第005話 新たな依頼
「とりあえず話を聞こう。言葉は分かるな?」
ドライアドを落ち着かせてソファに座ってもらう。コミュニケーションの問題は杞憂だった。どうやらアシストチップの恩恵のようだ。意識せずとも翻訳された言葉を発している。自分も椅子に座るとカイルは立ち上がって近くの壁に寄りかかり、シアは自分の椅子の後ろで立つ。カイルが周囲を警戒し、シアが自分の警護という依頼を聞くときのいつもの癖みたいなものだ。
「俺はリック。こっちはシアであっちはカイルだ」
「私はドライアドのフレイヤです」
ちゃんと名前があるんだな、という驚きはあったが表には出さず続ける。
「初めに確認しておきたいんだが、俺たち人間国と精霊国は不可侵条約を結んでいる。単に侵略しないというだけでなく、交流すらしない不干渉も条約に含まれていたはずだ。つまりこうして会話している状況自体、本来あり得ないという認識で合っているか?」
「はい、表向きはその認識で間違っていません」
「表向きは…ね」
シアの相槌どおり概ねを察する。フレイヤを見ても手こそ植物だが、非常に整った人間らしい顔立ちである。どこかの怖いもの知らずな悪徳金持ちが観賞用、愛玩用に手に入れようとしても不思議ではない。
「ご想像の通りだと思います。ここ最近、精霊国では私達の仲間が失踪する事件が相次いでいました。初めは漠然と怖いとしか思っていなかったのですが、つい先日、私の姉が何者かに連れさられる現場に遭遇しました」
フレイヤはそのときの恐怖を思い出しているのか両腕で自分を抱きしめる。
「私は慌てて後を追いかけましたが、私一人ではどうすることもできずに逆に捕らえられてしまいました。そして気づいたら人間国に連れてこられていたのです」
「キミやお姉さんをさらった連中に心当たりは?」
「ありません。顔を隠していたので人間だったかどうかもわかりません」
「人間が精霊国に侵入することは容易なのか?」
「いえ、国境付近には警備隊がいるはずですので…」
「なるほど、精霊国側にも加担している何者かがいる可能性が高いか」
「はい、残念ながら…」
精霊国の社会構造はわからないが、どこにでも悪は存在するということだろう。事情は掴めてきたが面倒事には変わりない。この先どうすればいいだろうか。ひとまずこちらの事情も説明する。
「俺たちは密輸グループから希少生物を奪還するという依頼を受けていた。そして奪ってきた結果がキミだ。そして俺たちの依頼人とは今連絡がとれていない。俺たちの依頼人はキミを助けようとしたのか、単にキミを奪って他に売り捌こうとしたのか、それはわからない」
フレイヤは複雑な表情をしたが、少し微笑んで手を胸の前で組んで祈るように目を瞑った。
「精霊神はまだ私を見放してはいなかったようです。あなた方のような良き人たちの元へいきつくことができました」
思わずシア、カイルと顔を見合わせる。
「ちょっと待ってくれ。確かにあのまま密輸されるよりはマシかもしれないが、まだキミを助けるとも決めてはいない」
「それではもし、あなた方の依頼人の方と連絡がついて私をどこかの悪人に売り渡そうとしたらどうされますか?」
「それは……」
強い正義感があるわけではないが一般的な良心はある。それに悪事に加担していると必ずどこかでしっぺ返しを食らう。そんなリスクを負う必要性を感じない。そもそも精霊が関わる依頼だとわかっていたら依頼を受けるつもりもなかった。たとえ精霊を助けるための依頼だったとしてもそんな重大な部分を隠匿する依頼人との契約なんて無効もいいところではある。
返答に窮していたところ、フレイヤが笑顔で続けた。
「ほら、私、そういうのわかるんです。感じる、といった方が正確かもしれませんね。あなた方からは清廉な雰囲気が感じられます」
正しいかはさておき、何かしら精霊の能力によるものなのだろうか。
「おだてられて悪い気はしないが、それとキミやキミのお姉さんを助けるのとはまた別の話だ。これでも一応パーティのリーダーなんだ。みすみす仲間を危険に晒すわけにはいかない」
残念な顔をされる、あるいは怒りを買うと思っていたが、存外にフレイヤは微笑んだ。
「……あなたはとても素敵な方ですね」
「フッ」
壁に寄りかかっていたカイルから一瞬笑いが聞こえた気がした。いつも反応が薄い割には珍しいな。
「カイル、何か言いたいことがあるか?」
「いや。僕はリックに任せるよ。いつもどおり」
「そうか、シアは何かあるか?」
「……別にないわ」
シアはそこはかとなくぶっきらぼうな返答をするとカイルのいる方へ歩いていった。何か機嫌が悪くなるようなことがあったかな。変なことは言ってないよな…。
「あー、コホン。そういうわけで俺は仲間…パーティメンバーを簡単に危険に晒すわけにはいかないし、パーティーメンバーを助けるし、パーティーメンバーの意見は尊重する」
何となく変な空気を切り替えるように咳払いして続ける。
「俺たちはスターゲイザー。何でも屋だ。何か依頼があれば受けよう。例えば…」
フレイヤは先を促すようにこちらをまっすぐに見つめ、俺はと言うと面と向かっては少し言いづらいので視線を逸して続けた。
「そう、例えば、一時的にパーティーメンバーに……、とか」
それを聞いたフレイヤは目に涙を滲ませて微笑んだのだった。
一方、壁際にいた二人はリックとフレイヤのやり取りを見ながら呟いていた。
「予定調和ってところかな」
「そうね。リックはお人好しだから」
もちろん、それはリックの好ましい点でもある。それにフレイヤは見た目の幼さと違って落ち着きがあり、頭も良さそうだし分別もある。善人、いや、善霊とでも呼ぶべきか、好ましい性格だ。欠片でも良心があれば助けてやりたいというのが人情というものだろう。
「新たな好敵手登場?」
「一時的なパーティメンバーよ」
まったく、リックの見えないところではすぐ煽ってくるから困ったものだ。
「……時間の問題だと思うけどね」
カイルはシアにも聞こえないぐらいの声で呟いた。