殿下のお世話係は大変!
シャナーが王宮で仕事をするようになってからはや三ケ月が過ぎようとしていた。
ラベリー家から定期的に送られてくる手紙では、稼業の方も無事危機を脱したようで、海外に出ていた一番上の兄からの近況では、かなりの収益を見込めそうだということだった。
ブドウ栽培の方はすぐには元通りとはいかないようだがそれ以外の事業で補填できそうなめどがついたようで、資金ぐりも順調のようで一年といわずすぐにでも戻りたければ戻ってきても千ファーマル金貨の返金も可能だという連絡を受けていた。
というのも、シャナーの手紙でラファイル王子の世話係の実情を知った父がいろいろ調べた結果、過去に世話係として雇われた人間が既に100人は優に超えていたことがわかったからだ。
今回千ファーマル金貨という破格の給金を支払わなくてはもう人が集まらないという実情がわかったからだ。
その上、その大金を返金してまでも、辞めていく人間が多いこともヒューダ・ラベリーを悩ませる要因になっていた。
シャナーは二ケ月前からその手紙の返答を貰っていたが、いつもまだ大丈夫だという返信の手紙を送るだけで、仕事を初めて一ケ月間は事細かく仕事の実情を報告していたが、最近は全く報告しなくなっていた。
なぜなら当初の目的である祖母がいう王宮の敷地内に生息しているお宝を探せていない今、家に戻る気はサラサラなかったからだ。
とはいえ、仕事は予想以上にきつく、最近ようやく仕事が慣れてきたばかりだった。
王子の世話係とはどのような事をするのかと思っていたが、まさに言葉の通りだった。
まるでいたずら坊主の世話係といったように、自分より一つ歳上というより、10歳ぐらい歳の離れた子どもに毎日細かくしつけのように言いきかせる毎日だった。
シャナーの朝は寝起きの悪いラファイル殿下を起こすことから始まる。
「殿下! いい加減起きて下さい。そろそろラース様が今日の公務の仕事を持ってこられる時間ですよ」
分厚いカーテンで朝の光を完全にシャットアウトしている王子の部屋のカーテンを思いっきり開け、大きな窓を全開にしながら大きな声で叫んだ。しかし、王子はピクリともしない。
そこでいつもとる行動は掛け布団の引きはがしである。柔らかい最高級の羽毛布団を使っている王子の布団は今までシャナーが祖母の所で使っていた重い布団とはものすごい差だった。
確かにこんなフカフカの布に寝ているとずっと寝ていたい気になるのは仕方ないことのように思えた。
が!しかし、そう言って甘やかすと、一日中寝ているのだこの人は。朝のまぶしい光にもピクリともしないその寝起きの悪さを目の前で睨みつけながらシャナーは腕まくりをしてその快適な布団の引きはがしにかかった。
これがまた重労働なのだ。王子は掛け布団から顔と両手を出しているのだ。出している手はがっつり布団を掴んでいる。これもシャナーがきてから王子自ら学習したことだった。
「お・き・てください!」
シャナーは力まかせに掛け布団の端を掴むと引っぺがしにかかろうとしたが、びくともしない
「わかりました。殿下がその気なら」
シャナーはそう言うと、素早くベッドの後方に移動すると、足元から逆に掛け布団を一気にめくった。その反動で温かい布団の中が一気に朝の冷たい冷気が王子の体にまとわりつき、身を縮めて重い瞼を開けて、シャナーを睨みつけた。
「カミール、僕にこんな事をしていいと思っているのか?」
「はい、ラース様に公務が開始される時間までにどんな手段を使っても殿下を起こして着替えさせて執務室に座らせておけというご命令ですので、自分は命令を忠実に遂行しているだけですから」
まだ睨みつけて膨れているラファイルから完全に掛け布団を奪うと部屋の壁伝いにあるソファーの上にその掛け布団を放り出すと、サイドテーブルの上に置いてある今日着る服をラファイルの横たわっているベッドの横に並べた。
「さあ、ごねていても何もいい事は起こりませんよ。それともまた病人になりますか?」
シャナーの言葉にブツブツ文句を言いながらもラファイルは自分で着替えを始めた。
(まったく、着替えも自分でできない人って初めてみたわ。王子だかなんだかしらないけど、自分で何もしないからあんなにブクブク太ってわがままに育ったんだわ。贅沢過ぎるのよ)
シャナーはここに世話係としてきた当初の事を思い出して身震いした。当初の説明では朝、殿下が目が覚めるまで延々に待ち、昼過ぎに起きると言い出すと、まず着替えを手伝うことから始まるのだ。
食事も食べさすという徹底ぶりだった。シャナーも当初はそれに従っていたが、世話係が次々に辞めて行くにも関わらずいっこうに人が増えない状況下でとうとう殿下の身の周りの世話を一人でするようにと言われた一日目にブチ切れた。そして宣言したのだ。
「殿下! 病人のように扱って欲しいのでしたら、今までどおりにさせていただきますが、但し、病人だといいはるのでしたら、薬草茶を毎日三度飲んでいただきます」
そう宣言し、一日目は根競べで終了した。
二日目、病人だが薬草茶は飲まないとごね続けるラファイルに強行手段に出た。
シャナーはラファイルの部屋の内側から鍵をかけ、いつも通りに甘やかそうとする館の全ての使用人をシャットアウトし、薬草茶を自分で大量に用意して煎じた容器を持参し、それを飲まない限り部屋を出さないと籠城をしたのだ。
強引に部屋を出ようとしたラファイルに対してシャナーは護身術で身に着けた身のこなしと格闘技を駆使し、容赦なくラファイルを取り押さえ、ベッドにひき戻し、薬草茶を突き付けた。
その頃のラファイルの体重は今の倍はあったはずだが、小柄なシャナーにまったく太刀打ちできなかった。
「こんなまずそうなもの飲めるか!」
ラファイルはそう言うと、シャナーが差し出した薬草茶をベッドの下の床に投げつけた。
その瞬間シャナーの平手がラファイルの頬にめがけてヒットした。
見る見る真っ赤に染まった手を抑えながら、怒りで枕元に置いてある短剣をシャナーに突き付けたラファイルが叫んだ。
「この僕に手を上げるとは何様だ! 僕は王子だぞ、こんな事をしていいと思っているのか! 謝れ! さもなくばここで斬るぞ!」
「どうぞ、斬りたければ斬ってください。私は間違った事をしたとは思っていません。王子だか何だか知りませんが、この薬草茶は10種類もの薬草を使っているのです。いわば、10種類もの貴重な植物の命を頂いているんです。それを粗末にするなど到底許せません。王子とて人、神でもなくいろんな者から命を頂いて生きていられているのです。それを王子という立場だけで、粗末にするなど人して許されることではありません。謝る気はありません。斬りたければどうぞ、将来多くの国民の頂点に立たなければいけないご身分の王子という立場に胡坐をかいて今までのような生活を続けるのであれば、この国の未来も先が見えています。そのような国で生きながらえようとは思いません」
剣先が頬に当たり血が滴り落ちようともシャナーは一歩も引かなかった。先に折れたのはラファイルだった。ラファイルは剣をさやに戻すと、自分から起き出し、服を着替えだしたのだ。しかし人間の性格がそうそうすぐに変わるものでもなく、言葉で抵抗しないまでも、寝起きの悪さは変わらず、あの手この手と少しでも寝ていようと些細な抵抗は続いていた。
「さあ時間がありませんよ、早く着替えて下さい」
そういって、シャナーは忙しそうに、昨夜寝ながら読んでいたであろうベッドの足元に散らばっている本を拾い集めては机の上に積み上げて行った。
朝寝起きが悪いのは遅くまで読書をしているためで、決して遊んでいるわけではない事を知っているだけに、シャナーは毎朝、ギリギリまで起こそうとはしなかった。最近では掛け布団をはがされるとブツブツいいながらも一人で着替えをするようになっていた。
そして目覚めの薬草茶を飲むのも日課になっていた。もちろん、はちみつ入りや甘味料を混ぜた物で飲みやすいように変えてあった。
こうしてようやくシャナーの世話係としての一日がスターとするのである。