40.『罪』を恐れて……
もともと一人称だった場面ですが、三人称に書き換えました。
内容も少し変化しております。
セクリアは自身に言い聞かせた。
考えるなと、心を押さえつけた。
「っ、と、やっ!」
[統一最強決定戦]予選。
バトルロワイヤルの、真っ最中。
つまり、激闘の中に身を置いているということ。
だから、思考する暇など無いに等しいのだ。
「《狂詩曲第四番『鎖』》!」
ウルティナの唱えた呪文が彼の耳に入る。
瞬間、セクリアの目の前にいたたくさんの人が縛りつけられた。
拘束される敵から視線をはずさないように、セクリアは今一度、大きく息を吸い込む。
「はぁっ!」
一突き。
気絶させる。
殺しはしない。
ウルティナから、殺すな、と。
言われてるから。
「イヤぁ」
――チラリと。
彼の視界に、一人の少年が映りこむ。
「……っ、」
動きが止まりそうになった。
戦いの途中で、足を止めそうになった。
セクリアがいなければ、誰もウルティナを守ることができないのに。
この場にフィーディーはいないのだから。
ウルティナのうさぎたちも、隠しているのだから。
だから、だから。
セクリアが動かなければ。
セクリアが戦わなければ。
セクリアがウルティナの騎士にならなければ。
――いけないのだ。
「……ァアアッ!」
そして彼は吼える。
無理やり思考の渦を閉ざし、前に踏み出す。
剣を、薙いだ。
考えることを止めて。
そう。
今は、今だけは。
勝つために、自身の心をぎゅっと閉ざして。
「――――」
声にならない音を発しながら。
敵を、討ち続ける。
ただ目の前の人を気絶させることだけを念頭に置いて。
突く。
つく、ツク。
「――――」
突いて、突いて、突いて、…………
――ッゴオオオオオオンッッ
……鐘が鳴った。
響き揺らしたその音に、無我夢中になっていたセクリアは武器を下ろす。
周りを見渡すと、立っている人は参加者と比べ僅かであった。
八組十三人。
[統一最強決定戦]の集落別大会で決勝に出ることができる組数と一致している。
「終わっ、た……?」
ふとセクリアは言葉を洩らしていた。
なりふり構わず細剣を振るっていただけで、勝つことができたのだ。
「やりましたわねっ、セクリアっ!」
聞こえてきた声に振り向くと、ウルティナが満面の笑みを浮かべていた。
そんな彼女にセクリアは、なんとか笑って答える。
「…………ん、やった、ね……」
視界の端に映った、かの少年の姿は、考えないようにした。
考えなければ勝てると、何もかもが上手くいくのかもしれないと、そう思ったから。
☆☆☆
予選が終わり、二人と一体は空き家で休んでいた。
ウルティナ主導の交渉で、なんとか屋根のある部屋を借りることができたのだ。
「ようやくお布団の上で寝ることができますわ……」
呆れ気味な口調とは裏腹に嬉しそうな面持ちなウルティナに、セクリアは小さく笑って返す。
「にしても、この集落。宿屋がありませんのね」
「……ん、まぁ……小さな、集落……だから。……その、お金も、……ほとんど、使われ……ない……ような、ね」
「たしかにこの空き家も、お金ではなく物々交換のような感じで借りましたもの」
「そ。……お金、は……交易の、とき……くらい、しか……使われない……。
隣のと、もう、隣、の……集落、なら……お金、で……やり取り、……する、けど」
「あら、行ったことがありまして?」
「……んん、行った、ことは……ない。……でも、話……なら、聞いた、こと……ある」
「へぇ、なるほど。えっと、こちらの土地の南の方には、四つの集落がありますのよね?」
フィーディーを撫でながら首を傾げたウルティナに、セクリアは頷いた。
「……そう、だね。……その、内……二つ、が、大きい。……それで、んと、……その、大きい、集落……で、お金、使われてる……」
「なるほど。そちらの二つの集落には宿屋がありまして?」
「……わかんない。……でも、ない、と……思う。……ほとんど、……旅人? ……は、……いない、から。
……まぁ、俺たち、は……関係ない、と……思う、けど」
「つまり?」
「その……もし、もしも。…………ここで、一番に、なって……それで、他の集落……代表者、と……戦う、こと……に、なって、も。
……たぶん、泊まるとこ、は……用意して、もらえる。……今まで、そうだった……はず」
「さすがに代表者となれば、扱いも変わりますのね」
弱いと問答無用で牢屋、ですもの。と。
ムッと口をすぼめてボソボソ呟く彼女に、セクリアは思わず苦笑をもらしてしまう。
前にウルティナの住んでいたところでは、血縁で、つまりは産まれてすぐにどのような立場かが決まると以前に彼は聞いたことがあったのだ。
そこと比べると、やはりこちらの土地の事情は不思議に見えてしまうのかもしれない。
「ですけれどね、セクリア。よろしくって?」
「ぅえ、あ、……ん、……な、に……?」
ぼんやり考えごとをしていたのを止めて、セクリアは慌ててウルティナの言葉に耳を傾けた。
「もし、でもなく、もしも、でもありませんのよ。
私たちは、勝ちにいくんです。
そのための力はかの守護者につけていただきました。ですから、この集落での決勝戦で優勝することを仮定で話すことはやめてくださいまし。
私たちは、勝ちますの。
その心構えは忘れないでくださいな」
真摯な瞳で、真剣な光を宿して。
『勝つ』と言い切れるウルティナは、やはり。
自分なんかより、ずっとずっと、強い。
でもそんなこと、セクリアには言えなかったから。
「………………ん、わか、った。……ごめん」
彼はただ謝って、顔を俯かせた。
「よしっ。では、今日はもう寝ましょうか。ほらフィーディー、起きてくださいまし」
にっこり笑顔を浮かべたウルティナは、スサスサと手元で眠っていたフィーディーを揺する。
「…………ぅん? ぁ、おはよっ! 時間になった?」
しばらくして、フィーディーは飛び上がる。
「えぇ。フィーディーはゆっくりと休むことができましたの?」
「うんっ! バッチリだよ☆」
クルリンッ、とその場で一回転をしてみせる。
「良かった。では、夜の見張り、よろしくお願いしますね」
「オッケー、任せてよっ」
もう一回転して、最後に敬礼でビシッと決めたフィーディー。
さすがのフィーディーも精神的には休まないと厳しく、故にセクリアたちが予選を戦っている間はポシェットの中で寝ていた。
夜起きて、見張りをするために。
たとえ空き家をまるまる一軒貸してもらったからといって、完全に安心しきることはできない。
とはいっても野宿だと疲れが取りきれないと考え、空き家を借りたのである。
フィーディーに肉体的な疲れはなく、徹夜で起きてても大丈夫とのことだ。
「それではセクリア、明日に備えて寝ましょうか」
「……ん」
夜ご飯は、残りの保存食を食べた。
「……おや、すみ」
「はい。おやすみなさい」
「おやすみっ、二人とも。ゆっくり休んでね」
ウルティナとフィーディー双方からの挨拶を耳にしながら、セクリアは布団の中に潜り込んだ。
「…………」
明日から本戦。
ウルティナは、勝つと言っていた。
優勝すると、言っていた。
……でも。
今日の予選のバトルロワイアルで、動きが鈍っていた。
セクリアには分かる。
いつもならもっと軽い力でできたことが、今日は倍以上の力を入れてたということに、気付いていた。
あの洞窟で鍛錬を受けていたときに、自分の力をきちんと認識することがどれだけ大事であるか、学んだから。
だから、どんな状況でもある程度は自分の力加減を操れるようにはなっている……と、セクリアは思う。
ある程度は、自分の使っている力の具合がわかるようにはなっている、はず。
なのに、今日は。
力の具合は、わかった。
それでも、完璧に制御しきることはできなかった。
「………………はぁ……」
ここが正念場だって、そんなことはわかっているはずなのに。
ウルティナの悲願を達成するには、ここでつまずいてちゃ、いけないのに。
セクリアは、三ヶ月も前のことに、まだ縛りつけられてる。
こんなんじゃ、単なるお荷物だ。
ウルティナの過去は、ある程度聞いている。
前世があるってことも、聞いてる。
彼女の悲願も、その前世に関わっているってことも、知ってる。
けど、だからこそ。
セクリアにはやはり、ウルティナのことを強いと感じてしまっていた。
彼のような、過去に縛られて、それでも目を背けようとしているやつとは違うんだと。
そう、思ってしまう。
だって彼女は――
「ティナ、まだ起きてるの?」
――ふと、フィーディーの声が聞こえた。
「……えぇ、そうですわ。野宿の生活に慣れてしまったせいでしょうか? 疲れてはいるのですが、寝付けませんのよ」
ウルティナも、起きている、らしい。
「なら、今からでも外に出て寝る? 寝れないと、さすがに明日は厳しいと思うし。セクリア、起こす?」
「いえ、構いませんわ。セクリアはもう寝ているのでしょう? なら、無理に起こす必要はありませんの。
それに、私だって、布団の上で寝た方が疲れが取れるに決まっていましてよ」
「ま、そうだね」
どうやらセクリアは、寝ているということになってるようだ。
「寝れなそうなら、少し、話す?」
「そうしましょうか。とは言いましても、話題は明日の[統一最強決定戦]の本戦についてくらいしか思いつきませんわよ」
「ボクだって、こんな日に好きな食べ物について話そうだなんて言わないよ。
それで? ティナはホントにいけるって、思ってるの?」
セクリアが口を挟もうかどうかを迷っている間にも、二人の話は進んでいく。
「んー、一応勝てる算段はついておりますのよ。今日の予選で勝ち残った方々の戦闘の様子はある程度観察はしていましたから
まぁ、今日の予選で全員が全員、本気を出しているとは限りませんが。参考程度にはなりますから」
「たしかにね。ボクはそのとき起きてなかったから、あんま言えることはないんだけどさ。
それで、本戦では危なさそうなときにボクが飛び出せばいいんだよね」
「えぇ。私の[固有武装]と同じく、フィーディーは切り札として隠しておこうと考えまして。……もののような扱いをしてしまっていることは、申し訳ありませんが」
「へへっ、前にも言ったでしょ? ボクはティナの騎士なんだよ。どこまでだってティナについてくさ」
「ふふ、ありがと」
「そうすると、一番いいのはボクの出番がないことだよね。[統一最強決定戦]の集落の代表者たちが戦う決勝戦までボクのこと、隠せるってことだから」
「理想論ですけれどね。予選での見立て通り、いえ、それより多少強くなっていたとしても、なんとかフィーディーなしでも本戦はどうにかなるかとは思うのですが」
「が?」
「……少し、セクリアの動きがぎこちないように感じますの」
結局何も言わないままに布団の中で耳をすましていたセクリアは、そのウルティナの言葉に、肩を揺らさないようにするので精一杯だった。
上手く動けていなかったことが、バレていた。
「そうなの?」
「……まだ、そこまで支障をきたしているわけではありませんの。
それにこの集落は、彼にとって因縁のある場所ですもの。仕方がないと割り切るしかありませんわ」
「ま、そうだね。あんましセクリアの事情に踏み込むのもなんだしさ」
「えぇ。あくまで私と彼は、互いの利益のみで繋がった関係」
ウルティナと、セクリアは、利益で。
利益だけで繋がった関係。
「だから、セクリアがきちんと戦えるなら、事情に踏み込むことはありませんわ」
きちんと。
戦えるなら。
体の奥底から、なにか冷えたものが迫り上がってくる気がした。
「そう、うん、そうだよね」
「……なんですの、フィーディー。なにか言いたいことでもありまして?」
「んん、大丈夫だよ。ティナはティナだなって、そう思っただけ」
「私は私って、だって、そうでしょう? 彼とは[紅の契約]以外の繋がりはありませんわよ。
……まぁ、多少感情が揺れたところで、セクリアが急激に弱くなるってことはないでしょうけれども」
「ん!? あ、そう、なんだ」
「えぇ、そうですわ。だからよほどのことがない限り、私とセクリアで潜り抜けることができますわよ」
震えが、止まらない。
止められない。
「ぅえぇ、ボクもティナと戦いたかったなぁ」
「決勝戦ではおそらく共に戦うことになりますわ。そのときに、よろしくたのみますわよ」
「もちろん! んじゃ、そろそろ寝る?」
「そうですわね。お話に付き合ってくださり、感謝しますわ」
「気にしないで、ボクだって楽しかったから。それじゃあ、おやすみ、ティナ」
「見張り、お願いしますね。……おやすみなさい、フィーディー」
ウルティナの挨拶を最後に、沈黙に包まれる部屋の中で。
セクリアは、どうしても、冷や汗を止めることができなかった。
そう。
セクリアとウルティナは、契約で繋がった関係。
そして彼女は、彼に、力を求めている。
……なら。
今の、セクリアは。
自分の力さえまともに振るえないほどに過去に縛られ目を逸らし続けている、彼は。
――迷惑で。
――目障りな。
――邪魔者。
「…………ッ」
悪寒がした。
どうすれば良いのか、分からなかった。
もう二度と、居場所は失いたくないのに。
どうしたら失わずに済むのかという案が、いくら考えても浮かび上がってこなかった。
だから。
彼は、考えるのを止めた。
考えずに目の前の敵だけを倒すことに集中することにした。
そうすれば上手くいく。
きっとウルティナが言っていた『動きがぎこちなかった』部分は、考えるのを止める前に戦っていたときのことだ。
そうだ、そうに違いない。
「もう、考えるのは止めよう」
囁くような言葉で、セクリアは自身に言い聞かせる。
居場所を失わないために、思考を放棄すると。
彼は決めた。




