貧民街での思い出
本日二話目の投稿です。
その日、わたしはいつも通りに目を覚ました。
もとから寝起きは結構いい方で、窓から朝日が射し込んできたときにパチッとまぶたが上がってガバッと起き上がる、というのがわたしの朝、なんていってもいいくらいには規則正しく生活してたと思うの。
「おはよーっ、ママ」
「あら、起きたのね。おはよう、私のかわいこちゃん」
そう言って頭をなでてくれるのも、毎日の流れの一つだったかな。
それで、わたしは井戸に顔を洗いにいくんだ。
家を出て、少し歩いたところに井戸はある。
さすがにまだ五歳だったから、水を汲んだりはしていなかったけど。
近所のおねーちゃんとかおばさんとかがしてるように、わたしもいつかは桶いっぱいに水を汲むようになるのかな、って思ってた。
「あ、おはよっ、コンスーネさん」
「まあ、アンちゃんじゃないの。おはよう、今日もいい天気ねぇ」
井戸で会ったのは、コンスーネさん。
ママと同じくらいの歳で、ほぼ毎朝この井戸で会う。たぶん、近所に住んでる人のなかでは一番仲良くしてた人じゃないかな。
「うんっ。今日もお日さま、ポッカポカだね」
「そうねぇ。いいことがあるといいわねぇ」
「そうだね。それじゃ、コンスーネさん、またねっ」
「ああ、またね、アンちゃん」
バイバーイ、と。
わたしはコンスーネさんに大きく手を振って家に戻った。
「おかえり、アン。朝食の準備ができているわよ」
「ほんと? 今日のごはん、なぁに?」
「小麦のパンにベーコン、それからアンが好きなシャンゴの実よ」
「やったぁっ! シャンゴの実だぁっ!!」
シャンゴの実とは赤くて拳より大きいくらいの果物のこと。なかは白くて、とてもシャキシャキとした食感の、みずみずしい食べ物なの。
そしてなによりも、……………………。
……今は、やめようか。
ああ。
昔の、無邪気に笑えていたわたしに、戻りたい、のかな?
ううん、でも、戻ったらきっと、会えなかったもんね。
今はああなっちゃったけど、彼女に会えたことには感謝しないと。
さて、話は戻して。
いつも通りに、わたしはママと朝食を食べた。
小麦のパンもベーコンも、そしてこんなにも新鮮なシャンゴの実も。
一つだけならまだしも、全部が朝食としてでてくるなんて、当時のわたしが生活していた環境からすればとても贅沢なことだったのに。
そのことさえにも気づかず、わたしはにっこりと笑いながら、完食した。ママも笑って見ていたのかな?
それから。
「アン。今日はお出かけしましょう」
「え? ほんとう?」
ママとわたしは、市場に出かけた。
「わぁ、たっくさん、ものがあるねっ。ねえねえ、見て、ママっ。お肉が木の棒に刺さってるよっ!」
たしか、わたしが見つけて興奮したものは、鶏肉の串、だった気がする。
それも当時の生活環境では『ご褒美』に値するもの。そんだけわたしとママは、貧しい暮らしをしていた。
今ならその理由もわかるけど、ね。
「ふふっ」
そう、『ご褒美』であるのにも関わらず。
「あら、食べる? 買ってあげるわよ?」
「え……っ!? ほ、ほんと、に……?」
ママは優しい笑顔で、買ってくれたの。
鶏肉の串は、とても美味しかった。とってもぷりぷりとしてて、かむたびに油がじゅわっとでてくるのに、後味はさっぱりとしてて。
今までに食べたことのないようなお肉で、味で。
本当に、今思えば、不可解なことだらけだったね。その日のママの行動は。誕生日でもないのに、さ。
けどやっぱり、わたしはなにも考えていなかった。
なんか今日はラッキーだな、なんて、そんなことしか思っていなかった気がする。
鶏肉の串を食べたあとも、わたしとママは市場を見てまわった。
途中、いろんなものを買ってもらったの。シャンゴの実も、買ってもらったよ。シャンゴの実で作ったパイとかも食べたかな。
そして、日が沈みそうな、お空が橙色に染まってきた頃にわたしたちは家に帰った。
たくさん食べ歩いたから、わたしはお腹がいっぱいだったし、とても疲れていた。
だからかな。帰るやいなや、わたしはパタリと布団に突っ伏して寝てしまったんだ。スースーと気持ち良さそうに寝息をたてていたらしいよ。
次にわたしが目を覚ましたのは、真夜中。
ママにゆさゆさ身体を揺すられて、それで起きた。
「……っぅん、……ママ? どした、の?」
「アン、起きた? ママの言うこと、聞いてくれる?」
「?」
わたしは心底不思議そうにしていたと思う。
だって、こんな時間にママがわたしを起こしことなんてなかったから。
ママがとても真剣そうな顔を、していたから。
「いい、アン。ママと一緒に、今からお引っ越しをするのよ。
お外に出たら、ママの手をしっかりと握っていてね。それから、静かに歩くのよ。みんな寝てるから、起こさないようにしないといけないの」
「……? わかった、よ? ママ」
お外に出る。
当時のわたしは、お出かけをするのかなって、単純にそう考えてた。お引っ越しの意味を、まだ知らなかったがために。
そうしてわたしは、大きな荷物を持ったママと一緒に、家から出た。
最後に振り返ったときに目に入った窓から見えた夜空にはまんまるのお月さまが浮かんでいたことは、今でもなお覚えている。
……そっか。
お月さまがきれいに見えるほどの透明な窓がある時点で、おかしかったんだ。
あんな窓、それこそ貴族の家でもないと見かけない。
その透き通った窓があった家には、もう戻ることはなかった。
代わりに、わたしのママは、お母様になった。
次回から二章にはいる予定です。
今後もよろしくお願いします。




