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悪役令嬢が○○になってはいけませんの?  作者: 叶奏
三章 集落の代表者
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39.思い当たる人がいて……

 誤字報告、ありがとうございましたm(_ _)m



 どういうことだ、とは聞かないまでも、ウルティナにはその『思い当たった人』というものがなんとはなしに見当がついた。


 両親がいない、と。

 彼は集落へ向かう前日に告げた。


 集落では居場所がなかった、とも。

 彼は言っていた。



 ――その中で一人だけ、親しくしていた人がいた、なんてことも。

 彼は告白していた。



 情報はたったの三つ。

 けれどもそれだけで、容易に。

 想像はつく。


「セクリア」


 そっと、吐き出すように。

 紅の瞳を宿す双髪(ふたがみ)の少女は、目の前にいる少年を見据えて問いかける。


「その『思い当たった人』というのは、あなたが集落で唯一親しくしていた方ですの? 親しくしていて、そして。

 罪を押しつけられたという」


 否、確認する。


 鋭く息を呑みこむ音が、ウルティナの鼓膜を揺らした。


「………………ん」


 沈黙の後にセクリアから発せられた言葉は、肯定の意を示したもの。


「……そ…う……だ、よ……」


 明滅する目の光は、彼の驚きに揺れ動いた心情を表しているようにも見えた。


 地面に両足で降り立ったフィーディーが、二人の顔を見上げる。


「罪を押しつけた人って、セクリアをもろ嵌めた人じゃんっ。出てって三ヶ月(マンス)も経ってからセクリアが戻ってきたから、ビックリしたのかな」

「あるいは、なぜ今頃になって戻ってきたのかを疑問に思ったのかもしれませんわね。もしかすると、セクリアのことを処理してしまおうと考えていたやもしれません」


 押しつけたはずの罪が、押し戻されるかもしれないと考えたから、などと独り()つウルティナ。


 彼女の呟きを耳にして、小刻みに肩を揺らしていたセクリアが、思わずといった感じに口走る。


「…………嘘……だ、と……思わ、ない……の……?」


 その声もやはり、震えていた。


「ん? 何を?」


 こてっとフィーディーが首を傾げる。


 答えを返そうと開かれかけた口は、しかし一言も発せないままに閉じられてしまう。


 逸らしてしまう視線。

 震えてしまう唇。

 背筋を伝うのは、冷たく凍えた恐怖だ。


 ふうふうとわずかに息をもらすセクリアを見つめる、二対の瞳。

 どちらもが、彼の返答を待っている。


 ごくん、と。喉を鳴らした。


 もう二度と居場所を失いたくないと。

 たとえそれが絶対の契約で造られたものであっても。


 三ヶ月(マンス)

 短くも長くもとれる期間で築き上げてきた関係は、すべてを失った少年が自力で創り上げたもの。


 偽物では、ない。

 紛い物なんかじゃ、ない。


 それを、セクリアは。


 失いたくなかった。

 ()くしたく、なかった。


 手放したくなかった。

 手放されたく、なかった。


「っは、っ……はっ、」


 つまる息。


 なぜ先ほど口走ってしまったのだと、自分を責める余裕さえ残っていない。


 今はただ、言いたくないと。

 聞きたくないと。

 そう心の内から叫ぶことしか、できなかった。


 怖い。

 恐い。


 たしかにウルティナは、言ってくれた。

 置いていかないと、言ってくれた。


 けれども。

 だからって。


 ――迷惑でないとは、言っていない。


 ――目障りでないとは、言っていない。


 ――実は。

 ――邪魔なんだ。

 ――とは。


 言っていない。




 ――――邪魔者。

 ――――まとわりついてきて、目障りだったんだよっ。

 ――――毎日毎日、迷惑してたんだ。



 ――――どうせ弱っちいんだったら、さっさと死んじまえばよかったのに。


 ――――そうだろ、





 ――――――――『罪人』




「……ッ、はぁっ、はあ……っ」


 弾かれたようにして飛び上がった『罪人』は。

 一つ、二つ、後退りして。

 もたれかかっていた幹の裏側に、隠れてしまいそうになって。

 邪魔者邪魔者邪魔者。

 と。

 耳の裏側に。

 しがみついては離れない、声の塊。


 心が震えた。

 ポタリと地面に染みこんだのは、果たして曇天がこぼしたものなのか。

 それとも。


「セクリア」


 グチャグチャに乱れた空気の中。

 凛と響いた声。


「セクリア」


 怯える少年の頬に、ウルティナは優しく手をかざした。

 ゆったりと微笑みかける。


「落ち着いて、セクリア」


 もう片方の手は、彼の肩に添えて。


「深呼吸をしてごらんなさい。さぁ、吸って、吐いて」


 ひゅっ、ヒュッ、と細切れな呼吸は、次第に緩やかなものに変化していき。


「……落ち着きまして?」


 その問いかけに、こくんと。

 うなずくことができる程度には、なんとか落ち着くことができた。


 安堵の息と共に、ウルティナはセクリアから離れる。


「良かった。とりあえず今日は軽く体を動かしてから、明日に備えて休みましょう。ね?」


「…………ん」


 微笑みかけてくれる仲間に、少年はどこともつかない気まずさを感じてしまい。

 それはおそらく、戦いの前日になってもうだうだと悩み、一歩も踏み出せない彼自身に対してであると。

 心のどこかではわかっていた。


「それじゃ、ティナ。ボクたちは魔力操作とかをやろっ。あと、明日の連携についてもやっといたほうがいいよね?」


 軽い調子で高く浮かび上がったフィーディーに続くようにして、ウルティナは立ち上がる。


「ええ、そうですわね。セクリア、あなたとも明日の戦闘について最終確認をしておきたいのですが」


 彼女に倣って、セクリアも立ち上がった。


「……そう、だね」


 口先ではいつも通りに返答する。


 けれどもやはり、内心は荒れたまま。

 結局、聞けなかった、と。

 後悔と、混じる答えを聞かなくて済んだことに対する安堵が、また、彼を責め立てている。


 傍らの人形と話しながら鍛錬のために目を閉ざそうとしている少女が視界にいた。


 彼女も罪人だと言っていた。

 しかし俯く少年とは違い、前に進み続けている。


 そのことがまた、羨ましくも思えるセクリアは、キュッと唇を噛み締めた。



 ――冤罪だということを、嘘かもしれないって思わなかったの?

 と、聞けなかった。


 彼が罪を犯した証拠がないことは確かだが、同時に彼が冤罪であるという証拠もない。


 少年は、たしかに罪を擦りつけられた。

 それは紛れもない事実。


 だが。

 もしもその事実を、彼女たちが嘘であると思っていたら。


 きっと、たったの三ヶ月(マンス)で築かれた関係など。

 呆気なく崩れ去ってしまう。


 このことだけは、少年の中で、確立した事実としてあったから。



 『罪人』は、未だに『罪』を恐れている。




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