ハロウィンの田舎の夜に
ハロウィンはなんだっけ?
かぼちゃをくり抜いてランタンを作って飾ったり、パンプキンパイとか食べたりとか……。
一人身の自分としては何のイベントとしてもない。
彼女もいない。イベントを誘ってくれる友達も少ない。
いないわけではない。
ただ……。
「彼女と一緒にイベント行くから今回はごめん!」
「奥さんに子供から家族サービスしろって言われてて」
とのことで二人からは拒絶。
家族や恋人がいればそりゃあ、人生潤いますよ。
妬ましい。正直に言って妬ましいし羨ましい。
「家にでも帰ろうか……」
仕事で実家から離れた所に一人暮らし。
休みくらいはどうにかなるはず。
明日、課長に言ってみよう。
翌朝はものの見事に寝坊して遅刻。
課長から早速呼び出しを食らう羽目に……。
「佐土原くん、遅刻とはまた珍しい……。どうかしたのか?」
「どうもないです。ほんとに」
「ならいいんだけどね。それにちょうど疲れてるみたいだから休暇をどうかと思っていたところだ」
「はい。休暇ならばうれしいです」
「佐土原くん。今日は昼あがりでいいから明日、明後日、明々後日までの三日間の休みをあげるから帰ったらどうかな」
「はい。ありがとうございます」
課長からの説教? ではなく運よく休みがもらえたならよかった。
とぼとぼと机に戻ったせいか同僚からも心配の目を向けられる。
二人の友達もすぐに駆け寄ってくる。
「だ、大丈夫だったか!?」
「ずいぶんと絞られていたような気がするが……」
「大丈夫です。ちょっと休暇を頂きました」
「そ、それならいいけど」
「まぁ、ゆっくりと休んだ方がいい」
二人とも心配してくれるのはとてもありがたい。
これまでもなんだかんだで助けてくれる同僚二人。
「とりあえず、俺は仕事を終わらせたら昼から帰ることになった」
「それはよかったな。まぁゆっくりしてくるといい」
じゃあな。と二人して自分の仕事場に戻る。
さて、書類に目を通して処理しなければ。
午前中に済む量の仕事だったような気がしたが……。
机には書類が沢山あったような……。
あ~、あの二人が持って行ってくれたのかな?
まぁ、いいか。
今ある物を早く片してしまおう。
あるものといえばデータ整理と統計を出す資料。
サクッと終わらせますか。
午前中とは言わず、半分の時間で終わった。多少のミスはあったがそれも込みで早く終わってしまった。
う~ん。何しよう……。
とりあえず、コーヒーでも飲みに行こう。
「あれ~。ささはきくんだっけ~?」
「佐土原ですよ。田口センパイ」
「ほうほう。そんなんだったねぇ」
「で、センパイはなんでここにいるのですか?」
「私がコーヒー飲みに来ちゃいけんのかい?」
「まぁ、いけないことは言ってないですよ」
一つは微糖、一つはブラック。
センパイが微糖派なのは入社してからずっと叩き込まれていたことだ。
嫌でも体に染みついているから仕方がない。
センパイに微糖を渡す。
「はいはい。わかってるねぇ~。でも、何か悩み事があるみたいねぇ」
「隠し事でもないでけどわかっちゃうんですね」
「そりゃあ、センパイですからねぇ」
こんな察しのいい人でも彼氏はいるらしい。
家事とかはできなそうだから、彼氏さんがいつもしているんだろうな。
「まぁまぁ、とりあえずゆっくり休んできたまえ」
「はぁ、ありがとうございます」
「じゃあね~」
一気にコーヒーを飲み干して缶はそのまま俺に手渡してかっこよく去っていく。
これもいつもの癖だ。
変わりに俺が捨てている。
さて、どうしよう。午後は休みだ。
帰るにしても一旦、電車で家まで戻ってからになるなぁ。
「まぁ、どうにかなるか」
そのあとは特に仕事が増えるでもなくすんなりと正午を迎え、帰ることにする。
自宅までは電車で数十分だ。
とりあえずちゃちゃっと荷造りして向かいますか。
実家がある場所にはここ数年ほど帰っていない。
下手をしたらこっちに出てきて初めてかな?
昔の同級とも長く会ってないなぁ。
「さぁ、行くか……」
新幹線か、飛行機か……。
どちらも料金が高い。
急に休みが入るのがいけないんだ。
でも、ここはのんびり行くとしよう。
新幹線に乗り込んで田舎の実家に。
おっと、とりあえず両親に連絡しておこう。
メールでいっか。
新幹線でも片道は五時間かかる。
ど田舎で車が無ければ移動すら困難という。
おまけに長く座っていたため、腰が痛くなった。
荷物がリュック一つだけだからよかった。
駅口から出てくるともう日は傾き始めて空はオレンジを帯び始めている。
もう夕方か……高層ビル群が無いから空だけはきれいなんだよなぁ。
「あ、いたいた。おい! 勲!」
「お、おやじ」
止めてある車の近くで仕事明けなのか作業着のままだ。
車がクラウンとかの乗用車でキラキラしてるように見えているが。
「おやじ、車買ったのか?」
「ん? まさか、こっちだ!」
めっちゃキラキラした乗用車の前にボロボロになった軽トラが止まっている。
想像通り。
作業着なら軽トラが似合う。
田舎には軽トラが多い。農作業がほとんどだからね。
さぁ、乗れといってもらえるが、ドアを開けた瞬間にギギギッと軋み音が響く。
車内は所々、サビまで浮き出てシートはあちこち破れて中のスポンジが飛び出てる。
さらには足元に麻縄のロープ、黄色と黒のロープ。仕上げは土付きのスコップが乗っけられておる。
片付け嫌いなおやじらしい。
「散らかってるが、シートベルトしたら行くぞ」
「あ、ああ、とばさなくていいからな」
「何言ってる。とばすぞ。掴まれ!」
「ちょっ、おやじィッ!?」
ギアを入れてアクセルをベタ踏みする。
高まるエンジン回転、シートに押しつけられ体を支えることしかできなくなる。
そう言えば昔、おやじはレーサーであり、ドリフト好きのドライバーだったっけ。
タイヤが悲鳴をあげつつあっという間に加速していく。
「だーはっはっは!」
「やりすぎだ、おやじ」
「まぁいいじゃねぇか。みんな楽しみに待ってんだ。早く行かねぇとよ」
車の窓からは流れる景色は一面の田んぼ。
今の時期は稲刈りの時期であるからほとんどは稲刈りが終わっている。
まだ、稲穂を付けた黄金の様相を見せてくれている所もちらほらある状況だ。
「なぁ、今日はみんないるのか?」
「ん? 母さんも彩未、瀬奈、文雄もみんないるぞ」
「そう」
「どうしたんだ? 彼女でもできたんか?」
「彼女なんていないよ」
「そうか~。なら、学生の頃仲良くしていた子はどうしたんだ?」
「学生の頃? そんなことあったっけ?」
「覚えてねぇのか?」
特別仲よくした子はいなかった気がする。
学生時代もそんなに目立つような性格ではなかったからな。
クラスメートに仲良くしてもらっていたくらいで交友関係はそこまで広くしていない。
告白とかの浮かれた話もなく青春が過ぎていった。
今は会社の仕事が手いっぱいで出会いとかもなく、ただただ飲み歩くだけの時間を過ごしている。
休日も何をしていたらいいのかもわからずに家でダラダラと過ごしている状態。
浮いた話とか。出会いすらない。
「そんな相手はいないよ」
「そうか……」
そう言っておやじはおもむろに携帯を取り出して、軽トラを路肩に止めて電話を始める。
ああ、母さん。と始めていたから家だとわかる。
どういった感じで電話しているのは意図がわからない。
話し方からしたら特に問題はない。
俺をひろったからとか、今日の料理がどうこうとか親戚呼ぶか近所の人を呼ぼうとかそんな感じだ。
母さんも電話口から興奮した声で答えているようだ。
もう、そんなことせずともいつも通りでいいのに。
「んじゃ帰ろう」
そう言ってまた走り始める。
家に帰りつく頃には日は完全に沈んで周りは真っ暗になっていた。
家の明かりだけが所々ついているド田舎。
周りは本当に真っ暗。
就職する前からでもあったが、なんか明かりが少なくなっている気がする。
過疎化と、言うやつか。
「中に入れよ」
「ああ」
おやじが先に玄関に入って行く。
おかえり~。と母さんの声が聞こえてくる。
そのおやじのあとに入ると、玄関の所に母さんともう一人の影が。
「おかえりなさい。勲さん」
「……誰?」
一瞬、時間がストップする。
見知らぬ女性、同級生の人とも違う。
なんだこれ……。
「母さん。こちらの人は?」
「こちらは北見奈緒美さん。ちょうど、家に来ていたのよ」
「何のために……」
「えっと、勲さんと結婚するためです」
「ってわけで今日来てもらったのよ~」
はい? 家に入れる親もそうだがなぜ今日なの?
意味が分からない。
それに俺は一切知らない。
まったく知らない人から結婚と言われても。
一切の感情が無ければ全く見向きもできないが……。
よく見ると、身長はどちらかというと低いし歳も俺よりも若い気がする。
顔立ちはしっかり整っていて美人でかわいい。
初対面だからかまだ恥ずかしげがあるところがちょっと惹かれる。
って、何考えてるんだ!
「結婚とか、まだ、考えてないし……」
「勲さん……」
うっ、ウルっとした目はなおさら惹かれる……。
ダメだ。こっちが引き込まれそう。
「と、とりあえず、事情は聞かせてください。話はそれからということで」
「はい! わかりました!」
そう言って彼女は奥の方へ。
おやじと母さんは何やらニヤニヤとこっちを見ていた。
どうやら、嵌められたような感じがする。
このために帰るとかは言った覚えはないんだがな……。
しかし奈緒美さんか……純日本人女性という人で俺にはドストライクなんだが。
彼女にも事情があるのだろう。無理に結婚する必要もない。
というか、どうやって連れてきたのだろうか……。
まさか、誘拐? まさかな……。
いろいろと考えながら家に上がっていく。
「お、兄ちゃんおかえり~」
「ああ、文雄か、ただいま」
「それより兄ちゃん。あの人誰? めっちゃきれいなんだけど」
「俺もわからん。事情があるだろうし聞いてみるしかない」
「お、勲じゃん。いつ帰ったの」
「あや姉ただいま、今帰ってきた」
弟と姉がいて最後の妹がいるはずだが。
奥から末っ子の瀬奈が顔を見せる。
「瀬奈、ただいま」
「お兄ちゃんの不純!」
「えっ!? な、何のこと!?」
「あのきれいなお姉さんのことだよ!」
「あの人は俺もわかんないから!」
何のことだよ。とあや姉が突っかかってくる。
弟たちが知ってていて姉が知らないってどういうことだよ。
しかも、あや姉はずっと家にいるはずなんだが……。
確か仕事がウェブデザイナー兼漫画家兼デザイナーと多職種だったっけか。
あ、つまりはこの時間まで爆睡していたということか。
それしか考えられんなぁ。まぁいいや。
「あんたたち、そんなところにいないでさっさとこっちにおいで~」
母さんの声がしてそっちに移動すると食卓に色とりどりの食事が並べられており華やかになっていた。
エプロン姿で食事を運ぶ奈緒美さんの姿もある。
本当にキレイ……。
って、いやいやダメだ。まだ事情も知らない。
「ほら、突っ立っていないでさっさと座りな」
それぞれが指定の位置に座る。
例にもれず奈緒美さんは俺の目の前だ。
それをよそ目におやじが音頭を取る。
「いただきます」
それに合わせてみんな一斉に食べ始める。
「はい勲さん」
「ん、ああ、ありがと……って、いいよこんなことしてもらって」
「いえ、させて欲しいのです」
小さいお皿におかずをきれいによそってもらってそれを手渡してくれる。
こんなにできた人が、何故ッ!?
おやじに目線を向ける。
すると、おやじは親指を立てて気にすんなと言わんばかりの笑顔を向けてくる。
いや、理由を聞かせろと送ったつもりなのだがな……。
「で、事情を聞かせてくれないか?」
「えっ」
「両親には話したんだろうが、俺は何も聞かされていないからわからない」
「ご両親様には確かに事情は話したのですが。そうですね。勲さんにも聞いて貰わないとですね」
箸をおいて正座で真面目に話始める。
出会いは奈緒美さんが俺を向こうで出会って一目ぼれしたらしい。写真も友達伝いで手に入れ奈緒美さんの両親に見せた所、両親が友達同士で知っていたことでここを知りえたとのこと。
出会いとしてはとてもロマンチックというよりは手堅く来たという感じで運命なのか、奈緒美さんの努力なのか、はたまた運が良かったというところか。
「話は大体わかりました。しかしです。自分はあなたのことはよく知りません」
「そうですね。ちゃんと話したのも今回が初めてですし……」
「ですので、いきなり結婚はちょっと……」
「そ、そうですね」
「なんだ勲! 甲斐性なしか!」
「オヤジは黙ってくれ!」
だが、俺も初対面ながら惹かれた部分はある。
だったら、友達からでもいいだろう。
「と、友達からでも」
「ここは友達とは言わず。付き合いましょう」
「えっ」
「今日であって確信しました。もっと私を知ってほしいです。幸か不幸か今日はハロウィンです。こういうのはどうでしょう?」
「えっえっ?」
奈緒美さんがおもむろに立ち上がって手を出してくる。
そして、笑顔でそれを言った。
「ハッピーハロウィン、付き合ってくれなきゃ、イタズラしちゃうゾ!」
赤面して告白がこれって……。
今年はいいハロウィンになったなぁ。