48.少女が家を出て……
今回、挿し絵があります。
苦手な方は右上(?)の表示調整から挿し絵をオフにしてからご覧ください。
ウルティナのいなくなった借り家の中。
因縁の少年リーウィーと元長の娘メディミィは突然の出来事に目を丸くしていた。
が、動きを止めている訳にはいかないと。
先に口を開いたのは、メディミィだった。
「……バカリーウィー」
「なんで無意味に罵倒されなきゃなんねぇんだよ!?」
「どーでもいいでしょ」
「よくねぇよ? よくねぇからな?」
なぜか罵りに反応を示したリーウィーに、冷たい対応を取るメディミィ。
ともかく、と。
彼女は吊り目の双眼をキュッと細める。
「セクリアと話をしにいくわよ」
緊張をはらんだ声に、リーウィーもまた真剣な面持ちで頷いた。
二人のいる隣の部屋。
扉を開けた先、上半身を起こしたセクリアがリーウィーらの方向に視線を送る。
「…………俺に、……なにか……用……?」
囁かれた言葉は、抑揚の無い冷めた響きを有していた。
リーウィーはそっと息を吸い、答える。
「謝りにきた」
セクリアの瞳に、僅かな困惑の色が浮かぶ。
困惑すらも、思考停止の決意に押し潰されていた。
メディミィは静かに成り行きを見守っている。
リーウィーは続けた。
外で雷雨がごおごおと吹き付けている。
「三ヶ月前のことは、今の今まで一度も忘れたことはない。
あの日。
オレが次期集落長と呼ばれるようになったことに溺れて起こしてしまった、殺人事件。ただムカつくからという理由だけで、力に溺れていたオレは、同じ集落の仲間を殺して。
集落長だったメディミィの母親から罰を受けなくてはならなかったんだ。
……なの、に」
グッと拳が握りしめられる。
「オレは、罰を恐れた。
死体を見つけた周囲のヤツらは、オレの力に恐れた。
――罰の行き先は、一緒にいたセクリアに向けられてしまったんだ」
思い返すように、苦しみながらも声は絞り出されていく。
対面で、セクリアは。
自身の決意の中で揺れ動いていた。
「オレはあのとき。違うって。言わなきゃ、ならなかった。
セクリアが孤独を抱えて生きていることなんて、とっくのとうに知っていたんだ。
オレだけは、オレにはない知恵と力を持つセクリアの味方でいなきゃならなかった」
だって。
かつて集落長を目指そうとした理由の一つには、魔力がほとんどないというだけで迫害されてきたセクリアの力を、きちんと理解してもらいたい。
と、いうのも。
あったんだから。
「オレ、心のどこかで思っちゃったんだ。
オレにはない力を持つセクリアがここでいなくなったら。
集落長になるのにオレを脅かす存在が、一人消えるんじゃないか、って」
それは。
思っても、行動で示しては。
いけないことだった。
――邪魔者。
――まとわりついてきて、目障りだったんだよっ。
――毎日毎日、迷惑してたんだ。
――どうせ弱っちいんだったら、さっさと死んじまえばよかったのに。
――そうだろ、
――――『罪人』
「ごめん、じゃ、赦されないことだって、わかってる。オレは、親友を見殺しにしたんだ。……赦されないことは、とうにわかってる」
リーウィーの視線の先で、僅かに揺れていた瞳の光が、次第に大きくなりつつあって。
「だけど、謝らせてほしいんだ」
そう言って、因縁の少年が大きく息を吸ったときだった。
「……悪、いの、は…………俺……だ、よ……?」
ふるふると震える小さな声だった。
「リーウィー、は、悪く……ないっ。……俺が、俺が。……逃げた、ん、だ……。
……魔力、ない、のに……仲良く、して……くれた、たった、一人……が。
苦しくて。
泣いていて。
嗤って、いた……のに」
雨が借り家の壁を叩く。
「怖くて。……逃げ、た、んだ。
たった一人……の、居場所……だっ、た……の、に。
……俺は。……親友、だった……人、を……見捨てた、ん、だ、よ……?」
考えるな。
思考停止で生きていけ。
セクリアの心のどこかが、悲鳴を上げている。
けれども、セクリアは。
言葉を紡ぎ続けた。
先の南地区大会第一回戦一回戦目で、ウルティナに気絶させられ。
その後の、借り家でウルティナが一人自己嫌悪に陥っていたことを、既に目を覚ましていたセクリアは知っていた。
果たして。
居場所が欲しいと乞い続けて。
手にした居場所を維持するために。
努力をしたことは、あったのだろうか。
――セクリアは一人で何でも突っ走り気味なんだよ。これから彼女等二人と生きていくなら、もっと周りを見るようにしな。そうじゃないと、いつか命を落としかねない。
一人では絶対に死んでいた、集落と山を挟んで大陸東側にある森での経験。
考えることもせずに無我夢中で逃げ回ってた末に、死が待っているのならば。
きっと。
居場所があろうが。
思考停止の末に死が待っていることに。
変わりはない。
「……俺、は。あのとき。
逃げちゃ、いけなか……った」
今。
セクリアは。
きちんと考え、言う。
「だから。
俺は、……『罪人』、だ」
息を吸って。
「リーウィー」
前を向く。
「ごめん、なさい。……苦しん、でる、あんた……を、見捨てて」
ごめんなさい。
心なしか雨音の小さくなっている。
そんな中で、リーウィーの目に。
ふっ、と涙を浮かんだ。
「違……っ。悪かったのは、オレだ、って」
「……リーウィー、は……その……悪かった、の、……か、も……だけ、ど……」
「そ、そこは認めるのね……」
メディミィのツッコミに、リーウィーがどこか傷ついた顔をしたのは気のせいだろう。
「ま、それはいいいとして」
「だからよくねぇって言ってるよなっ?」
「黙れヘタレリーウィー」
無視してメディミィは続ける。
「珍しくアタシは黙って聞いてたけどさ。
話、ついたよね?」
だったら握手でもなんでもして、さっさと仲直りしなさい、と。
ふん、と顔を背けながら言い放ったのは、結局二人だけで話が終わってしまったことに対する憤りからくるものなのか。
「……え……っ、と……」
「あ、え、その……」
少年同士、きちんと向き合って。
「ごめん、なさい」
「オレも、ごめん」
しっかりと考え悩んだ末に、謝罪の言葉を。
顔を上げて、二人は。
ようやく、笑い合うことができた。
「んじゃ、そろそろアタシたちは出てくわね」
メディミィが言って立ち上がる。
「[統一最強決定戦]南地区大会第一回戦の二回戦目、雨のせいで延期されてるし。
たぶん、南地区大会の第二回戦……決勝戦も、予定よりは先になると思うけど。
でも、しっかりと休んだ方がいいでしょ? だからアタシたちは適当に宿でも借りるわ」
「そうだな」
リーウィーも立ち上がった。
「セクリア」
照れ臭そうに笑いながら、彼は告げる。
「決勝戦、絶対に勝てよ。応援してっからな」
パッと目を見開いたセクリアは、しかし笑って返答する。
「――うんっ」
じゃ、とリーウィーは部屋を出る。
倣ってメディミィも部屋を出る直前に、振り返った。
「ようのやっとで仲直りしたばっかのアンタには厳しいことは言いたくないけどさ」
「……何?」
セクリアは、どこか緊張に震えた声で聞き返す。
「ウルティナさん、たぶんあのまま放っておいたら壊れかねないわ。
だから……言いたいこと、わかるよね?」
部屋の真ん中で、少年は頷く。
「……奇跡、でも……打算、的……でも。……ウルティナ、は、俺の……居場所。
今回、は、……絶対に。……守る、から」
それがセクリアの出した答えだった。
☆☆☆
一方、その頃。
集落を取り巻く林の中で物思いに耽っていたウルティナは、ぼんやりと呟いた。
「……あぁ、そういえば。セクリアの[固有武装]作るの、忘れていましたわね」
止みつつある雨の最後の悲鳴をあげるようにして。
大きな雷が、ウルティナを照らし出した。




