第003話 契約違反
麻袋を担いだまましばらく茂みを疾走していると途中で二人が並走し始めた。カイルとシアだ。GPSでこちらの場所を把握したようだった。
「二人とも怪我は…ないな。このままフランに向かおう」
フランは先程の廃墟から少し離れた田舎町だった。万が一、追手がくることを懸念して廃墟の最寄りの街ではなく少し離れたところにある街にする。エクセルスーツにより強化された脚力だと十五分といったところだろうか。周囲に気を配りながら街へと急ぐ。
街の灯りが見えだしたあたりで三人は脇道に逸れた。カイルに預かってもらっていた服をもらい、エクセルスーツの上から着ることにする。さすがにエクセルスーツのまま入ると悪目立ちするからだ。カイルとシアも同様に着替え戦闘員から旅人といった装いになった。
街に入ると古びたネオンと立ち並ぶ屋台に出迎えられた。まだそれなりに人通りは多く夜を楽しんでいる。悪くない雰囲気だ。
街中を歩いていくと肩に担いだ麻袋に若干奇異の視線を浴びたもののそれも一瞬で、すぐに後ろを歩くカイルとシアに好奇の目が寄せられた。泣く子も黙る美男美女。見慣れた光景ではあるが、幸い今日は特に絡んでくるような輩はいなかった。
普通の服に着替えたところで結局目立ってしまうんだよなぁ、と苦笑しつつ歩みを進め、途中の出店で食料と水と酒を購入し、宿屋までたどり着いた。受付で三人部屋を一つ借りて二階に上がる。
部屋に入り手分けして盗聴器の類を一通り調べるというルーティンをこなしたあと、備え付けのローテーブルに麻袋を置き、それを囲むように配置されたソファに腰掛けた。シアからさっき買った酒瓶を受け取る。
「やっと一段落、だな」
同じようにカイルがシアから酒瓶を受け取る。シア自身は水を選んで蓋を開ける。
「「おつかれ(さま)」」
三人は乾杯すると渇いた喉を潤した。あぁ、仕事の後の一杯。このために生きていると言っても過言ではない。カイルも相変わらず表情の変化が乏しいが、静かに味わっているようだ。シアは水だが一息ついてリラックスしたように見えた。
「それにしても田舎町だな」
今どき自動受付じゃないなんて、時代遅れもいいところだ。
「味わい深い」
「古き良き、ね」
「…物は言いようだな」
確かに古臭くても不思議と嫌な気はしない。いくら都市が発展し続けてもその対極に郷愁を感じてしまうものなんだろう。最新のバーチャルで田舎を体験するなんて笑える遠回りも流行っているぐらいだし。
「さて、後は依頼人にこいつを渡すだけだな」
そう言って、目の前の麻袋を見つめる。依頼では希少生物としか説明されていないが、何が入っているのだろうか。
「可愛い鳥か、恐竜の子供か、それとも珍しい蛇ってことも」
「蛇は嫌」
シアが口をはさむ。俺もできれば何となく蛇を担いでいたとは思いたくないけれど。
「持っていた感じだと、鳥では無さそうだな、もっとこう、ずっしり感が…」
ジェスチャーを混じえて説明していたところにふと嫌な予感がよぎる。
「そう言えば…さっきから大人しいな」
確かゴレムのところから運ぶときには少し中で動くような気配があったが、後半はほとんど動きがなかった気がした。
「殺った?」
カイルがすました顔をして聞いてくる。いや、殺そうとしてたわけじゃないからな。
「仕方ない。開けてみるか。いずれにしても明日まで飲まず食わずというわけにもいかないだろうし、依頼にも特に中身を見てはいけないなんてことは聞いてない」
そう言うとカイルとシアが立ち上がり警戒態勢をとる。
「蛇が飛び出てきたら斬るわ」
「待て待て。これは依頼されているモノだからな?」
「なら、僕は鬼が出たら斬ろう」
「鬼が出るか蛇が出るか、じゃないんだよカイル」
冗談なのか単に酔ってるのか、どこまで本気かわからないやりとりにため息をつく。
「はぁ…。それじゃあ開けるぞ?」
部屋の窓が閉まっていることを確認してゆっくりと袋の結び目を解く。
「猛毒をもつ何か、とかは勘弁してくれよ…?」
恐る恐る、袋の底を持ち、逆さまにする要領で重力に任せて中身を出す。
「なっ!」
「「!!」」
袋から出てきたのは小さな女の子だった。袋から落ちた衝撃があったはずだが気持ち良さそうに寝ている。良かった死んではいなかった。それはいい。それはいいのだが。もう少し詳細に言えば、愛らしい寝顔で、髪は柔らかそうで色は緑、そしてなんと言っても重要なことは手は木でできていた。もちろん義手という意味ではなく、木の質感そのもだった。
思わず、その場を無意味にぐるぐると歩き回る。カイルとシアは硬直したままだ。
「あー、状況を整理したい」
カイルとシアが頷く。
「俺たちが取り返した希少生物は精霊ドライアドらしい。見たことはないが風貌からするとまず間違いない」
カイルとシアが頷く。
「この世界では精霊や妖精の類に関わることが禁止されている。なぜならその昔、人間と精霊は不可侵条約を結んだからである」
カイルとシアが頷く。
「つまり、この状況は控えめに言っても絶体絶命の状況である」
カイルとシアが頷く。
「……やっべーーー!!!」
「これは…」
「まずいわね…」
表情の変化に乏しい二人ですら焦りが見える。
「こんな依頼…完全に契約違反だろ……」
すやすやと眠るドライアドを見ながらリックは頭を抱えるのだった。