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その名はドリマー

「なあラース、カミールにドレスを着せたら可愛いと思わないか?」


ある日の昼下がりの事である。

その日はシャナーは朝から休みをもらい、都に買い出しを兼ねて採取した乾燥薬草を彼女の祖母に送る為に都に出ていた。


「はあ? 何を血迷った事を言っているんだ。そんな事を考えていないで仕事をしてください。カミールがいないんだから、大好きなおやつタイムが無くなるぞ」


「はあ? ふざけるな! きちんと仕事をしてるだろ!」


ラースは机の上に貯まっている種類の束に視線を向けながら横のデスクで書類に目を通しているラファイルに向かって言った。

最近、ラファイルが仕事をさぼることが無くなったおかげでかなりスムーズに日々の仕事をこなせていた。

それはやはりシャナーの補佐が大きかった。シャナーがいるのといないのとでは作業効率は格段に違ってくる。 

その上、ラファイルのご機嫌度もかなりの違いがあった。


「あああ~カミールのやつはいつになったら戻るんだ。どこかに誘拐でもされているんじゃないのか? それとも森で迷ったとか」


今視線を机に戻したと思った矢先にまた視線が開け放たれた窓に向かっているラファイルにラースは大きなため息をつきながら言い返した。


「朝、出発したんだから、用事を済ませて戻ってくるのは夜になりますよ。帰りは歩きって言っていたし」

「なんでお前が門まで向かえり行くって言わなかったんだよ」


「はあ? 殿下が一人でこの書類を今日中に片づけてくれれば迎えにでもなんでも喜んで行ってきますよ」

「それはお前の仕事だろ? どうして僕が一人でしないといけないんだ」


ラファイルの言葉に腸が煮えくり返るのを抑えながらラースは大きなため息をついて言い返した。


「ラファイル、そうやっていつもカミール、カミールとばかり言っているが、一年後カミールの契約が切れた時どうするんだ?」


「はあ? どうって別にいつも通りだろ? ほとんどの使用人は毎年更新してるじゃないか」


別段心配すらしていないといった調子で答えるラファイルにラースは軽くため息をついて言った。


「お前は能天気だな。どうやらカミールは一年契約を更新しないつもりらしいぞ」

「⁉どうしてだ! ここで働く以上にいい仕事なんかないだろう。第一僕はカミールを辞めさせるつもりもないしな」


その返答としてラースは大きなため息をついた


「契約は一年になっているんだから殿下の力でもどうにもなりませんよ。カミールは夢があるらしいし。大体、お前のお守りのようなやりがいのない仕事より、将来なりたいものがあるみたいだな」


「やりがいの無いとはどういう意味だ! あいつの夢なら知ってるぞ、薬草使いだろ? それならここにいたってできるじゃないか、薬草の知識なら既に持ってるみたいだし、ここに入れば薬草のとり放題じゃないか。それに、カミールのために読みたくもない草の本を置いているんだし」


「そうだったな、だけどな、カミール自身が薬使いになりたいなら、きちんとした専門家の弟子になって学んだ方がいいに決まっているじゃないか」


「・・・」


ラファイルはギロッとラースを睨みつけた。その時、シャナーの明るい声が飛び込んできた。


「遅くなってすみません!」

「カミール! どうしたんだ? 都に行ったんじゃなかったのか? やけに早いな」

ラースは驚いた顔でシャナーを見て言った。


「行ってきましたよ。ちょうどベン騎士団長が都に行く用事があったみたいで、用事のついでに自分が行きたい場所にも立ち寄ってくださったので早く戻ってくることができたんです。あの…戻ってきてはいけなかったですか?」


「そっそんな事ない。仕事が溜まってるんだから早く着替えて仕事に戻れ!」


ラファイルは嬉しさを隠すかのようにシャナーの方には向かず命令口調で言った。


「はい!」


シャナーは慌てて着替えをしに自分の部屋に戻り、すぐにいつもの仕事へと復帰した。

その日の午後はご機嫌のラファイルの姿があった。



それから数日後、シャナーはその日の仕事も無事にこなし、唯一自由になれる貴重な睡眠時間を割いて薬草捜しに館をでた。

今夜は月夜が明るく、ランタンもいらないほどだった。

シャナーは夢中になって地面に這いつくばりながら、気になる草の採取をしながら、摘み取った草をかごの中に入れていた。


その時、茂みの中から唸り声が聞こえてきた。


「ヴルルルー」


動物の唸り声が聞こえる。

ここは王宮と言っても広大な敷地の為、野犬でもいるのかとシャナーはゆっくりと立ち上がった。

しばらくその声が聞こえる茂みを見つめていると、茂みの中から黒い小さな子犬が姿を見せた。

どうやらケガをしている様子だった。


「まあ、あなたケガをしたのね。お母さんはどうしたの?」


シャナーはおびえながら唸り声をたてている子犬にそっと手を出した。

その瞬間、その子犬がシャナーの手にかみついた。


「いたっ」


その声を聴いた瞬間子犬は噛むのを止め、急に震え後ずさりしだした。


「大丈夫よ、私は敵じゃないわ。あなたのけがを治してあげるわ」


そう言って子犬に笑顔を見せた。

すると子犬は自分がかんだシャナーの手を舐め始めた。

シャナーはそっとその子犬を抱き寄せると、かごを持って館へ戻ることにした。


その後、子犬の手当と共に自分の手を消毒し手当をしていると、ラファイルがまたノックもしないでシャナーの部屋に入ってきた。


「カミール、さっきはどこに行っていたんだ!」


そう言って近づこうとした瞬間、シャナーの膝の上で丸くなっていた子犬が毛を逆立てて唸り声を出し始めた。


「駄目だよ吠えちゃ」


シャナーが優しく諭すと、言葉が理解できるのか、シャナーの顔をみて大人しくなった。


「カミールどうしてここに犬がいるんだ?」


「さっき薬草採集に出かけていたんですけど、茂みからとびでてきたんですがこの子、足をケガしていたみたいだから保護したんです。そのままにしておくのはかわいそうだと思いまして、この子は自分が責任を持って飼いますので、ここで飼ってもよろしいでしょうか?」


シャナーの膝の上でラファイルを睨んで唸り声をたてている子犬とにらめこしているラファイルに向かって言った。


「僕がダメだっていったらコイツをほりだすのか?」


「そんな事はしませんよ。もし迷い犬だとしたら他の人に見つかったら捕獲されて殺傷処分になってしまいますよね」


「そうだな、この王宮にいる犬は訓練された犬だけだからな。間違いなく捕獲対象だな」


シャナーはラファイルの言葉で黙りこんでしまった。

シャナーはこの子犬を放り出すことはどうしてもできそうになかった。

自分でもよくわからないが、何とか助けたいという衝動がおさえられなかったのだ。


しばらく無言だったシャナーにラファイルが提案をしてきた。


「じゃあこうしよう。こいつをしばらくマントンの所に預けて見込みがありそうだったらこの屋敷で飼うことを検討してやる。見込みがなさそうだったら、王都で飼い主を探すっていうのでどうだ? 血統種じゃなくてもまだ小さいし飼いたいという人間がいるんじゃないか?」


「わかりました、もし見込みがないと判断されれば、お休みをいただいて都で買い主を探します」



そして翌朝、シャナーはラファイルと共に、王宮内にある厩舎の横にある犬専用の訓練施設を訪れた。

この王宮内、特に王が住む宮殿付近では、特に夜は訓練された犬たちが深夜侵入しようとする侵入者を威嚇する為、夜になると王宮の周辺に常に十数頭放たれているようだった。

ラファイルの屋敷周辺では見かけないのは、ラファイル自身が拒否したからだという理由からだった。


「これはこれは殿下、このような場所にいかがなされましたか?」


普段この場所に近寄ろうともしないラファイル王子が姿を現したことで慌てて犬の世話をしていたマントンが慌てて近づいてきた。


「実はな、僕の屋敷の近くで子犬を見つけてな。ここの犬かどうか聞きにきたんだ」

「えっ?犬ですか?」


慌てた様子のマントンに、ラファイルの後ろでかごの中に入れて持っていたシャナーの方を向き言うと、マントンはシャナーに駆け寄りシャナーが手にしているかごの中をのぞき込んだ。


すると今まで大人しくかごの中で丸くなっていた子犬が急に暴れだした。


「ああ、コイツは昨夜逃げ出した犬です。殿下申し訳ありません。コイツは三か月前にこの訓練所にきた母犬が子犬を五匹産んだんですが、そのうちのこの犬だけがどうやら訓練犬としては向いていないことが判明したらしく、近々殺傷処分になることが決まってっていたんですが、どうやってか逃げ出して今朝から空いている人間で手分けして探していたんです。申し訳ありません」


「あの? どの部分が向いていなかったのですか?」


シャナーはかごの中で吠えている子犬を見ながら聞いた。


「この犬だけが、自我が強いようで、訓練師の命令を聞かないんですよ」


どんなにしつけしても訓練師いうことを聞かないらしかった。他の四匹の犬は合格し、既に訓練に入っているらしかった。


「なんだ、お前は落ちこぼれだったのか?」


蓋をしているかごの中で相変わらず吠えている子犬をのぞき込みながらラファイルが子犬に向かって笑いかけながら言った。すると、不思議なことにおびえて吠え続けていた子犬が唸って吠えるのを止めて、急にそっぽを向いて、泣き止むのを止め、大きなあくびをしたのだ。


「こいつ、ただの馬鹿じゃないみたいだな。マントン、コイツを僕がもらってもいいか?」


「えっ?殿下がですか? しかし、コイツは…」

「いうことを聞かないんだろ?」

「はっはい」


「どうやら、コイツは人間に対して好みがはっきりしているようだな。嫌いな人間には従いたくないようだな。僕も好かれてはいないようだが、このカミールの事は気に入ったみたいでな、夜にカミールが屋敷に連れてきてから朝まで実に大人しかったんだ。こいつの管理はこのカミールが責任を持つから大丈夫だ。犬用の餌の作り方とか教えてやってくれないか?」


「殿下しかし…」


ラファイルの発言に驚きを隠せないマントンだったが、殿下には逆らえないらしく、渋々了承した。

但し、首輪を必ずすることを条件に出した。

マントンがシャナーに犬用の首輪や餌の与え方などを教えている間、子犬が入ったかごを預かったラファイルが外で待っていると、数頭の犬がリードに繋がれた状態で散歩から戻ってきた。

ラファイルを見た犬たちが何故か、興奮した様子でラファイルに近づこうとした。


「やあ、朝から御苦労だね」


「でっ殿下、おはようございます。なっ何か御用でしょうか? あっこらやめないか? すっすみません殿下」


今まで大人しく人間の命令を聞いていた犬たちが一斉に興奮したようにラファイルに近づこうとするのを訓練師は必死に抑え込もうとしていた。


「コイツを引き取りに来たんだよ。そう言って、かごの中で我関せずといった様子で目をつむってしまった子犬に視線を移して言った。


「ああ~昨夜逃げ出したドリマーが見つかったんですか? そいつは変わってましてね。人間には中々なつかないんですよ」


「そうみたいだな。こいつはドリマーっていうのか、僕はたいがいの犬には好かれるんだがこいつは違うみたいだな」


そういってラファイルはその犬を面白そうにのぞき込みながら言った。


「でも安心しました。殺傷処分にならなくて、殿下、ドリマーのことよろしくお願いします」


「ああ、なつかないのをなつかせるのは嫌いじゃないからな」


ラファイルはその訓練師に向かって笑顔を見せた。

訓練師は頭をさげて嫌がる犬たちを引き連れて建物の中に入って行った。

その後すぐに、シャナーが仔犬用の首輪とリードを持って戻ってきた。


「殿下お待たせしました」

「どうだ、こいつの餌は作れそうか?」

「はい、殿下の偏食に比べればなんてことはありませんから」


「あっははは、違いないな。おいお前、僕のことは好きじゃないようだが僕に逆らわない方がいいぞ、カミールと一緒にいたいならな」


ラファイルがそういうと、さっきまで目をつむっていた子犬が急に大きな声で


「ワン!」


とひと鳴きしてシャナーに向かってしっぽを振りだした。


「お前僕のじゃまをする気満々だな」


そう言いながらもラファイルは楽しそうだった。

シャナーはラファイルと屋敷に戻りながらマントンに聞いたラファイルの事を思い出していた。

実は大の犬好きだということだった。

そして王宮のほとんどの犬にラファイルが好かれているということも、なのに今まで一度も自分の屋敷には犬を置いていないということも



翌朝からシャナーはドリマーを散歩に連れ出すことが日課になった。

そのため、さらに朝早く起きる習慣がついた。

それは、散歩を兼ねて、薬草採取を兼ねていたからだ。

ただ驚いたのは寝起きの悪い殿下が何も言わなくても自分から起き出し、シャナーがドリマーと散歩に行こうとすると、既に玄関の所に立っているのだ。

もちろん殿下付きの護衛の騎士であるアンドレアも大きなあくびを何度もしながら立っていた。


「殿下!どうしたんですかこんな早くに、何か急な公務でもはいったのですか?」

「違うよ。ドリマーの散歩に行くんだろ、付き合おうと思ってな」

「えっ今日もですか? 殿下が散歩ですか?」


「なんだよカミール。僕が散歩についてくると何か都合が悪いのか? 毎朝いちいち聞かなくてもいいだろ。それとも僕が一緒だと都合が悪いのか?」


「いえ別にそんな事はありませんが…殿下は大丈夫なのですか? こんなに早く起きて」

「お前にできることを僕ができないことはないだろ? お前より一年も長く生きているんだし」

「それもそうですが、早く起きたからって体調が悪いとかいって公務をさぼらないでくださいね」

「僕がそんな事をする人間にみえるのか?」

「ワン!」


ドリマーは前を歩いていたが振り向き一声鳴いた。まるでお前はどうせさぼって昼寝をするだろうと言っているように。


相変わらず、ドリマーはラファイルには懐こうとしなかったが、互いを認めているのか、散歩は楽しんでしている様子だった。


普段、ドリマーは放し飼いをしていたが、なぜか早朝自分でリードをくわえてシャナーを起こしにくるのだ。

そして何故かそのリードを持つのはラファイルというのが日課になりつつあった。




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