第004話 音信不通
ツー、ツー、ツー…。
脳内に無機質な音が響く。
「この番号は現在使われておりません…」
思わず昔あったらしい決り文句が口に出る。片目を閉じて依頼人をコール刷るが応答がない。これは一体どういう状況だ。
「依頼人はゴレムを通してドライアドが誰かの手に渡るのを防ぎたかった、ただし自分の手で保護するリスクはとりたくなかった」
「だとすると、善人かどうか微妙なところね」
仮定の話にシアが応じてくれる。
「あるいは、すでにこの世からいなくなってしまったか」
カイルも既にいつもの冷静さを取り戻していた。
「その可能性もある。ゴレムの依頼人と既に抗争状態にあったことは十分に考えられる」
しかし、依頼人と連絡がつかない以上いずれにしても可能性の域はでない。こんな真っ黒な仕事をゴレムなんて二流に依頼するんじゃねぇよ、とゴレムの依頼人に文句を言いたくもなるし、そのゴレム相手にかっこよくきめてる場合じゃなかったよ俺。
「うまい話には裏があったということね」
まったくだ。今回の仕事の報酬が破格だった理由に合点がいった。安請け合いはするもんじゃない。
「過ぎたことは仕方ない。どうする?」
カイルの言うことはもっともだ。ちらりとドライアドの寝顔を窺いながら考えをまとめる。
偶然発見したとして国に丸投げするのは…流石に通用しないか。そもそもどういう経緯で密輸に至ったのかも重要だ。
「前提条件が不明すぎるな…。見回りも兼ねて少し歩いてくる、ドライアドの監視を頼む」
カイルとシアが頷いたのを確認すると、そのまま宿屋を後にした。
「難しいわね…」
リックが部屋から出ていくのを見送るとカイルと部屋に残されたシアが呟く。
「それはこの状況のこと?それともリックに思いの丈を打ち明けること?」
「……もちろん前者よ」
「そう。後者もかれこれ十年以上達成していない任務だと思うけど」
カイルはわずかに微笑むとおもむろにコップを探し、買ってきた水を注ぐとドライアドの近くに置いた。
「もたもたしていると、誰かにとられるよ?」
カイルに自分の気持ちを知られたのはいつだっただろうか。任務をこなし始めて少したった頃、「で、いつ想いを伝えるの?」と聞かれたときは心臓を鷲掴みにされたような驚きだった。どうやらずっと前から気づいていたらしく、それでパーティがギクシャクすることもないから気にしないで、それにリックのことだからシアと僕がお似合いだなんて思っているだろう、と続けられたときはきっと間抜けな顔をしていたことだろう。
「この手の話になると饒舌ね」
「人間観察に興味があるだけさ」
普段多くは喋らないカイルだけれど別に冷たいわけでなく冗談も言う。むしろリックのいないところでは喋ることも多く、普段のカイルの方が演技じゃないかと思っているほどだ。
「カイルにはいないの?そういう人」
悔しいのでちょっとした意趣返しだ。客観的に言って第一印象なら十人いたら八人はリックよりカイルを選ぶと思う。転々とする仕事の性質上、決まった恋人を作るのは難しいかもしれないが、出会いが多いという意味では気に入った人が見つかっても不思議ではない。
「いないよ。……あえていうならリックかな?好敵手だけど、よろしくね」
なんて不敵に笑うので、どこまで本気なのかとため息で返事するのだった。
「とりあえず追手はなさそうだな…」
ぼんやりと並んだ夜店を視界に入れながらリックの頭の中は今後の方針決めに集中していた。
あまり漏れ聞かなかっただけで、密輸ルートが既に存在しているものなのか、それとも妖精国との国境付近で偶然、あるいは意図的に誰かが捕獲したのか…。
依頼人を探して問いただすのが一番だが現状連絡が取れないうえにさらなる厄介事に巻き込まれることは間違いない。報酬目的で引き取り手を探せば見つかる可能性はあるがそこまで信頼のおける心当たりはないし、下手するとお尋ね者だ。ハイリターンかもしれないが、ベリーハイリスク。割に合わないとかぶりを振る。
やはり一番当たり障りなく済ませるには妖精国との国境付近で放置して自力で帰ってもらう、か。問題は道中で誰にも気づかれないようにするってところか。そうすると古い文献しか記録は残っていなくて、そもそも精霊たちの生態系があまりわかっていない、というのも問題か。やるべきことを整理して…、経路は…、と一通りシミュレーションしたところで辺りを一周して宿に戻ってきた。
部屋をノックして入ると先ほどと変わらない様子のカイルとシアがいた。
「ふ……ふぁぁぁっ」
と同時にドライアドが目を覚ました。
戻ってきたところでタイミングが良いのか悪いのか。と思いつつ麻酔銃を構えようとするも、後々、銃を向けられたと言われるのも問題だと瞬間的に思い至り、気づいたらドライアドの近くにあった水の入ったコップを差し出していた。横ではカイルとシアが警戒態勢をとっている。
「普通の水だけど…喉乾いてないか?」
ドライアドはきょとんとした顔をして三人を順に見る。ゴレムが接触していたとすると、別の人間になっていることに驚いているのだろうか。そもそもこのドライアドはどれぐらいの年齢だろうか。言葉は分かるだろうか。凶暴という話は聞いたことがないけれど、不思議な技を使うという記録は残っている。
思考を巡らしていると、ドライアドは差し出していたコップを受け取りそのまま水を飲み干す。一息つくと、まっすぐにこちらを見た。
「私の姉を助けてください!お願いします!」
言葉は通じて想像以上にしっかりとした受け答えができそうなことに安堵する一方で、さっきまで考えていた当たり障りのないプランから確実に面倒な方向に進みそうなことに思わず顔をしかめるのだった。