私が代わりに行くわ!
【あらすじ、お話し→お話】「どうしたものか…その足では王宮へは行けぬぞ。もういただいた前金は会社の事業の補填に充ててしまったし…」
この家の主であるヒューダ・ラベリーは目の前でベッドに横になって動けない息子を見下ろしながら頭を抱え込んでしまった。
この国は他国のような貴族階級は存在しない。
唯一この国を治めているサフォンヌ家が王家として君臨している他は、貴族制度がなく、全て平等であった。
だがこの国にも貧富の差は存在し、多くの人間は一握りの金持ちの下で働いて、その日の食料を稼いでいた。
ラベリー家はワイン製造から販売まで一手に商いをしている家柄で、ブドウ栽培からワイン造りや貿易関係の商いもしており手広く商いをしていた。
長男は既に父の後を継いでおり、世界中を船で回って各国の王族向けに上質のワインを販売していた。
ヒューダ・ラベリー家にはその長男の下に双子の兄妹がいた。
この双子の内、兄は幼い頃から病床で保養地で病気治療をずっとしていたが、昨年あたりようやく病気もよくなり、家の稼業を継ぐ前にどこかに別の仕事を経験させようと考えていたやさき、王宮から国中に通達があった。
〔ファマールズ王国、第一王子の世話係を募集、十六歳になる男子であること、採用された者には一年契約で、給金は千ファーマル金貨を前払いで支給することとする〕
但し、途中で辞退の場合は全額返金という文言が書かれていた。
しかし、この千ファーマル金貨といえば、成人男性の一年間の給料の優に100倍に相当する金額だった。
破格の高額な給金が支給されるという通達で多くの希望者が殺到した。
ヒュ―ダ・ラベリーはこの通達をみて社会勉強も兼ねて、自分の息子を王子の世話係の募集に応募させた結果、息子であるカミ―ルは見事世話係に合格したのだ。
しかし、この通達があり、契約を完了し王宮に勤務する直前になって、ラベリー家が所有するブドウ園が台風の影響で壊滅状態に陥ってしまい、かなりの負債を抱えることになってしまった。
その補填の為に、前金として支給されたばかりの千ファーマル金貨までも使わなければ、廃業の危機に陥ってしまっていた。
そこまでは何の問題もなかった。カミールが予定通りに仕事に行けばいいだけなのだから。
もともと、ラベリー家次男のカミールは語学堪能で、学業に秀でているいわば天才であった。
その上、かなりの美形で小さい頃は女の子に間違われるほど今もなおかなりの華奢な体系ではあるが、唯一の欠点は体が弱いことだけだったが、数日前、突然馬から落馬したのだ。幸い命には別状はなかったが、足を骨折してしまったのだ。
その知らせは隣の国の母方の祖母の元にいた双子の妹のシャナーの元にも知らされ、シャナーは慌てて家に戻ってきていた。
久しぶりにみたカミールは健康そうには見えるが足は包帯が巻かれ痛々しそうだった。
「父上、すみません。せっかく新しい仕事が決まったばかりなのにこんなことになってしまって…稼業が大変な時なのに、シャナーも呼び戻したりしてごめんね」
カ゚ミールは申し訳なさそうに心配して見守る二人に頭をさげた。
「お前が悪いわけではない、全てはわしが不甲斐ないからだ。しかしこうなれば陛下には正直に申し上げ、前金で頂いた千ファーマル金貨の内使ってしまった八百ファーマル金貨の分は返済をお待ちいただけないかかけあってみるから心配するな」
シャナーは父の言葉に自分の耳を疑った。
「お父様! 千ファーマル金貨も支払えないほど我が家は貧困していたのですか?」
十歳から親元を離れ、祖母の元で暮らしていたシャナーには、たまに戻ってきて休暇を過ごすラベリー家の暮らしぶりは普通の人々の生活よりもかなり贅沢な暮らしに見えていた。
それに比べ、母方の祖母の家は豪華な屋敷ではなく森の中にポツリとある丸太造りの家でこの屋敷に比べれば天地程も差があった。
どちらかと言えばこの屋敷より、祖母の家の方が性に合っていた為、今まで何の不満もなかった。
女である自分はラベリー家の稼業は継げないのだから、祖母の家の跡継ぎになるのに何の抵抗もなかった。
だが、数日前、急にラベリー家から呼び出しが来たのだ。双子の兄カミールが落馬したというのだ。
あわてて駆けつけてみると目の前のベッドで横たわっている兄がいたのだ。兄の横で父が頭を抱えて座り込んでいる。
「実は、ブドウ園の災害の補填で急遽莫大な資金が必要になってな。我が家に保管してある金庫の金貨を全て費やしたんだが、まだ足りなくてな。ちょうど、支給されたばかりの前金を使ってしまったのだ。何、家の絵画のいくつかを担保に資金を貸してくれる者がいないか探してみるから心配ない。ヴァルキリーが戻れば何とかなるはずだからお前は心配しなくてよい」
そう言いながらも父はどこか疲れているようだった。
「確かにこの間の台風被害は大きいようですが、そのような深刻な事態になっていたなんて…でもお母さまはどうなされたのですか? こんな緊急事態なのに」
シャナーがいうとヒューダ・ラベリーは大きなため息をついた。
「あれはその…なんだ、保養所に行っておる。一応お前と同様連絡は入れたのだが、返答がまだきておらん」
「お母さまらしいですね。ですが、我が家が破産などという噂が流れでもしたらお母さまの悲鳴がとどろきそうですね」
「そうならないように頑張るよ」
ヒューダ・ラベリーは顔を引きつらせて笑ってみせた。シャナーはしばらく考えた後突然決意したような顔で言い放った。
「お父様、この屋敷の絵画はどれもお父様の大切なコレクションですよね。万が一資金繰りが遅れれば大変なことになりますよね。お父様、一年でいいのでしたら、私がカミールに変わって王子の世話係に行ってまいります」
シャナーの申し出に、驚いたような顔をした二人が口々に叫んだ。
「はあ? そんなことができるはずがないであろう」
「そうだよシャナー、僕達が双子で顔がそっくりだからと言って、シャナーは女だよ。王子のお世話係なんか務まらないし、すぐばれてしまうよ」
「そうだシャナー、お前では無理だ。王子は無類の女嫌いで通っておるのだぞ。もし女であることがばれでもしたら、我が家はおとりつぶしだけでなく、お前は死罪もしくは牢獄よくて王室反逆罪で追放ってことになりかねないのだぞ。それよりもお前には夢があるのであろう」
「その時はその時ですわ。このままでもお家存続は厳しいのでしょう? 幸い私とカミールは顔は瓜二つ、髪を短くしてカミールの服を着ればばれませんよ。声の違いは、一度しか面接をしていない面接官になどバレないでしょうし、王子の世話と言っても、身の回りの世話でしょ。それなら私にもできます。勉強も私はカミールに劣っているとは思っていません。体力も私の方があるし、まさか、王子が世話係の少年を襲ってきたりはしないでしょうし、部屋も個室を与えられるとのことだし、何とかなります。それにこのままだと、お父様の絵画も含めてお兄様が戻られるのはまだ半年も先ではありませんか、今更に千ファーマルもの大金を借金するなど、ラベリー家の名に傷がつきます。ブドウ畑の復旧にもまだまだ資金がかかるのでしょう。数枚の絵画を売らなくてはいけないにしても私が代わりに行けば千ファーマル金貨はそのまま使えるではありませんか」
「しかしだな…」
「そんな危険な事はダメだよ。足が骨折しているだけだから、仕事の補佐ぐらいはできると思うんだ。事情を説明すればわかってもらえるよ。シャナーにそんな危険な事はさせられないよ。僕らの事は気にせず、おばあ様の所に戻りなよ」
弱弱しそうに、起き上がろうとする兄に駆け寄りシャナーが言い切った。
「大丈夫よ、幸い私はずっとこっちにいなかったし社交界にはまだでたことがないし、王宮には私の存在を知る人間なんて一人もいないよ。王子のお世話っていったってたいしたことはしなくていいと思うから、大丈夫だって。ほら、こう髪もあんたと同じ長さに切れば見た目もかわらないじゃん」
シャナ―は自分の腰まである長い金髪の髪を肩の辺りまで持ち上げながら弟に向かって笑顔で言った。
「駄目だよ、その髪はシャナーの自慢の髪じゃないか」
「本当に大丈夫だって!髪なんてまた伸びるわよ。いい、あんたは自分の体を治すことを一番に考えなさい」
「シャナー…」
「そんな顔をしないで、私は大丈夫よ。バレるようなヘマはしないから。それに私一度王宮に行ってみたいと思っていたのよね。この国の王宮の敷地内にはすごい貴重な薬草のお宝が眠っているんですって」
シャナーはできる限り明るい笑顔を振る舞った。内心は不安でいっぱいだった。
だけど、大切な父と兄の為だ。失敗は許されない。シャナーは自分を奮い立たせながら最高の笑顔を二人に見せた。
そうして、シャナーはカミール・ラベリーとして、王子であるラファイル・オブ・サフォンヌ王子殿下のお世話係として一年間の任期を全うすべく、王宮での生活を始めることとなったのだった。