから優しい。

「今飯行くから来いよ」

「ううん、ちょっと用事あるから」

「じゃあ、夕飯何食べる?」

「バナナヨーグルト」

「それは飯じゃない」

無理やり約束させられた。


 夕方、指定されたスーパーに行くと遊佐が立ってた。仁王立ち遊佐明神。

「俺んちで鍋だ」

今なら具材は選び放題だと買い物かごに豆腐、ネギ、白菜、コンニャク、鱈、豚バラと牛肉パックがかごを占める。何か持とうとしたら豆乳とキムチだけ渡された。

遊佐んちは人でいっぱいだった。みんな思い思いに寛いでた。私は鍋の真ん前に座らされ、隣の遊佐にわんこそばよろしくひたすら具材をお椀に入れられて、お腹がはち切れそうになるまで食べた。

お金も出さずに帰れないと、片付けをかってでた。遊佐の友達はここのとこ毎日サッカー観戦で集合しているらしい。材料費は男衆もちでよいとのこと。女の子もいたけど、男性陣の胃袋は桁違いのバキュームだった。人ってあんな勢いでご飯を体内に入れ切れるんだ、怖かった。


ワー。行け行け!

「盛り上がってるよ、遊佐見逃したらもったいないよ」

遊佐は気にもせず皿をゆすぐ。私が隣で拭きおわるまでにコーヒーができていた。さすが遊佐(デキル男)、スペックが違う。

「なあ、吉元」

窺うようにそっと遊佐が口を開く。

「なんで帰らないんだ」

どうしてそんなこと聞きたがるのか。探らないでほしいよ。

「うまくいってないのか」唇が歪むのが自分でもわかる。

お腹がいっぱいだし、カフェオレで手元もじんわり温かい。言ってみてもいいかな。

「…ちょっと長くなるかも」

「構わん」



 あのさ、私母子家庭で、昔結構一人だったの。家事はそこそこできるんだけど、料理がだめなんだ。不器用ってのもあるけど、料理してるときって背中向けてるでしょ。…母が機嫌悪いときに台所に立ってるのが怖かったの。女性が台所にいるときに喧嘩しちゃだめなんだって、知ってた?攻撃的な気持ちになったら、ほらうっかり使い慣れたものが手元にあるじゃない。ちょっとひやりとするよね。

 母?最近再婚して弟もできたからみんなで集まりたいみたい。でも私もすること多いからそんな帰れないし。


 でも、この前弟の一歳の誕生日に帰ったんだ。たくさんのごちそうとホールのケーキがテーブルいっぱい並んでて、ろうそく立てたケーキとニコニコした三人がいるの。胸がいっぱいで味はよくわからなかった。お母さんが笑ってたから良かったなって思った。


遊佐、変な顔だよ。手、痛い。ごめん。楽しい話にしたかったんだけど、ほんとごめん。お鍋ほんと美味しかった。キムチ鍋に豆乳合うんだね、食べすぎたよ。


じゃ、そろそろ帰るね。またね。

靴を履いたら遊佐が着いてきた。送ってくれるらしい。遊佐さんモテるに決まってるわ。


黙々歩く。私はなんでぺろっと喋っちゃったんだろうとひたすら後悔。駅に着いたら、遊佐が唐突に訊いた。

「明日、何食べる」

「え、えーとお握り?」

「よし、お昼もってくから待ってろ」

にっこり笑って遊佐が去っていった。

次の日、遊佐が弁当箱を私の手に乗せた。大きくなれよ、と頭をがしがし撫でられた。遊佐さん私十分大きいです。



「あれだけ優しくされてなんで気づかないの」

「プロの甘やかしボイスばっか聞いてるせいじゃない?」

「よっしー、遊佐にしてもらうなら何がいい?」

「え、恩ばっかりあるから肩でも揉みたいかな」

「ヤバイ、とりあえずお父さん認定されてるって教えないと」


 遊佐のご飯を横目に講義の勉強。もっと、遊佐を助けられるようになりたい。

貴方に優しい声をかけてもらいたい。

貴方の声が聞きたい。

周囲から見ると完全に餌付けされている飼い主と仔犬。遊佐の声以外にも反応しているのは不思議がられているがしっぽは完全に飼い主固定。学食のお握りコーナーの常連でもある。


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