お屋敷・学園での思い出
ママがお母様になった、次の日の夕方。
まだ幼かったわたしは、なかなか置かれた状況を理解することができなかった。
家から連れ出されて、わたしはいきなり馬車に乗せられたのだ。それも、見たことがないくらいに豪華で高そうな馬車に。
とってもびっくりしたよ。
わたしは少し舞い上がっちゃって、でもどこ行くのかわからなかったから不安だったけど。まあ、ママがいるからだいじょーぶかな、って。
あ、馬車に乗ったときはまだ、ママはママだったよ。
でね、その馬車は長い間走ってたの。
途中わたしは、ウトウトしちゃって、あまり覚えてないんだけどね。たぶん、一時間くらいじゃないかな。
……あれ?
そすると、あまり長くもないのかも。
とりあえず、その馬車のなかの椅子がとってもふかふかで気持ちよかったことは覚えてる。
それで、わたしは馬車からおろされた。
次に入ったのは、なんかすごいお屋敷だった。
うん、今でもすごいんだなって、そう思うくらい、とっても大きなお屋敷。
「夜中ですので、あまり大きな音はたてないようお願い申し上げます」
そのお屋敷の玄関に立っていた執事服を着た人は、わたしとママ……まだ、ここでもママ、だね。
えっと、それで、執事さんはわたしたちにそう言ったんだ。
けどやっぱり、わたしはまだ幼くって。
お屋敷のなかの廊下を歩いていろんなものを見るたびに「これなに?」「それなに?」って聞いちゃっていた。
夜でお月さまがまだお空の真上できらきら光ってる時間帯なのに、不思議とわたしは眠気はあまりなかったかな。
そんなことよりも、見たことのない『なんかすごいもの』に、好奇心をそそられていたんだ。
まあ、こんな感じでいろいろとあってたどり着いた部屋も、やっぱり見たことがないくらいに広くてキラキラとした部屋だった。
真ん中に置いてあったベッドも、なんかすごい大きさだったんだ。
で、まだまだ小さなわたしは、
「わぁ~、おっきなふとんだぁーっ!」
てな感じで、おもいっきりベッドにつっこんだ。
当時はまだ、ベッドという言葉を知らなかったの。
いつも布団で寝てたからね。日常的に『ベッド』という言葉を聞くことはなかった。
執事さんは困ったような顔をしていたと思うよ。ママも、きっと。
にしても、なんでこんなに無邪気でいられたんだろうね。
今のわたしでも不思議だよ。
だってさ、いきなりすごい馬車にのせられたかと思ったら、もっとすごいお屋敷に入れられて、しまいにはふかふかベッドに飛びこんでも怒られなかったんだよ?
普通に考えれば、というか、今思えば、とってもおかしなこと。
夢かと思ってほおをつねっちゃうくらいには、現実味がないよね。
…………きっと、幼いがゆえの無邪気さだったんだろうな、ってのはわかるよ。
ママもいたし、そのママもイヤそうな雰囲気とかは出してなかったもん。
危険はないんだろう、ってのは小さい頃特有の勘とかなにかでわかっていたんだろうね。
そうやってわたしがベッドにうもれていると、ママはとなりに来て、わたしの頭をなでた。
「アン、眠くない? もう夜も遅いもの。いろいろとあって混乱していると思うけど、今日は寝て、明日、お話ししましょ」
ベッドにもぐって、ぬくぬくと暖まったわたしの身体は、すぐに言うことをきかなくなっちゃって。
かろうじて小さくうなずいて、わたしは夢の世界に旅立った。
☆☆☆
次の日。
夕食の前のこと。
「それからね、アン」
ママはわたしに諭すように語りかけてきた。
「ママのことは、これからお母様と呼んでほしいの。いい?」
「ふぇ? うん、わかったよ、マ……じゃなくて、おかーさま」
これが、わたしのママがお母様になった瞬間。
よくわからなくって、でも幼さゆえの素直さでそう返したわたしは、お母様にえらいえらいと頭をなでられ目の前の扉を通った。
そのあと。
わたしには、お父様ができた。
それから――お姉様も。
美しかった。
わたしとは次元の違う人だった。
呼吸を忘れたよ。
彼女の姿を見て、彼女の挨拶を受けて。
心臓が止まったかと、そう思った。本気でね。
あの衝撃は今でも忘れられない。
だから、とても驚いた。
……うんん、違う。
理由はわかる。
でも、まさかって。思っちゃった。
わたしがすごい家に来てから数年後の学園でのこと。
わたしはお姉様に突き落とされた。
その頃から聖女候補で一際有名になっていて。
王太子殿下とも仲良くさせていただいていたの。
お父様とお母様も前以上に優しくしてくれた。
そんななか、お姉様だけは冷たくなった。
いつどこでかはわからないけれど。
最初は優しかったのに、急に。
理由は……なんとなく、わかるかも、しれない。
正直、落とされたことにはあまり驚いていない。
驚くことには驚いたけど、その直後の出来事があまりに印象的すぎて。
落とされるとき、わたしは階段に背を向けていた。
怪我はしなかった。
それで周りが聖女様だ、神様のご加護だ、って騒いでいたけど。でも、落ちた先に柔らかいクッションのようなものがあれば怪我なんてするわけないよ。
わたしが聖女じゃなくても、むしろ極悪人だって怪我しない。
とにかく。
わたしは階段に背を向けていて、その理由はお姉様と話していたから。
学園に入学してから初めて、お姉様に呼ばれた。
とても嬉しかった。
学園でも避けられていて、なぜか私以外に人がいるときだけは冷たい言葉をかけられていた。
今回の呼び出しも王太子殿下と共に来てほしいと言われたけど、わたしは呼ばれたことに舞い上がってしまった。
だって、お姉様にだよ?
たしかにわたしはいじめられていたけれど、でもお姉様にだよ??
嬉しくってしかたがなくて。
王太子殿下は心配してくださったけど、わたしには関係なかった。
身内に会うのに、心配なんて要らない。
心配してくださる理由はわかるけどね。
つまるところ、なにも考えずにわたしはお姉様に会いに行ってしまったわけ。
そして、やってはならないことをしてしまった。
いつも通りの嘲笑でお姉様は矢継ぎ早にわたしへ罵詈雑言を浴びせた後。
お姉様はわたしを突き落として。
そして、見てしまった。
お姉様が苦しそうに顔を歪めるところを。
ごめんなさい、と唇を動かすところを。
次話も間章です。




