対決!乳女VS平凡?女
植木に隠れて顔を真っ赤にしている女性からは、女神の気配がないという。
たしかに、よく見ると……いや、よく見なくても不自然なくらいバインバインだった胸が「すん」ってなっている。すんすんだ。
あれ? もしや私よりも?
いやいやなんでもないですごめんなさい。そんな泣きそうな顔でこっち見ないでください。
「今は封じているところです。このまま異世界に戻って、上位神から処罰をああっ!? ふ、封印が!? ……ふふふ、タクト様、ようやく会えましたね」
聖女(本物)の胸元が光り、なだらかな丘がチョモランマになってしまった。
拓人さんの前に出る私。
「りっちゃん! 俺の後ろにいて!」
「アレの狙いは拓人さんだから、私が戦う。拓人さんは黙ってて」
ふんすと気合を入れる私に、拓人さんは小さくため息を吐いて後ろに下がってくれた。
真っ赤な唇を舌で舐めてニヤリと笑う乳女は、到底女神とは思えない。まるで悪魔のようだ。
「封じられたと見せかけて、聖女に案内させたのは正解でしたね」
異世界の女神があらわれた!
たたかう
にげる
どうぐ
ためる←
「な、なんですか? その妙な構えは」
「ためています」
「ため……?」
「この後、深く腰を落として、まっすぐに拳を突き出します」
「え? この女は、いったい何を言っているのです?」
ちっ、このネタが分からないなんて……。拓人さんなら「ひらりと身をかわした!」とかノリノリでやってくれるのに……。
異世界の女神のくせに、ドラ◯エネタについてこないとは、さては雑魚だな?
やれやれと構えをといた私は、静かな口調で問いかける。
「それで? あなたは何の用で?」
「タクト様に聞きたいことがあります」
「聞きたいこと? それだけなのに、なぜあちこちで騒ぎを起こしていたの?」
「知りません! タクト様に会おうとしても、なぜか元の世界に戻ってしまうのですから!」
え? 元の世界に戻される?
精霊たちがやっているのって、目くらましとか、そういう系かと思っていたけど……。
涙目で訴える乳女神。どうしたもんかと途方にくれていると、いつの間にいたのかポケットから黒い物体がもぞもぞ出てきた。
『のろい、がえし』
「呪い返し? てゆか、黒ちゃんが昼間に起きてるなんて珍しいね」
『おこされた』
誰に起こされたのかを言わないってことは、たぶん拓人さんだろう。
闇の精霊、黒ちゃんは夜型?なのに、こちらの都合で起こしているようだ。申し訳ない気持ちになる。
「闇の精霊様!? なぜタクト様ではなく、こんな小汚い女に高位の精霊様がついているのですか!?」
「小汚いのは毎日お風呂入っていない、あなたのほうでしょ?」
「ふぐぅっ」
おお、もしやこれが不遇というやつでは。
拓人さんから「異世界で風呂がなくて、なんかいつも臭かった」って言ってたからね。ほんと、清潔でお風呂大好き日本人に対して失礼な乳女だよ。
ところで『高位の精霊様』とやらに聞きたいのだけど。
「黒ちゃん、その呪い返しって何? 何が起こるの?」
『たいしたものではない。あいてから、やられそうになったことを、かえすだけだ』
「拓人さんが、やられそうになったこと?」
『そうだ』
「そこの女が異世界に戻されたってことは、それを拓人さんがされそうになったってこと?」
『そうだ』
へぇ、なるほど。そういうことか。
滅多なことでは怒らない私だけど、さすがにこれを流すことはできない。
深呼吸をする。
怒りに任せて言葉を発しても、それでは相手に軽いダメージしか与えることができない。
本当に相手を「ぶちのめしたい」のならば、まずは冷静になることだ。
そうしたら分かるのよ。
相手の弱点が。
『おお、くわばら』
なぜか震えながら胸ポケットに戻る黒ちゃん。でも外が気になるのか、こっそりポケットから覗いている。
さてと。やりますか。
気を取り直して彼女を見ると、バインバイン揺らして私を睨んでくる。
「精霊を出さずに戦おうとするとは、なかなか勇気のある娘ですね」
「戦う? そんなことする必要はないですよ」
「……どういうことでしょう」
「だって、負けが確定している人を攻撃するとか、私、そんなに鬼畜じゃないですし」
「ずいぶんと好き勝手に言ってくれますね。女神である私を侮って、後悔しないように……しなさい!」
言い終わると同時に飛び出してきた彼女は、鋭い蹴りを放つ!
と、同時に。
なぜか落ちていたバナナの皮を軸足で踏みつけてしまい、私を蹴ろうとした足はコンクリートに叩き込まれる!
「ふぐぅっ」
「なんと本日2回目の不遇」
『あなおそろし』
いくら異世界で体術を極めた聖女であっても、現代日本の誇る建築物と戦うのは無謀だろう。
「ふぐぐぐぐぅっ」
「呪い返しのことを知ったのに、まだやろうとするの? 馬鹿なの?」
「う、うるさいっ! まだ、負けていないっ!」
「だからさ、あなたは負けてるんですってば」
「どこがっ、負けてっ、ふぐぅっ」
『ふぐぅ、おおやすうり』
打ちつけた足を抱え、涙目で反論するバイン聖女。こんなにされても、まだ負けを認めないとか……いいかげん怒るよりも呆れてしまう。
「だって拓人さんは私のことしか好きじゃないし、愛さないから」
「英雄たるものっ、尊い存在である彼はっ、多くの女をっ、私のような女神を娶るべきですっ」
「だからさ! そこなんですよ!」
お行儀が悪いけど、彼女に向かって指をさす。
声を大にして言いたい。
「何を勘違いしてるのか知らないけど、拓人さんは英雄だから尊いんじゃない! 拓人さんは、拓人さんだから尊いんだ!」
「は? 何を言って……」
「拓人さんの尊さを分からないなんて、女神失格! いや、そもそも人の中に入って好き勝手するとか、ほんと信じられない! 最低! 神罰よ、くだれ!」
「な、なにを……ええええっ!?」
驚いた。自分で神罰よくだれーとか言っておきながら驚いた。
急に何もない空間に傷みたいなのができて、そこから真っ白い大きな手が乳女の頭を鷲掴みする。
そのままずるりと「抜かれた」聖女の体は、チョモランマが小さな丘へと戻っていった。
ぐーっとお腹が鳴る。
気がつけば、夕飯の時間はとっくに過ぎている。むしろ寝る時間だ。
「りっちゃん、帰ってご飯食べようか」
「うん」
「かっこよかった。好きだよ、りっちゃん」
「私だって、拓人さん大好きだよ。タクトダイスキーって改名したいくらいだよ」
「俺もリカアイシテルコフになるよ。でも、あまり危ないことはしないでね」
「そう言いながら、ずっと守ってくれていたくせに」
黒ちゃんだけじゃない。たぶん、全部の精霊たちを連れてきてた拓人さん。
なんで分かるのかって、ポケットがパンパンだし、これは一目瞭然ってやつでしょ。
その日。
とある会社の屋上で不自然な雷や発光があったと騒ぎになった。しかし、日々の事件やニュースに埋もれ、自然と騒ぎは消えてゆくのだった。
あ、本物の聖女様は、お迎え(天国じゃなくて異世界から)の男性神官に介抱されて、無事に帰りましたとさ。
なんだか二人とも頬を染めていたよ。
よかったね。聖女様に幸あれ。
お読みいただき、ありがとうございます。