本当の貴女は?
さて、どうしてくれようかと戦闘態勢になっていた私。
とりあえずは仕事に行くため、家を出ようとしたところで捕獲されてしまう。
「え、ちょっと、仕事に行かないとなんですけど!」
「……」
無言のまま腕を掴まれ、そのまま引きずり込まれる。
「ねぇ、ちょっと、遅刻しちゃう!」
「……」
ちくしょう。悔しいけど敵は強い。
腕を引っ張られるままに、私は入ることにした。
……自分の家にね!
「もう。拓人さんは心配しすぎだよ」
「でも外にはあの『恐怖ホルスタイン痴女』がいるんだよ? 危ないよ?」
「そんな、ホニャラライダーの敵じゃあるまいし」
仕事を休むわけにはいかない。今日は抜けられない会議があるのだ。
それに、拓人さんが精霊を持たせてくれているし、心配することなんて何もない……と、思うのよ?
結局、拓人さんを「涙でうるうるの上目遣い」で容赦なく撃沈させた私は、意気揚々と会社へ向かった。
「変質者だって? 最近は物騒だよな」
「怖いですよねー」
そこまで遅れてはいないが、出社時間ギリギリだった私は、席につくなり営業の江田さんに声をかけられる。
彼とは色々あった……わけではないけれど、現状「会社で仲の良い人」くらいの立ち位置になっているらしい。
寝たら忘れるタイプなんだと涙目で言われたけれど、うん、まぁ、モテモテの彼なら心配する必要はないだろう。強く生きろ。
「でも、痴漢は聞くけど、痴女って珍しいよな」
「痴女だったんですか?」
「SNSで拡散されてたぞ。薄い布一枚で電車に乗ってきた痴女がいて、駅員に通報したってやつ」
「へー」
スマホを操作し、検索をかけると出てきた。
画像では、顔を隠してあるけれど、なるほど確かに痴女だ。
「この乳、本物なのかな?」
「江田さん、それ、セクハラです」
「あ、ごめんごめん! 俺は小さい派だから! そういうんじゃないから!」
「江田さん、その情報は不要です」
「アアッ! 俺のバカ!」
江田さん弄りは、ほどほどにするとして。
心あたりがありすぎる痴女の正体。私に解決する力はないけれど、通勤電車で出没するとは……。
「ご飯とか泊まる場所とか、どうしてるのかしら?」
拓人さんは「心配無用!」なんて言ってるけど、同じ女性として色々気になるところではある。
「野崎さんって、犯罪者にも優しいんだね」
「褒めても何も出ないですよ。むしろ旦那が出てきますよ」
「ごめんなさい。ほんとごめんなさい」
飲み会の時に、拓人さんから何かされたわけでもないだろうに、ぶるぶる体を震わせて怯える江田さん。なんでだろ? まぁいいけどね。
仕事が終わり会社の外に出ると、思っていた通りの人が目の前に現れる。
「驚かない……とは、さすがは勇者の妻、というところか」
「朝の騒ぎがあるんだから、これは予想していたし」
「ふふ、頭のいいりっちゃんは、大好きだよ」
「負けないよ。私だって拓人さんのこと、大大大好きなんだから」
鍛えぬかれた筋肉を持つ拓人さんの、しっかりとお育ちになった大胸筋様に飛びつく私。
ブレない体幹を持っているからか、ふんわりと私を受け止めた彼は「熱い口づけ」を与えてくれる。
もしやこれは、ご褒美ですね!?
「違うよ。これは、お仕置き」
「ええ!? なんで!?」
「痴女がいると分かっていて、会社に行ったでしょう?」
「でも、でもそれは、お仕事だから……」
「違うでしょ? りっちゃんは、この世で唯一無二の存在なんだから」
抱きついてきた私をそのままに、しっかりと筋肉のついた上腕二頭筋でベアハッグする拓人さん。このままでは、脳内レフェリーにカウントされてしまう。
「りっちゃんのお仕事も大事だけれど、それよりも大事な『俺の奥さん』っていう、大きな仕事があるはずでしょ?」
出たよ。
拓人さんの「私にだけ発動する甘々な理論」が。
「りっちゃん?」
「はい。その通りです。ごめんなさい」
「よろしい」
拓人さんの言うことはもっともだ。
有給休暇はたくさん余っているし、抜けられない会議だって「私ひとりの穴」くらいは、何とかなるだろう。
でもさ、お仕事って、そういうものじゃないでしょ?
「自分の仕事は、自分で責任をもってやりたかったの」
「ごめん、そうだよね。りっちゃんは責任感が強いもんね」
「でも、状況は状況だから、心配かけてごめんなさい」
「いいよ。俺はりっちゃんの幸せのために生きているのだから」
「拓人さん……」
「りっちゃん……」
「あのそろそろ、私のことを見ていただいてもよろしいですか?」
「拓人さん……」
「りっちゃん……」
「あの、いい加減、こっちを見てくださいますか?」
無視されても、なお食いついてくる彼女に対して、私はようやく目を向けることができた。
いや、拓人さんが彼女のことを「認識」したというのが、正しいのかもしれない。
自信満々に大きな胸を揺らしていた聖女?は、すっかりおとなしくなっていた。
そして、拓人さんと私の前で土下座した彼女は、何度も私たちに向けて謝っている。
「大変! 申し訳ございません! 聖女ならぬ性女につきましては、厳重に処罰させますので!!」
処罰させるって、自分のことなのに?
首をかしげていれば、拓人さんが説明してくれる。ありがたい。
「そもそも聖女っていうのは、あの世界の女神を自身に降臨させる役目がある。あの世界で俺が見た聖女は、すごく、すごく、イタイ女だった」
「今ここにいる人は?」
「さっきまで女神の気配があったけど、今は消えているみたい」
薄衣一枚の姿を恥じるように、聖女?だった女性はそっと植木に体を隠すのだった。
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