つまり愛しあっているということ
「野崎さん、今日は調子よさそうだね」
「はい、今日は薬を飲んでいるんですよ。江田さんは大丈夫ですか?」
「俺も薬飲んでいるけど、眠くてつらいわー」
「花粉症は辛いですよねー」
営業部の江田さんがグッタリとしているのを見て、風の精霊ちゃんに花粉を除去してもらっている私は申し訳ない気持ちになる。
旦那様の能力は「身内」専用らしい。私はともかく、江田さんは身内じゃないから無理だろうなぁ。
「そうだ、今日は部内で飲み会があるんだけど、野崎さんも参加するでしょ?」
「え? 飲み会?」
「メール送ったでしょ? 参加人数に入れてたよ?」
「だって、営業部の飲み会メールだったじゃない。私は関係ないと思って中まで見てなかったよ」
「えーっ!?」
何言ってんだこの花粉症野郎って思ったけど、花粉症なのは私も同じ。パソコンの横でうごうごしている、ポータブル空気清浄機な緑の小鳥ちゃんを撫でてあげる。
『ピー?』
ちなみに会社で精霊が見えるのは私しかいない。キーボードの横でピーピーみぃーみぃー鳴いていても、誰も気にしなかったりするのだ。
つまり! 会社でも! モフモフし放題なのである!(ばばーん!)
『ピー……』
『みぃー……』
うん。ごめん。ちょっと荒ぶりすぎた。
「じゃあ、野崎さん今夜はよろしくね!」
「ちょっと! 私は参加するって言ってないんですけどー!」
爽やかに白い歯を見せた笑顔の江田さんは、私のブーイングからさっさと逃げてしまう。ちくしょう。
確かに私は営業ではないけれど、商品を企画するチームと売り込むチームの連携は重要だ。ここは飲み会に参加せざるを得ないだろう。
「拓人さんにメールしておかなきゃ。はぁ、急な飲み会って嫌だなぁ」
ストトトとメールを打つ私は、何度もため息を吐くのだった。
チェーン店の居酒屋で生ビールをちびちび飲む私は、隙あらば帰ろうとしている。
それでも、なぜか営業部の若い衆が私を取り囲み、立ち上がるたびに「トイレっすか!」とか「飲み物おかわりっすか!」とか阻止してきやがる。
「ごめん、待った?」
「いや待ってないし。もう帰るし」
やたら白い歯を光らせて隣に座ってきた江田さんに、私は思いきり不機嫌な表情で返す。
飲み終わったビールのジョッキをテーブルにでんっと置くと、今度こそ私はカバンを手に持って立ち上がる。
「え? え? もう帰るの?」
「当たり前でしょ。愛しい旦那様が待っているんだから」
「……へ?」
なぜか間抜けな顔で固まる江田さん。
なんなの? 聞こえなかったの?
「旦那様が待ってるのよ。今日は遅くなる予定じゃなかったから、煮込みハンバーグ作ってくれているし、絶対食べたいし」
「野崎さん、結婚してたの?」
「え? そこから?」
キョトンとした顔の江田さんは営業部のエースだ。
うちの部でも、若い女の子が江田さんの一挙手一投足に黄色い声をあげているし、将来有望な男性としてモテモテだったりする。
そんな彼とのやり取りで、さすがの私も気づくよね。
『ピピッ』
『みぃっ』
私が口を開く前に、ポケットに入れていた精霊たちが飛び出した。
この子たちが私の命令なく飛び出す理由は……。
「りっちゃん、迎えに来たよ」
「拓人さん!!」
背後から腰に響くバリトンボイス。
辛うじて気を失わないように気合いを入れつつ、溶けていく顔を引き締めて振り返れば、目に入るのは愛しい愛しい拓人さんだ。
やばい。これはレアなやつだ。
普段の拓人さんは、家から出ることがほとんどない。むしろ外に出るのを嫌っている。
それなのに、急な飲み会だとメールした私を心配したのか、こんな人通りの多い繁華街まで出てきてくれるとか、もう、ほんと……ほんと……どうしてくれよう。
数人いた女性社員たちも、拓人さんのイケメンオーラ(ソフトマッチョな筋肉美)にメロメロになっているけど、私のものです。見ないでください。見たら減るので。
ああ! 他のお客さんたちも見てる!
もう、拓人さんの素晴らしさに見惚れるのは分かるけど、私のだからね! あげないからね!
「迎えに来たよ。りっちゃん」
「拓人さぁん……もう好きぃ……結婚してぇ……」
「俺もりっちゃんが大好き。愛してるよ、結婚しよう」
もう結婚しているけど、プロポーズは何回でもやっちゃう。
だって、何度でも結婚したいくらい拓人さんのことが好きだから。
抱きしめあう私たち。
江田さんと愉快な仲間たち(営業部の人たち)が遠い目をしている中、周りを気にすることなく私たちはお互いの愛を確かめあう。えへへ。
「江田、今日は飲もうか。朝まで付き合うよ」
「あざす……うう……」
ラブラブな私たちのあずかり知らぬところで、江田さんは営業部の皆さんと朝まで飲んでいたそうな。
「もう、ちゃんと結婚してるって、総務にも言ってるのにぃ」
「大丈夫だよ。俺は何度でも結婚してって、りっちゃんにプロポーズするから」
「拓人さぁん! 大好きぃ!」
「俺も、大好きだよ」
抱きつく私を、微動だにせず受け止めてくれる拓人さん。はぅ、素敵。
嬉しくて萌えて悶えていた私は、不意にしゅんと落ち込む。
「ごめんね、拓人さん。私が指輪とかアクセサリーつけるの苦手だから……」
「そんなの無くたって、俺たちの愛はブレないだろ?」
指輪も何もつけていない私の左手を、愛おしそうに撫でてくれる拓人さん。
やさしい彼の左手には、銀色に光るリングがふたつある。
もう、ほんと、拓人さん尊い。大好きだよ。
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