57.想いがこぼれて……
《前回のあらすじ》
クリアンからの必死な想いをぶつけられ、ウルティナはついに自分の心を吐露してしまう。
ぎゅっと、ウルティナは目の前の布を握りしめる。
普段着が涙で濡れるのを、クリアンは何も言わずにいてくれた。
「今世こそ、今世こそ頑張ろうと思ったんですの。前世は努力することを諦めてしまったから、だから、今世だけは、自分の信念を曲げずに努力し続けよう、って」
辛いことを承知で断罪されたし、相棒となったセクリアが折れそうなときもしっかりと成すべきことは成してきたつもりだ。
全て、計画の末にある復讐を成し遂げるために。
あの男を見返すために。
「ですのに、アルトゥと戦っているときに、私の力不足で、クリアンかセクリアかが死んでしまう可能性が出てきて。今さら、多くの人に迷惑をかけていることに真正面から思い知らされて。
私の計画は、たしかに身勝手なものだとわかってしまいましたの」
前世で復讐ものの物語は目にしたことがある。
だから知っていたはずなのだ。復讐は自分を傷つけた誰かを傷つける行為なのだと。
その上で他の人も傷つけているかもしれないとわかったら、もう、計画そのものがダメなものである気がした。
「今世で掲げていた計画すらダメなものでした。そして目の前に広がっているのは、仲間と義妹が死んでしまうかもしれない情景。
だったらどうすれば良いかなんて、明確じゃあ、ありませんこと?」
どうせここは仮想世界。
[紅の契約]によってウルティナが死んだところで、セクリアが死ぬこともない。
二人に怖い思いをしてほしくなかった。
だから身代わりになった。
「……俺は、ともかく、……なんで、クリアン、まで……?」
セクリアが静かな声で尋ねる。
「私よりも彼女の方が前線では強いだろうことはわかっておりましたの。だから、補助から近接へ向かわせることも考えましたの。
けれど彼女を投入したところでもしアルトゥには勝てなかったら?」
「むぅ、わたしのアピール不足が原因でしたか」
少しだけ顔を横に向けると、むくれたクリアンと目があった。
「ですけどお姉様、戦闘というものは多少のリスクを背負った上で行うものですよ?
わたしが力不足かも〜と考えてらっしゃる冷静さは凄いと思いますけど、リスクしかない選択肢を選ぶよりは勝ち目があったはずです」
リスクしかない、というのは、ウルティナの特攻のことを指しているのだろう。
「私にとっては、リスクなんて全くない行動でしたわ。どうせ現実では死なないのだし、一回死んだこともありますもの」
悲しく笑うウルティナを見て、またクリアンが頬を膨らませた。
「もぉ! お姉様、先ほど死ぬのは怖いことだって仰っていたじゃありませんか。お姉様自身が感じるマイナスの感情も、リスクの一つなんですよ!」
真剣な瞳で見つめられ、思わず視線をそらしてしまう。
クリアンがウルティナを恨んでいないことは、さすがにわかっていた。だから今のは、そんなの嘘だと思ってそらしたわけじゃない。
この視線を、ウルティナは感じたことがあった。
そうそれは、生まれ変わるよりもずっと前から向けられていたものと同じ強さ同じ輝きを持っている。
――兄のだ、と気がつくのに、時間はいらなかった。
唐突に今まで以上の真っ青な顔を見せたウルティナに、クリアンが目を瞬かせる。
「ま、まだ気分が優れてらっしゃらなかったんですか!?」
セクリアも、立ち上がって、だがウルティナの頭のなかはそれどころじゃなかった。
兄が、今のクリアンと同じ視線を送ってきていた。
ただの勘違い?
いや、ずっと浴びせられ続けたものだから、間違えるはずがない。
当時はどうせ兄も心配していると口頭では言っていながらも心の内では見下しているものだと思っていた。
思い込んでいた。
なんでもできる兄に本気で心配されていると理解するのは、あまりに屈辱に感じられたから。兄も含めた世界全てを敵に回して、世界のせいで自分はできないのだと考えて逃げた方が楽だったのだ。
でも、今、気づいてしまった。
兄の視線がクリアンのものと同じであることに。
クリアンの自分に対する気持ちは、あれだけ言われればウルティナも納得せざるを得ない。もし試練で偽物のクリアンが作られていたとしても、今目の前にいる彼女の視線は本物だ。
兄は自分を本気で心配していた。
気にかけてくれていた。
なのに、見下しているのだと思いこんだ。
さらに、復讐をも試みた。
今世では第二王子に転生した、兄に。
悪役令嬢だと見下して断罪した人間が、こっちの土地で成り上がって、お前より強くなれるんだと見返したかった。
ついでにウルティナが前世で見下し続けた妹だと気がついたらいい、とも思っていた。
そうすれば、今度は兄に見下される者が感じる屈辱を与えられると考えて。
クリアンがウルティナを恨んでいるかもしれない、と考えるのはあくまでウルティナの心が傷つくだけ。
兄に見下されていたのだろうと思いこむのも、同じく自分が辛いだけ。
本当に見下されていて、だから見下し返すのも、やっていること自体はマイナスだが一応差し引きゼロだと考えれる。
じゃあ、本当は見下してもないのに、兄を勝手に見下すのは?
ここでようやくウルティナは、自分の過ちに気づく。
セクリアと[紅の契約]を結ぶ前に自分が言った、相手を知ろうともせずに勝手に思い上がっての発言は一番嫌いだということ。
ウルティナは兄の本当の想いを尋ねてみようともせずに、あまつさえ勝手に思い上がっての発言だけでなく行動までしてきたのではないか?
計画は、ダメなものという範疇には収まらない、いけないことだった。
他人を傷つけることしか取り柄のない、悪魔の所業だった。
「私、やっぱり生きる価値のない人ですのね」
呆然と洩れた言葉に、いくら呼びかけても反応しないウルティナをどうしようかと悩んでいた二人が息を呑む。
「お姉様! しっかりなさってください!」
「ウル、ティナっ!」
同時に肩を揺さぶられ、現実に意識が戻っては来たものの、ウルティナの頭は自らの過ちでいっぱいになりそうだった。正確には、いっぱいだった少しを現実を向けたから、またいっぱいになってしまいそうだった。
だがクリアンはその僅かに現実に向けられた意識を逃すことはしない。
さっき口にしたばかりだから。お姉様が独りで抱えこみどこかへ消えてしまうことは、もう嫌なのだと。
ウルティナから少し距離を取り、しっかりと目を合わせる。
「なにに怯えてらっしゃるのか、話してください。お姉様、お願いします。話すことで、実は簡単に解決できるとわかるかもしれません」
二人に視線を向けたウルティナに、セクリアはたたみかける。
「お、願いっ。話し、てっ」
ウルティナの頭をよぎったのは、話さなければきっとこの二人を精神的に傷つけるかもしれない、という先ほどの二人からの言葉を冷静に分析した結果。
どくりと、飛び出してきそうなほど強く心臓が脈打つ。
[紅の契約]を締結するかを決めるときと同じで、だけれどそれけじゃないと感じる。
話して嫌われるかもしれないことが、怖いんだ。
前世でも今世でも認められることがなかったから、ようやく認めてくれる二人が手のひらを返してどこかへ行ってしまうことが、怖いんだ。
でも傷つけてしまうこともまた、怖かった。
ふと、戦闘は多少のリスクを覚悟するものだというクリアンの言葉を思い出す。
今は戦闘とかではないけれど、どちらかをとらなきゃいけないなら。
話さなければ、絶対に二人は傷つく。
話したところで、嫌われない可能性は、ほんの少しかもしれないけど、ある。
リスクしかない選択肢は、選ばない。
「――私、大きな過ちをしでかしておりましたの」
ウルティナは、――話すことを選んだ。




