第002話 スターゲイザー
小広い部屋には大男が一人用のソファに腰掛けていた。こちらを睨みつけたまま手に持っていた酒を煽る。銃口を向けられても焦る様子はなく、むしろ薄ら笑いを浮かべている。
「密輸者ゴレム。悪いが希少生物は返してもらおう」
麻酔銃を構えたまま少しずつ近づく。
「おまえ警察…には見えねぇな。ナニモンだ?」
「……スターゲイザー」
「スター…? クッ、ハハハハ!そうか、お前、いや、お前らがか!」
ゴレムは声を上げて嗤う。
スターゲイザーはカイル、シアとの三人でのパーティ名のようなものだった。命名した経緯は今はさておくが幅広い依頼を受けて任務をこなす、いわば何でも屋にあたる。決して正義の味方というわけではないが無意味な悪には染まらないのをモットーとしていると自然に真っ当な依頼をこなすことが多くなっていた。
「同業の奴らがこぼしていたぜ…。最近よく仕事の邪魔が入るってな…」
そう言いながらゴレムはゆっくりとソファから立ち上がる。2mを超える背の高さと分厚い筋肉に覆われたガタイの良さが目を引く。
「面白ぇ…。楽しませてもらうぜっ!」
躊躇いなく麻酔銃の引き金を引くと、ゴレムは右腕の二の腕で防ぐ構えをとると同時に声を上げた。
「ビルドアップ!」
ゴレムが声を上げた瞬間、二の腕、太もも、胸、と目に見えるすべての筋肉が膨らみ、元来の巨体がさらに一回り大きくなった。麻酔銃から発射された弾丸はゴレムの腕に刺さることなく弾かれる。
「ハッハッハーッ!何かしたか?」
鋼のような肉体はもはや麻酔銃が効く範囲を超えていた。少なくともハンドガンで手に追えるレベルではない。
「なるほど…。肉体強化系のギフト持ちか」
この世界ではギフトと呼ばれる才を得る者たちがいる。ギフトは千差万別でその全ては解明されていないが、既に報告されているものからいくつかのパターンに分類されており肉体強化系はその一つである。ギフトは先天的に備わる者がいれば後天的に獲得した者もいる。特に後者は脳内に埋め込まれたアシストチップのバグとも言われており、異常な脳内信号が肉体に突然変異を起こしているとの説が有力だが、中には物理法則を無視した非科学的な先天的ギフトもあって未だその全てを説明できてはいない。
ため息をついて麻酔銃を片付ける。やれやれ、エクセルスーツと言えども簡単には無力化できそうにない…か。
「悪いが、力づくで作戦を遂行させてもらう」
腰に携えていた愛刀に手を添えた。
「ハンッ!上等!俺の筋肉はたとえ金属だろうと負けやしねぇ!」
ゴレムはその巨体から想像もつかぬ速さで間合いを詰めて、そのままの勢いで右の拳を振り抜く。
「……一閃」
拳を交わすと同時、すれ違いざまに刀を抜いた。
「……なっ…グァァァァ!」
戸惑いの声から一瞬遅れて苦痛の声に変わった。強化されたゴレムの右腕には深い切れこみが入り激しく出血しはじめた。実際、銃弾ですら弾いたことのあるほど自信のあった強化なだけにいとも簡単に斬った眼の前の青年の姿にゴレムは戦慄していた。
再び刀身を鞘に戻して宣告する。
「すぐに手当すれば命は助かるだろうが、まだ続けるか?」
一般人なら起き上がれないであろう痛みのはずだが、ゴレムは右腕を抑えつつも立ち上がってこちらを睨みつけていた。
「ギフトで右腕の痛覚でも麻痺させたか?痛みを抑えたところで出血は止まっていない。ショック死するぞ」
「ハァッ…ハァッ…。チッ…化け物かよ…」
ゴレムが荒い呼吸を繰り返すが、まだ戦意を失っていない点だけは流石というべきかもしれない。ゴレムも依頼を受けて密輸していた立場なだけにプライドがあった。信頼が命の稼業なだけに敗北はそのまま廃業と同義に近い。
「仕方ないな…こちらもいたぶる趣味はないんだが…」
もう一度構えて今度は自分からゴレムに向かってゆく。
「もう右腕は使えなくなると思え」
「ッ!クソがぁぁぁぁ!」
あえて発した一言で一瞬右腕を失うことに戸惑って遅れたゴレムの左拳をかいくぐり、後頭部に刀を振るった。
峰打ちだった。ゴレムは膝から地に落ちそのまま倒れた。後頭部からの衝撃で脳内チップが機能不良に陥ったのか膨らんだ肉体が縮まっていく。仕事の性質上、お互いに死は覚悟しているとは言え殺すほどの個人的な恨みがあるわけではないが、助けるほどの義理もない。
「まあ、運が良ければ死なないだろう」
愛刀についた血を払ってギラつく刀身を鞘に収めた。
辺りを見回すと、少し離れたところに動く麻袋が見えた。希少生物というぐらいだから丁寧に檻に入った感じのものを想像していただけに、少し手荒な感じもするがゴレムの気性のからするとこんなものか。かえって運びやすくてありがたい。
あまり深く考えずに麻袋を担ぐと部屋についていた窓を破る。一度振り返ってゴレムに動きがないことを確認する。この様子ならすぐに追手が来ることもないだろう。
「こちらリック。目標クリア。これより脱出する。二人とも適当なところで切り上げてくれ」
「「了解」」
少し安心したような声色に思えるのは真実なのか己の願望なのか。窓から木に飛び移り、落下速度を落としながら着地するとそのまま宵の闇に紛れた。