49.答えを出して……
「ただいま戻りましたわ」
キィっ、と扉が開かれる。
途端に音量を大きくした地を打つ雨に、寝ていた部屋から移動していたセクリアは顔を上げた。
「……お帰、り……なさい」
息を吸い込んで、言葉を続ける。
「そ、れで……あの。……言、い……たい――」
「ねぇ、セクリア」
しかしそれは、どこか不気味な顔をしたウルティナに遮られてしまった。
「――…………な、に……?」
ツッ――と、フィーディーがウルティナから視線をそらしたのは、ただなんとなく、というだけではないだろう。
「[固有武装]、作りませんこと? 材料も揃えておりましたのに、ここ何日か忙しくって、忘れておりましたの」
ごめんなさいね。
朗らかに言う彼女の背後。
雨足はゆっくりと遠のきつつある。
それは、まるで。
彼女の笑みが崩れきるまでのカウントダウンを、しているかのようにも聞こえて。
困惑した表情を浮かべたセクリアは、もごもご口をつまらせていた。
「セクリア、あなたはどのようなものがいいかしら?
[統一最強決定戦]も延期しておりますし、今から始めれば南地区大会の決勝戦には間に合うかもしれませんわ。
……もちろん、身体を鈍らせない為にも、戦闘の方も欠かさず鍛練をしていくつもりですけれど」
南地区大会の決勝戦には間に合わなくとも、[統一最強決定戦]自体の決勝戦には間に合うと思いますの。
つらつらと、傍から見ればさも普通であるようにしてウルティナは告げる。
その歪さに息をつまらせたセクリアは、ただ一言。
「……ごめ、ん。……迷惑……かけ、て……」
元いた集落に戻ってからの不調を詫びることしかできなかった。
果たして、ウルティナから飛び出すのは、攻めの言葉か、あるいはいつもの彼女のように励ましの言葉か。
「こちらこそ、申し訳ありません」
身構えていたセクリアに、しかし予想は外れて。
「身勝手にセクリアのことを信じてしまって、申し訳ありません」
震えたのは、身体か。
それとも、心か。
自分が信じられていたことに、驚きを覚えて。
されど信じていたことを謝るというウルティナの言葉に、だけどと。
確かな答えを導きだしたセクリアは、自身を卑下する思考を折り曲げる。
――ウルティナさん、たぶんあのまま放っておいたら壊れかねないわ。
メディミィの真剣を宿した瞳を脳裏に浮かべて。
「……[固有、武装]……の、……話。……しよう?」
セクリアは、もう少しだけ。
ウルティナのことを。
守りたい居場所を、観察することにした。
今はまだ、下手なことを言ってしまう気がしたから。
誤解を生んでしまうかもしれないと、思ったから。
きちんとウルティナのことを知る。
彼女がいつかの夜にフィーディーと話していて、その話からセクリアは、自分がいらない人であると思い込んでしまった。
けれども、今。
ウルティナはセクリアのことを信じていたと、言った。
自分の思い込みは間違っていたと、証明された。
[紅の契約]第一項。
『必要最低限以上の嘘はつかない』
こんなところで嘘をつく必要性はないと、セクリアは心のなかで断じる。
……なぜ、ウルティナが信じていたことに対して謝ったのかは、わからない。
だからこそ、なぜかを、探ろう。
そのための観察。
観察してもわからなければ、他の人にも聞いてみる。
それでもわからないのならば、本人に直接問いただせばいい。
もっとも。
今問いただせないのは、単にセクリアが問うことを躊躇っているだけのことだが。
できることからやっていこう、と。
不安定な微笑みを浮かべるウルティナに近づきながら、心の底から考える。
ようやく前に進めている実感に肌を震わせながら。
セクリアは微笑んだ。
「……俺、は、……できる、だけ……軽い、の、が……いい」
これまで以上にウルティナに注意を向け、セクリアは自分の[固有武装]のことについての話を始める。
「軽めの、ですわね。袖の長さなど、いかがなさいます?」
ポシェットから小振りの手帳を取り出し、黒鉛の棒を構えた。
それから二、三時間程で、セクリアの[固有武装]の詳細を決定した二人。
今日のうちに採寸も済ませてしまいましょう、と。
ウルティナはポシェットから、今度はメジャーを取り出した。
「ではまず、上半身から測っていきますわ」
フィーディーの手を借りながら採寸を進めるウルティナに、セクリアはポツリと言葉をこぼす。
[固有武装]について話し合いをしながら、頭の片隅で絶えず考え続け。
これだけは言わなくてはならないと結論付けた言葉を。
「……ウルティナ」
南地区大会の、決勝戦のことなんだけど。
「なんですの?」
手を動かし続けながら、ウルティナは視線をセクリアに向ける。
いつもと同じのようで、全く違うような。
確かに壊れかけていると分かる瞳に、セクリアはふるりと口元を震わせて。
けれども。
過去の自分を越えるために。
自分だけの居場所を、守りきるために。
怯える心を撫でながら、かつて自らをも『罪人』と銘打った少年は。
相棒の少女の視線にしっかりと答えた。
「俺……ちゃん、と……やる。……一、回戦……みた、いに……ウルティナ、が、操ら、なく……ても……大丈、夫」
それは。
今までセクリアが心の底から欲していて。
しかし態度では示すことのできなかったものだった。
「……俺、を、……信、じて……くれ、た……ウルティナ……を。……裏切り、た、く……ない、から。
信じて、いたい、から」
信じてと。
あなたの味方は、ここにいるからと。
セクリアは心のなかで叫ぶ。
「……そうですわね」
ウルティナはにこりと笑った。
嗤った。
「私が操るよりも、本調子のセクリアが自ら動いてくださった方がより強く在れますもの。
明確な判断を下すのは、明日、近くの林であなたの動きを見てからにしますが。
よろしくお願いしますね」
彼女の返答に、セクリアは思わずそういうことじゃない、と。
言いかけて。
言えなくて。
怯え続けている心が、これ以上彼女に踏み込むことに、他人に踏み込むことを恐れて。
「…………ちが、う……っ」
グッと、彼は唇を噛み締めた。
「ウルティナ、の、強さ……はっ、……俺、が、……知って、る……から……。
も、う……これ、以上、……意味、も、なく……ウルティナ、自身を……貶め、る、ような……こと。
ウルティナ、が、言わ、ない……で」
言えた。
ウルティナは、僅かに目を見開いて。
されど、表情は嗤顔のままだった。
無表情のはずのフィーディーが、どこか哀しそうに目を細めた気がした。
「ティナ……」
「ありがとう、褒めてくださって。けれども、私。セクリアが思っているほど強くありませんわよ?」
もちろん、[統一最強決定戦]は優勝してみせますが、と。
きっと以前ならば力強い声だと思って聞こえたであろうウルティナの宣言は。
今のセクリアには、空元気にしか聞こえなかった。




