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 グッと少年は親指を上げてサムズアップし再び布を被り、続きを開始する。男もまた親指を挙げて返し、光太としばしの惜別を果たす。

 男はソファに腰かけ、パソコンの起動ボタンを押す。立ち上がるまで待っていると光太のパソコンが一部露見して垣間見えた。


 初めて目にする衣服を身に着けた女の子が甲斐甲斐しくも料理を作っている。鍋には茶色の液体が入っていて、木でも鉄でもない棒のようなものを持って女の子がこちらを恥ずかしそうに見ているのだった。

 下部に表示された四角の中で白い文字が現れてはクリック音と共に消え、同時にまた文字が現れる。その様子をじっと凝視していると女の子は上着を脱ぎ、肌を露出させた。


 女の子は羞恥に顔を赤く染めて、瞳の端からは涙がこぼれている。真っ白な肌と紺色の肩から伸びるスク水は大きすぎる胸を押さえつけ、こぼれるように乳房があふれていた。

男の目は毛細血管が破裂する寸前の充血で息ははあはあと荒くなり、ごくりと生唾を飲み込む。


「……っ!」


 突然静寂を破る大音量が室内に響き渡った。バイオリンの独奏から始まり次第にピアノが入ってきて少しずつ音が重なっていく。ついには何重奏もの協奏曲へと発展すると古風な音楽と変身を遂げる。同時に男の持つパソコンの画面には女達が剣を手にした立ち絵に変わり、その瞬間に歌が始まった。表示された女は次から次へと移り変わり、剣や弓、杖などを持って立つ様子や鎧を外す瞬間にばったり出会ったラッキースケベギャラリー、敵と対峙するムービーといったように映像が目まぐるしく変化していた。


「だめですよ音出したら! またバレて没収されますよ⁉」


「い、いや分かっている! だがワシにはどこを触れば音が消えるかなど……」


「いいからイヤホンを! ここに差し込んでください早く!」


 光太は机の隅にあったイヤホンを急いで手繰り寄せる。

 しかし彼の耳には元々イヤホンが装着されていたままだ。耳にBGMが流れ続けていることも忘れ、そのまま立ち上がった。プラグはピンと張って、一瞬光太の頭がガクッと引っ張られた直後に抜け落ち、パソコンの上に落ちた。


「うおおおお! しまったああ!」


 イヤホンの落ちどころが悪かったのだろう、偶然にもボリュームボタンをいじってしまい光太が楽しんでいたゲームのBGMが最大音量で流れ出した。

 甘いオルゴールに似た音と女の子の恥ずかしい声が男のパソコンから流れるオープニングと重なり、R指定ゲーム売り場の宣伝コーナーのようになっていた。

 動揺を極めた光太は自分のパソコンを鎮めんとするが、落ちたイヤホンコードに足を取られて顔から転んだ。


「うおおぉぉ! 顔が潰れたああぁぁ!」


顔面を強打し、地面をのたうち回ると木材の床はゴリゴリと音を立て家中に響き渡った。


「い、いかん光太! ここは二階! そんなことをしたら他の者たちに知られてしまう……!」


 もう遅かった。

 2階から聞こえてきた様々な音を確実に捉えた“他の者”はすでにこちらへ向かってきている。廊下の果てから慌ただしく駆けてくる足音。それがこの部屋にたどり着くまでに10秒と無い。彼らは両手を取り合い仲睦まじく抱き合い祈った。

 せめてこの宝物たちが無事でいてくれますように、と。


「こらぁぁあ! またここで怪しいもんで遊んでるんでしょう!」


 突進と共にドアを突き破り、女の子が中に入って来た。そして中央までずかずかと歩き、宙に浮いた球体へ手をかざす。すると一瞬で部屋は光に満たされ、光太と男はきつく目を閉じた。


 女の子は燃えるような赤い長髪を乱し、大きな瞳を吊り上げながらこちらに向けている。紅色に染まった目はルビーさえ見劣りするほど美しく、憤怒を放つ今でなお見る者の目を奪う。真っ白な鎧は胸元で光輝き、揺れるスカートから覗く太ももはそれ以上に白く輝いている。重そうな金属製のブーツをいとも簡単に履きこなす彼女のどこに力強さを感じられるだろう。全体的に細く華奢な体には似合わない重装備だ。


「どうして光太はいつもこうなの! 引きこもってばっかりじゃない! あんたの仲間はみんな村を出て行ったのよ⁉ あんただけここに居残って悔しいとかそういうのはないわけ⁉」


 ぐうの音も出ない少光太をかばうように、


「いや待つのだロゼ! これはワシが光太に頼んで――」


「お黙りなさい! お父様もお父様です! あなたはこの村、いいえこの領土を守る貴族の長でしょう? 本来ならばあなたがこいつを管理してこんなもので遊んではいけないんだと言う立場のはずです! 娘の私は恥ずかしいですよ!」


「こんなものだと⁉ これを作るのにどれだけの人が努力して時間を割いて頑張っているのかも知らないくせに!」


 光太は立ち上がり、義憤を振りかざすロゼに対峙する。


「一度もプレイしたことがない奴にそんなこと言われて黙っていられるか! そりゃあ中には? クソゲーだなんだと揶揄される作品があるのも知っている。だが、だからと言ってすべてを否定するのは間違っている! だいたいだな。俺はこの世界に突然呼ばれて迷惑してんだ。おまけに神様からもらった能力は俺のだけ全く役に立たないクソ仕様。そんな状態で仲間と旅に出ろだあ? 死にに行けって言われてるもんだぜ、ったくよ! 俺はまだ死にたくねえ生きたいだがこの世界でやることねえからゲームやってんだよ悪いか!」


 続けざまに出た言葉は一つの息継ぎもなく連続して紡がれ、光太の魂の咆哮となってロゼへと襲い掛かる。だが彼女は容易にそれをかわして反撃へと打って出た。


「ろくに努力もしないで何が役に立たないよ! なら一度でも村の外に出てモンスターと戦ってみなさいよ! じゃないと本当の力なんて分かんないじゃない!」


「それでもし死んだらどうすんだよ! 俺まだレベル1だぞ⁉ この世界じゃ赤ん坊だってレベル3はあるだろうが! 赤ん坊以下の人間がどうやってモンスター一匹倒せる力があると思うんだ⁉」


「あんたの能力でそう見えるだけってこともあり得るでしょ⁉ やる前からできないって決めつけて勝手に人の家に引き籠られるこっちの身にもなりなさいよ! たまに見るあんたの死んだ魚みたいな目、とっても気持ち悪いんだから!」


 光太とロゼの口論を目の前にしたお父様――テイラー・ウィリアムは困却していた。領主である彼は外交に出るとそれは頼もしく立派で精悍な顔つきになるのだが、今は完全に老けたおじさんだ。そして今なお光太のパソコン画面に注意を奪われる当たりどうしようもないエロ親父でもある。


 テイラーは目に皺を深く刻んで閉じ、髭をゆっくりとさすった。何かを考えているように見える。だがそうではない。テイラーはただ二人の言い争いが終わり、このパソコンとソフトを無事に回収できるよう祈っているだけだ。現に彼の大きな手の中にはノートパソコンとソフトのケースが大事そうに収まっている。


「勝手にこの世界に呼んでおいて宿一つ用意されないって扱いどうよ? 自分勝手にもほどがあるわ! 衣食住を提供するのはこの世界の当然の義務だし、俺の権利だ。そして俺が戦う戦わないのもまた自由。誰の指図も受けねえし、ゲームだってする!」


「その権利はこの世界を救うこととセットでしょうが! それにこんないやらしいゲームを私がいるこの家でやらないでって言ってるの!」


 羞恥に染まる顔を赤らめながら光太の奥――未だ起動されているパソコンの画面を指さしてロゼは言う。これ以上見られないと目をきつく閉じ、ぷるぷると震えていた。

 モニターには先ほどと同じ画面が映し出されたままだ。

 恍惚を浮かべてあへ顔をした女の子は上半身がはだけ、胸元が露わになっている。胸の先端は水着で見えないのだが、それでも十分過激らしい。


「なんだよ! お前だってこれがあって今ここにいるわけだろ! テイラーさんとリヨンさんの男女の営みがあったか――」


「黙れええええ!」


 恥辱に耐えかねたロゼは腰に添えた剣を手にかけ、鞘を抜かぬまま光太を一閃。鈍い音が頭に響いたと思った途端、光太の意識は消えそうになった。


 遠のく意識の先で見たのは、肩で呼吸し赤面するロゼと瞑想するテイラーだ。テイラーは知らぬ存ぜぬの顔をしながらパソコンとソフトこっそりと懐内に忍ばせている最中だった。

 裏切者……。自分だけ助かろうとし、それどころか貸してやった恩義も忘れ自分だけ楽しむつもりなのか。

 光太の言葉にならない怨嗟は「あ~う~」とアンデット級の声となってテイラーの耳に残った。


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