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愛しき貴女の為に

 前話の最後に二文、付け足しました(前話の前書きにも同じことを書きました)。



「オディウム殿下におたずねします。

 なぜわたしと婚約を結んだのでしょうか」


 勇者の最終試練を控えた前日のことでした。

 試練に向けた鍛練の休息時間に、私の自室へ来た聖女候補でもあり私の婚約者でもある彼女は真剣な眼差しでこちらを見ておりました。

 ここまで順調に進んできたのです。今さら計画を破綻させるわけにはいかないと、私は口を開きました。


「貴女のことを愛しているからですよ。聖女候補として、貧民街出身であるのにも関わらず王立学園でほぼ毎回次席を維持していた貴女の姿に、私は惚れてしまったのです」


 愛しの貴女へ再び会い見えるために私は今回の生を歩んでいます。そのためにならば、聖女候補の彼女を騙すことも是非ともこなしてみましょう。愛しの貴女以外を貴女と呼ぶことにも、耐えてみせましょう。

 このことで貴女に会ったときに罵られようと、貴女に二度と会えないことに比べれば遥かに楽なことであると思えます。


 ゲームのシナリオで、聖女候補は私の位置する存在に恋をしておりました。

 これまでは特に彼女から婚約に対する疑念が無かったが故に、彼女が私に恋をしているかどうかは言及してきませんでした。


 そうしておそらく、私の返答に対する彼女の疑惑の視線からみるに、彼女は私に恋などしていなさそうです。



 嘘をおっしゃらないでください、と。

 彼女は力強い瞳のままに言いました。


「あなたはわたしを愛してなんかいません。なにか他の理由で、わたしと婚約を結んだのでしょう?

 お姉様との婚約を破棄してまでわたしと婚約を結んだ理由、教えてくれませんか」



 ……ああ、なるほど。

 理由は定かではありませんが、聖女候補の彼女はお姉様のことを慕っておられるのでしょう。私が貴女に向ける感情とは多少異なるものの、他を慕う感情を無下にしては、貴女を無下にするのと同じです。

 仕方がありません。

 彼女が悪役令嬢のお姉様を慕うのであれば、ある程度は彼女のことも尊重すべきでしょう。私の想いがいつか彼女に蹴落とされそうになった時の理由付けにするためにも。


「分かりました、本当のことを話しましょう」


 私の言葉に、彼女はより一層耳を澄ましたようでした。



 曰く、私が前世の記憶を持つ人間であること。

 曰く、この世界は前世のゲームと極めて似た世界であること。


「私と悪役令嬢、貴女のお姉様の髪の色、そして貴女の今の行動はゲームと異なりますが。或いはもしかすると、悪役令嬢も私と同じ前世を持つ人間であるのかもしれませんね。

 もっとも、ゲーム内の悪役令嬢と行動が変わらなかったことから、ゲームのことを知っている可能性はほぼ無いと断定しても良いでしょうが」


 ここまでで質問はありますかと聞くと、彼女は怪訝そうな表情をしながらも問うてきました。


「……正直前世とか、あまり信じられませんけど、こんなところでこんな嘘ついてるなら、きっとそれなりの理由があるってことでしょうし。とりあえずは信じて進めます。


 それで、あなたはこの国の王になりたいのですか? その、ゲーム……たぶん、なにかしらの遊戯のなかの世界がこの世界と似てるってことですよね。

 えっと、だから、遊戯のシナリオ? があるのかはわかりませんけど、もしあるなら、シナリオに沿って行動することで、王になって、優雅な暮らしでもしたいんですか?」


「ええ、王になりたいということは事実です。ですが、優雅な生活を望んでいるわけではありません。

 あくまで王という地位は、私の目標における手段にすぎませんから」


 彼女は不思議そうな表情を浮かべました。

 貴女のことを語った方が、納得していただけるのかもしれませんね。


 どこか自慢話のようになってしまうかもしれませんが、貴女のことを話しましょうか。


「少し、私の前世の話をしましょう」

「……はい」


「かつて私の世界は、色を失いました。視覚的に障害を抱えていたという訳ではありませんが」

「精神的に病んでた、ってことですか?」

「まあ、合っていると言えるでしょう。

 ですが、色を失くした世界は、私の妹によって再び色付いたのです」


 貴女の姿を思い浮かべるだけで、今でも心が歓喜に震えます。

 ああ、早く会いたい。


「私は無念ながらにも、死んでしまいました。ええ、この場に前世の記憶を有しているのですから、そのことは容易に想像がつくとは思われますが。まぁ、恐らくは愛しき妹を守れ死ねたのですから、後悔ばかりが残っている訳ではありませんが。

 だからこそ、私は愛しの妹ともう一度会うために、世界を航る魔法を探しているのです。今まで可能な限り全ての資料に目を通してきましたが、私の[勲章]で使えるものなのかどうかすら、未だ判明しておりません。ならば王となり、せめてこの国の極秘に関わる資料だけでも見たいと望んだのです」


「……妹さんは、生きているんですか?」

「私が守ったのです。守ろうと努力をしたのならば、守れていて当然ですし、生きているに決まっているでしょう?


 さて、聖女候補である貴女と婚約を結んだ理由ですが。

 この国は原則、一番上の男子に王位継承権第一位を与えられます。私は第二位。そしてこの継承順位を覆すには、相当たる結果を残さなければなりません」

「つまり、習慣として今年執り行われる勇者の最終試練を通って勇者という地位を手にいれて、ついでに聖女になる可能性のあるわたしと婚約を結んで、王にふさわしいって示すつもりですか?」

「はい、その通りです。

 加えてシナリオの上では魔王も誕生するはずですので、魔王を討伐すれば、私が次期国王となることはほぼ間違いないでしょう」

「魔王、が……」


 ふと眉をひそめた聖女候補の彼女。

 未来の聖女として、世界の行く末を憂いているのでしょうか。


「何故私が貴女と婚約を結んだのか、理由はお分かり頂けましたか?」


 私が尋ねると、一度深く目蓋を閉ざした彼女は、ゆっくりと頷きました。


「――はい。

 わたしは、聖女になれば良いのですね」

「私の目的としては、そう決意して頂けるととても助かります」

「ええ。

 お姉様ともう一回、会いたいので」


 そう告げ開いた彼女の瞳は、今までに見たことが無い程に決意が籠っているように感じました。



「それでは、私は明日の試練に向けての鍛練に戻ります」

「じゃあ、わたしもそうします。話してくださり、ありがとうございました」


 一礼して私の部屋を出ていく彼女を見送り、私は今一度心を決めます。


 必ず勇者となり、貴女へ会いに行く術を見つけ出す、と。



 全ては、愛しき貴女の為に。



 今話最初の方の前日は、意図的にルビを抜いています。

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