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終わりの夜明


 挿し絵があります。

 苦手な方はご注意を。




「ねぇねぇ、なんでこちらの大陸って言ってるの?」

「うんうん、なんで『魔人』の大陸って言わないの?」


 ウルティナ=()()()・コロン=ルーフスという紅の片割れに、双子で鏡合わせの長は問いかけた。


 [統一最強決定戦(ディナトティシム)]に出るために最初に訪れた集落に帰ってきてから、ずっと紅色で七宝柄の形をしたイヤリングをいじってばかりいる紅のもう片割れ、セクリア=()()()・コロン=ルーフスもちらりと視線を上げて呟いた。

「……俺、も……気になっ、てた。……意味は、……伝わっ、てたか、ら……何、も……言ってな、かった……けど」


 最終試練に合格したことは、イヤリングを見せるまでもなく長たちは理解していた。

 どうやら神様とやらからのお告げとして最終試練が終わった直後頃に伝えられていたようだ。


 だからこそ、ウルティナはすぐさま話し合いに入ることができた。

 セクリアの生まれ故郷で双子の長ゲミニードス・へメディとゲミニーグス・へメディ、双子の積年のライバルである長ハオーラド・シーラの三人が待っていたこともある。

 ちなみに南地区もう一人の長もお告げがあったため、そう遠くないうちに顔を見せるのではないか、とへメディ双子は言っていた。


 ウルティナが自らの過去について話し、計画の最後への協力をお願いし、三人は想像していたよりも乗り気で答えてくれた。

 そして今、演出について話し合っている。



 こちらの大陸、という呼称をしていた理由をウルティナは考えてみる。


 今でこそ普通に使っているが、『こちらの大陸』と初めて言ったのは、果たしていつだったか。

 計画のことを決め始めた当初は、普通に『魔人の大陸』と呼んでいた。

 どこで変わったのだろう? 記憶の糸を手繰り寄せていくと、あっとウルティナは声を洩らした。

「魔人についての授業があってから、ですわ」


 ――魔人は、魔に狂い人間とは異なる姿に変貌した人々のこと。愚かにも魔の力を求めすぎた故の成れ果て。


 魔人の出で立ちは人間と異なる。

 凶暴な印のツノが頭に生えていて、人間たちからはそれを醜いものだと言われていた。

 また、魔の力――魔力を人間よりも多く有していることから、平均的に寿命が短いことも、人の身に余る力を求めすぎた憐れな事実でもある、と。


 授業を担当していた先生の声音には当たり前のように見下し馬鹿にした響きを声に含んでいて、だからウルティナは決めたのだ。

 自分はそんな見下しの言葉であるかもしれない魔人という名称は使わない、と。



 ウルティナからの説明を受けた四人は、皆一様にほへぇと首を傾げていた。


「……なんか、人間……って、傲慢……なん、だね」


「むーむー、ぼくらの強さに嫉妬しているのかな」

「ほーほー、うちらの魔力って、人間よりもあるもんね」


「ぁあッ? んで強いからって見下すんだぁッ?」


 セクリアたちの反応を見て、ウルティナは目をパチクリとさせてしまう。

「皆さん、魔人と呼ばれることに忌避はないんですの?」


「えーえー、だってこのツノも生まれつきの魔力が高くなきゃ生えてないんだよ?」

「そーそー、うちらはあくまで強い者に敬意を払うからさ」


「ねーねー、魔力が高くて魔人って呼ばれてるなら、忌避なんかよりすごいだろーって胸張っちゃう」

「うんうん、うちら強いだろぉ、っていう誇りでもあるかも」


 そっか、と理解する。

 魔人は強さ至上主義。本人たちにどう思っているかも聞かずに勝手な想像をしていたのは自分の方だった。


「……それ、で」

 セクリアが話を戻そうと声を上げる。

「……最後、の、言葉……に、ついて、話してた……んだ、よね」


 これに反応したのは、脳筋バカことハオーラドだった。


「魔人の王様だろッ? んなら、ウルティナぁたちの任の名前、そのまま言っちまえばいいんじゃねぇのッ?」


 魔人は、誇りの言葉。


 ウルティナは、セクリアと共に、今は魔人たちを統べる者。


「――そうですわね」

 これから巻き起こす景色を思い描き、獰猛な笑みを浮かべ。



「決め台詞はそれでいきましょう!」






 ☆☆☆






 前世、ウルティナはそれなりに稼いでいた家に生まれた。


 けれどもできすぎる兄に、全ての場所における立場を奪われていた。


 『努力できる』ことが天から授かった天賦の才であると、自らの耳をぎゅっと閉ざして世界から逃げていた自分を正当化していた。

 けれど努力は、なりたい姿になるために行う手段でしかないのだと、ようやく気がつくことができた。


 その証拠に、今思い返してみれば、前世のウルティナも努力によって多少は認められていたのだから。


「結局は世界が怖くて自分の殻に籠っていただけなのだから。本当に、人生というものは、皮肉なものですわ」


 兄からの視線は、決して前世のウルティナのことを見下していたからではなかった。


 しかも兄は自らの身を挺してでも守ろうとしてくれたのだ。

 たかが一高校生の身体では突っ込んできたトラックを止めることはできなかったものの、兄の行動はウルティナが目を逸らし続けていた事実の一つでもあった。


 けれど、と深呼吸をする。

 兄を含めた全ての過去を、今日、行動をもって乗り越えるのだ。


 隣で、彼女が作った人形にしてずっとそばにいてくれたフィーディーがふよふよと浮いている。

 最終試練を終えて現実世界に戻ってきたとき、フィーディーは真っ先におめでとうと言ってくれた。

 なんだか面持ちが変わったね、とも。


 心配されていたんだ、とはすぐにわかった。

 素直に「ありがとう」と言えたのは、きっと、昔ではできなかった行動だ。



 呼吸を落ち着かせて魔力察知で辺りを探ると、ウルティナたちのいる橋の反対側に何人かが近づいてくるのがわかった。

 一人はクリアン――ウルティナの義妹。他に、魔力の高さから考えても、よりすぐりであろう兵士が何人か。


 そして。


 もうまもなく、『人間』の大陸側の端に到着する――、来た。



 雲が切れてウルティナの背後の、沈みつつある満月に照らし出されたのは、第二王子であり勇者でもある少年、オディウム=グラビス・レーグルス=ヴィークトゥース。

 ピンと胸を張り、しっかりとした足取りで立ち止まる。


 ウルティナはその様子を、真正面から見つめていた。



 はきはきした言葉を風魔法に乗せ、勇者は語り始める。


「私はオディウム=グラビス・レーグルス=ヴィークトゥース。勇者として、世界平和のため、貴様の首を頂戴しに参りました」


 オディウムの瞳の奥に輝く煌めきは、やはり前世の兄を連想させるものを秘めていた。


「神より授かったグラビスの名に恥じぬよう、魔に狂いし魔人の王たる貴様の凶行を見事止めてみせましょう」


 ゲームのなかの言葉と同じだ、とウルティナは唾を呑みこむ。

 やはり兄はゲームの道順に沿っている。ゲーム内では、あと二つの言葉で戦闘が始まっていた。


 計画の最終段階を実行に移すまで、間も無い。

 緊張で心臓が弾け飛びそうになる。


「もしも貴様がなにもせず投降するというならば、私は慈悲として苦しませずに殺しましょう。さぁ、いかがいたしますか?」


 ゲームのなかでは、ここで勇者の言葉に反論するセリフがあった。

 けれどウルティナはなにも言わずに、まだ陽の昇らない闇のなかにたたずんだまま。


 だからきっと、勇者はゲームになかった展開に訝しがるような言動をするだろう。


「……答えてくださらないのですか?」


 ここでようやく、勇者のセリフがゲームのそれと外れる。


「怒りで声を出すことができないんじゃないんですか?」

 クリアンが勇者に告げた。


 大丈夫。

 計画通り。


「成程。では、その怒りに応え、貴様の首を頂戴してみせましょうッ」


 勇者が腰に下げた片手剣を抜刀する。

 踏みこもうと足が地面に擦れたことを魔力察知で確認した直後。



 ウルティナは、キッと前を向き。

 その一声を、高らかに響かせる。


「お待ちなさい」


 勇者の踏みこみが止まった。

 小さく頷いたウルティナの合図で、二大集落の長たちが魔法を発動させた。


 ぶわりと、ウルティナの身体が浮き上がる。

 へメディ双子の風属性魔法を応用させ、橋の中央辺りまで移動した。

 沈みつつある満月が勇者の、オディウムの顔を照らしている。


 [展開]の言葉と共に振るわれた[紅之指揮棒(ルーフス=リネア)]。

 カッと紅色の光が辺りを満たす。



 『自分らしい』自分で、過去に縛られた世界を変えるんだ。



「お久しぶりですわね、第二王子で今は勇者のオディウム殿下?」


 深呼吸を挟んで、オディウムの瞳と真正面から向き合って。


 ウルティナは、告白した。



「いいえ、()()()。久しぶり」



 前世の兄の顔が、驚愕と疑念の色に染まる。

「にい、さん……?」


「私のこと、覚えておりまして? 前世では山谷亜香里の名前を持っていた、妹のことを」


「亜香里――貴女が、亜香里……」


 次第にオディウムの表情が柔らかいものに変化していく。


 ああ、覚えてくれていた。

 だって兄さんはいつも今みたいな優しい顔をして、前世の自分に話しかけてくれていたから。



 よかった。

 覚えてくれたなら、今の想い、全部伝えられる。



「あのね、兄さん。私、前世で兄さんと一緒に死んでしまいましたの。

 事故でしたわよね。今でも鮮明に覚えておりますわ」



 ウルティナを囲むように炎が舞う。

 ハオーラドの火属性魔法による、演出だ。



「私、兄さんに伝えたいことがたくさんありますの。前世では自分可愛さに、世界のことをなにも知ろうとしなかったから、今ここで言わせてくださいな」



 風魔法に声を乗せる。

 朝焼けのなかで、世界のど真ん中で、澄んだ想いを形にする。 



「ありがとう、兄さん。私のことを見棄てないでいてくれて。気にかけてくれて。でき損ないの妹だったのに、最後の最後で庇ってくれて、ありがとう。

 ずっと兄さんの優しさを想いをはねのけ続けたのに、笑いかけてくれて、ありがとう」



 沈んでいく満月と、昇ってくる太陽。

 炎を纏って、風にたなびかせて、ウルティナは泣き笑う。



「ごめんなさい、兄さん。自分ばかりを気にかけて兄さんのことを知ろうとしなくて、ごめんなさい。

 兄さんも生きていたのに、人として感情を持っているのに、全部無下に踏みつけて、ごめんなさい」


 前世で逃げていた心を全て吐き出す。


 大丈夫、大丈夫だから。

 頑張れば全部叶うなんて言葉は嘘かもしれないけど、頑張れば誰かが見ている。

 一人で生きているつもりだったのに、そんなことはなかったんだ。


 だから、今は、伝える。


 軽蔑されても赦されなかったとしても、嘘を絢爛(けんらん)に彩るよりかはずっとずっと未来に繋がると、わかったから。


「ずっとごめんなさい、兄さん。

 ――そしてありがとう、ですの」




「……良かった」


 やがてオディウムは、震えた声を吐き出した。


「貴女が生きていて、本当に良かったです。貴女にもう一度会えただけで、私は幸せですよ」


 兄の優しさが、心にしみる。


 兄さん、とウルティナは呼びかける。


「前世でずっと見守ってくれていた兄さんに、私の成長した姿を見てほしいんですの。……よろしい、かしら……?」


 ぱちくりと目を瞬かせたオディウムが、喜色満面で首を縦に振った。


 それをしっかりと見たウルティナは、最後の締めの言葉を今一度脳内で反芻させてから、自分らしく、猛々しく、笑顔を見せる。



「私、落ちこぼれだなんだで断罪されましたの。

 義妹のクリアンのおかげで屋敷に戻り多少ものを持ち出せたとはいえ、正直身一つ、と表現しても過言ではないと思いますわ」



 始まりの断罪。

 本格的に計画が始動した、一歩目。



「ですけれど私、実は学園では力を隠しておりましたの。

 ハズレの[勲章]なんていう不利な条件もありましたし、こっそりと能力の底上げをすることは辛いところをありましたけれど、一人で魔人の大陸東部にある森を私と私の作った人形とで闊歩できるくらいには、私、強いんですから」


 クリアンには見つかっていたが、少なくとも第二王子には隠し通すことができていた。


「それから幸運にも相棒ができ、途中師匠とも出逢いましたわ」


 セクリアとアルトゥ。

 今ではどちらも、ウルティナのにとっては大事な魔人と魔物だ。


「大陸南部と西部で執り行われた[統一最強決定戦(ディナトティシム)]、この大陸での最強を決める大会でも、見事優勝しましたの」


 力も地位も、仲間たちと力を合わせて掴み取った本物で。


「兄さんの受けた勇者の最終試練と同じ難易度の試練、私達の最終試練も、きちんと合格してみせましてよ」


 ゲームの世界と極似した世界観のなか、悪役令嬢として生まれたウルティナは一人の人間として、様々な感情を抱えながらも必死にここまで登りつめてきた。


「ねぇ、兄さん。私にだって、頑張ればここまでできますのよ」


 だから最後は、この言葉で締める。


「以前第二王子として、将来()家に名を連ねることがふさわしくないと仰られましたわね。――でしたら私は、こう返してみせますわ」



 朝日がカッとウルティナの全身を灯りに変える。

 過去に縛られるの(よる)はもう、終わりにしよう。



 そしてウルティナは口元に手を当て、極めて悪役令嬢らしく、けれどもウルティナの想いを多分に織り交ぜて、言い放った。



挿絵(By みてみん)








「――悪役令嬢が魔王になってはいけませんのッ!?」




【完】



 ここまでお読みいただき、本当にありがとうございました!


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