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悪役令嬢が○○になってはいけませんの?  作者: 叶奏
二章 洞窟の守護者
29/73

26.最高ランクの魔物が現れて……

※時間の単位などについて


(ミーツ)=六十(セキド)

時間(アード)=六十(ミーツ)

(デール)=二四時間(アード)

週間(ウィク)=七(デール)

ヶ月(マンス)=三十(デール)

(イヤー)=十二ヶ月(マンス)=三六〇(デール)


 今回、初めて単位が出てきたので、参考までに載せました。




 ぞわりとした、蛇のごとく全身に絡みついてくる威圧と恐怖。


 それを押し退けるために、ウルティナは大きな声で叫び紡いだ。


「――《演奏開始》っ!!」


 右手でポシェットから[紅之指揮棒(ルーフス=リネア)]を抜き放つ。


 左手で、六体のウサギを宙に投げた。


 紅色の閃光がウルティナを包み、やがて消えたときには服が変化していた。

 [固有武装]を[展開]させたのだ。


「ひゅっ……《狂詩曲(ラプソディー)第六番『(とばり)』》っ」


 畏怖から自分を守るために、小さく息を吸って命令する。


 命令に応じ黒ウサギのティニヤは魔法陣を描く。


「臨戦態勢よ、二人とも!

 相手はおそらく、いいえ、確実に[超級]の魔物。アホみたいに呆けていたらすぐに殺されてしまいますわよっ!!」


 ランクが[超級-Ⅱ]の魔物。


 世間では[中級]と[上級]の強さには大きな隔たりがあると言われているが、[超級]はそれ未満のランクの魔物とは比べ物にならないほどの力を有しているとされている。


 そもそも[超級]ランクなんて一生目にしなくとも不思議ではないのだ。

 それほどまでに稀少で、一部では神話上の生き物とまで呼ばれているほどに。


 そんな神話とイコールで結ばれているような[超級]の魔物は、他の言葉ともまたイコールで結ばれていた。



 すなわち『死』という言葉と。



 [超級]の魔物に喧嘩を売って生きて帰ってなどこれない。


 そうして稀少かつ『死』の体現者たる[超級]の魔物に関する情報など、ほぼ無いに等しい。


 洞窟の最深部に潜んでいた魔物も、どんな特性があってどんな弱点があるのか。

 それ以前に、名前や姿さえも見たことの無い魔物であった。


 未知の魔物。


 ただし、魔力察知でどれほど多くの、そしてどれほどの強さを有しているかは大方わかっていた。

 ウルティナが[上級]ではなく[超級]と断定できたのも、魔力察知の結果が規格外であったからだ。


 事実、ウルティナがその他人形と共に本気を出してところで[上級]の魔物にすら敵うかどうかはわからない。

 いまだに[上級]とも戦ったことがないためというのもあるが。


 それでは果たして、さらに上に君臨する[超級]の魔物に敵うのか。


 たしかにセクリアもいる。

 彼の実力は本物であることはまだ一週間(ウィク)ほどしか共に過ごしていないウルティナでもわかったいた。


 だがそれは、あくまで単騎としての実力。


 出会って()()週間(ウィク)なのだ。連携での戦闘は完璧とは程遠い。


 そんな状態で、はたして。


 今にも威圧で押し潰してきそうなあの魔物に、勝てるのか……?



(……いいえ。今はそんなこと、考えているときではありませんわね)


 敵わない。


 一度そう思ってしまえば、その言葉に縛りつけられて先にある未来は敗北。


 運が悪ければ死。


 なにをもって敗北とするのかにもよるが、この場における敗北というのはやはり戦闘不能状態に陥ることか。

 直接死に繋がる状態に一つでも当てはまってしまったとき、それは敗北となる。


 ウルティナとて、こんなところで死ぬわけにはいかないのだ。


 未練がましく死ぬのはもうこりごり。前世の死だけで充分。


 そうすると、今とれるもっとも現実的な手段は、


【フィーディー、隙を見て逃げ出しますわよ】


 逃げるが勝ちである。


【できるだけ撹乱して、逃げましょう。まともに相手していても、埒があきませんわ。

 セクリアにも私から伝えておきますの】


【りょーかいだよ、ティナ】


 フィーディーからの返事を聞き、ウルティナはいまだ襲いかかってこずにいる魔物に対する警戒を解かずにセクリアへ静かに近寄る。


「セクリア」


 そして、フィーディーに伝えたことと同じことを伝えた。


「……ん、……わ、かっ、た。……でき、る、限り……がん、ば、る。

 ……《その身に宿れ、横暴なる(ほむら)》」


 黒のティニヤのおかげで魔法陣なしで発動された、セクリアの身体強化魔法。

 心なしか彼の声は震えていた。


 すらりと鞘から剣を抜く。


 舞い降りたのは、十(セキド)にも満たない沈黙の幕。


「……ぁ……あ……!」


 最初に動いたのは、苦しくも恐怖に耐えきれなかった、少年だった。


 魔物に向かって駆け、手に持つレイピアを構える。


 もしここで逃げ出してしまったら、ようやく手にした居場所を失ってしまうから。


 それはあの魔物に挑むよりも、なお恐ろしいことであった。


 でも止まっていたままでなにかを考えていることも怖くって。


 結果、戦闘の火蓋は落とされたのであった。


「また、このっ!

 《円舞曲(ワルツ)第一番『桜花爛漫』》っ」


 そんな彼の向こう見ずな様子を目にしたウルティナは、慌てて指揮棒を振った。


 緑赤青のウサギと小人が詠唱に応じ動く。


 緑アモーネは支援を。

 赤ピュイルは複数の青い炎を。

 青ヒュドーは切れ味抜群の水の刃を。

 小人フィーディーは無色の鋭利な魔力の刃を。


 それぞれがそれぞれに、発現させる。


 計四つの攻撃が、洞窟の奥深くにいた[超級]の魔物、純銀の狼に迫る。


 対して銀のソレは。


 ゆったりとした緩慢な動作で顔をあげた。


 立ち上がりさえ、しなかった。


「ウ" オ" オ" オ" オ" オ" オ" オ" オ" オ" ン" ッ ッ!」


 代わりに放ったのは、咆哮。


 もちろんただの咆哮ではない。


 魔力を込めて放たれた、音の衝撃波。


「っく」


 咄嗟にセクリアは回避行動をとる。


「なっ」


 背筋を這い上がった冷たい予感に、ウルティナは幾数(いくすう)もの魔力障壁を生み出す。


 そして、そして、そして――。


 人形たちは、洞窟の壁に打ちつけられる。




 ――突然の魔力の大量消費に、セクリアは、構えようとしていた受け身と、唱えようとしていた防御力上昇魔法の詠唱を、止めてしまった。


 長年の経験が、身体の動きを阻害してしまった。




 結果。



 ……――バシィィッ!!


 銀狼の振るった尾が、セクリアの脳髄を刺激した。


「ぅあ……ぁ……」


 瞳孔から光が消える。


 パタリと、少年はその場で倒れ込んでしまう。


 持ち主の手を離れたレイピアも、カランといった音をたてて地面に落ちた。


「っ!?」


 ウルティナはもはや声すら出すことができない。


 壁に叩きつけられた人形たちも、動く気配を見せない。


 フィーディーはおそらく、自動で発動された魔力障壁によって貯めていた魔力を全て失ってしまったのだろう。


 ウサギたちはそもそもウルティナが動かそうとしていないのだから、動かなくて当然だ。


 だが、少女はそこまで考えることができない。




 だれも動かない。


 その風景に、心を呑まれてしまった。




「……ぁ、」


 焦り。


 焦燥感。


 転生して、初めての失敗に。


 ウルティナは、考えることを止めてしまった。




 ……――カラン、と指揮棒が落ちる。


「ァァァァアアアアアッ!!?」


 そして気づけば、ただがむしゃらに走り出してしまっていた。


 右手にはいつの間にか作っていた魔力の棍を握りしめて。


「アアアアアアアアアアアアアアッッッ」


 振りかぶる。


「アアアアアア、ア、あ、、、?」


 振りおろす。


 が、銀狼に当たる直前に。


 魔力の棍が、突如として消え去った。


「……ぅえ……」


 少女は驚愕に目を見開く。


 もうなにもできない。


 少女は慣性の働きにそって、倒れる前に。


 狼の再びの尾が、彼女の身を打つ。


 ホームラン。


 見事なまでの弧を描き。


 少女は、壁にぶつかる。


 その衝撃は、いともたやすく意識を刈り取った。

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