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太陽が南中する午後12時。窓の外はぽかぽか陽気に包まれて花々が嬉しそうに咲き誇り穏やかな風が吹いている。
強烈な日差しに汗をかくこともないし、凍てつく外気にかじかむこともない。バスケットいっぱいに詰め込んだサンドイッチを手にして緑の丘へピクニックへと向かいたくなるような穏やかな季節だ。
だがしかし大門 光太にとって外のことなどどうでもよかった。
暑ければクーラーをつければ良いし寒ければこたつで丸まり、それでも足りなければ暖房を追加すれば過ごしやすい空間ができあがる。文明の利器に頼れば年中快適生活を迎えられるのがインドアの最高最強の利点だ。
それはこの世界――レグラウスにとっても同様である。ただしここにあるのは機械ではなく、マナを物質変換によって得られるエネルギー還元システムだ。部屋の真ん中にある球体はエネルギーコアを備えていて、室内のマナを快適な温度、湿度および明かりに調整して変換してくれる。
「よし。攻略ルートに乗った。これからだ……」
光太の顔はブルーライトを浴びて怪しく照らされていた。
一重の割に大きな目で画面を見ながら一息つき、肩を回すとバキッと音が鳴る。猫背の姿勢を堅持したせいで腰回りにも負荷が溜まり、腰を回転するとさらに痛そうな音が響いた。軽いストレッチを済ませると手を前方へ突き出して大きく伸び、再びパソコンと対峙した。
光太がこの世界に召喚されたのは半年ほど前だ。彼を含め計6人の日本人は神ゼウスによって与えられし異能を以て、この世界の窮地を脱する剣となった――ただ一人、光太を除いて。
厚手のカーテンで日光を遮断した部屋の片隅に光太の神器は置かれている。樹齢100年を優に超えた樹を削り作られた重厚な木製タンスの上に転がるそれは、使い込まれた巾着の中にしまわれたまま埃を被っていた。
「ほう。この選択肢は……この娘の性格を考えたらこれのはず……」
大いに期待した一方で全く役に立たないというギャップにより、光太はこの神器を捨てようとしたことがある。
その時、偶然にも帝国騎士に見つかってしまい相当な罰を受けた。世界を救う存在たる者が神からの恩恵を恐れ多くも無下にする行為は許されるものではなく、当然の報いだった。
光太は裸に嗅いだことのない甘い粘液を塗りたくられた後、竜に牽かれて発情したオークの前を走らされたトラウマにより、神器は“捨てたい物”から“捨てられない物”へと変わったのだった。
剣でも槍でもなく魔法でも武術でもない神器を携えた光太は、
「よっし! 告白されたぜ!」
異世界の引きこもりギャルゲーマーへと成り果てていた。
窓の外は斯くも美しく素晴らしい情景なのに、光太は真っ暗な部屋の中、一人で『異世界へようこそ~勇者は悪魔よりも亜人娘に興味があるそうです~』に熱中している
コネを通じて物質召喚魔法術士から得たノートパソコンは見つからないように細心の注意を払いっている。石橋を叩くどころか撫でるくらいの気持ちで渡るように気を付けなければならない。光太は大きな布を被って机ごとパソコンを覆い隠し、モニターの光が漏れないように、イヤホンをして音が漏れないようにしてプレイを続けていた。
「おおおおおぉぉぉっ!」
画面に映る女の子に感嘆の声がこぼれる。ただし普通の声を出せば確実に外部に聞こえてしまうので、超絶ウィスパーボイスだ。
女の子はスクール水着に薄手のシャツを身に纏い、鍋で料理を作っているらしい。緑色の髪の毛からは猫耳が覗き、臀部の先からは尾っぽが生えている。光太的にはこの絵がツボらしく、たまらなく萌えていた。
「スク水は正義。日本の正装だ……数百年後までレガシーとして残っているに違いない」
どうにかこの世界でもスク水を流通させられないかと思案したところでドアからノック音がした。
光太は一瞬硬直し、布を被ったままドアの方を見つめる。
突然訪れた緊張の一瞬。息をすることさえ躊躇われるほど空気が張り詰めた。
数秒が経過するとコンコンコンから始まる三三七拍子が鳴り響く。光太はゆっくりと立ち上がると布がするりと音もなく下に落ち、モニターの光で部屋が明るくなった。うっすらと浮かぶ室内にはベッドとソファ、それから小さな花瓶に備えられた花が一輪。質素な空間の中にログハウスのような作りでレトロ感に溢れた一室が垣間見えた。
光太は布を拾ってノートパソコンに掛け、再び部屋を暗くする。そして足音を立てないようにゆっくりとドアへ忍び寄り、目の前に立った。
トントン、トトトン、トンとリズミカルにドアを叩く。
すると軋むような音と共にドアを開けて外の者を中に招き入れた。その間も外の廊下を十分に注意し、他に誰もいないことを念入りに確認するとゆっくりドアを閉めた。
入って来た人物は大柄の男だ。闇色のローブを纏って、暗い部屋と同化するように存在を消している。
両者は部屋に入ると見つめ合い頷く。光太はポケットに入れた鍵を渡すと男は机に近づき引き出しの錠を解いた。内側のベニヤ板を取り除くと隠されていたノートパソコン一式としっかりとした紙製の作りで長方形の箱が現れる。男には見慣れない文字で書かれていたが、
「おお……」
感嘆をあげて愛おしそうに撫でているあたり理解できているらしい。表面にはかわいらしい兜と鎧を身に纏った女たち数人がポーズを決め、裏にはその女達があられもない姿になっている。側面にはR18という文字が微かな光を浴びて光っていた