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朝日に充実な手のひらを  作者: みそしる
3/3

幸せな、ただの人間


 約束の朝4時になる十分前、僕と彰は駅前の一番高いビルの屋上にいた。

 日はまだ出ておらず、薄暗い。秋に近いせいか、ほんの少し肌寒い。


「佐々木さん、来るかな?」


「来るはずだ。佐々木さんはきっと、来なければならない」


 階段のほうからコツコツと音がする。ドアが開かれ、佐々木さんが現れる。紺色のジャケットに、紺色のスーツ。あいかわらず、律儀で堅苦しい。


「まだ、10分前ですよ」


「10分前につくことが礼儀だわ」


 佐々木さんの長い髪が、風に吹かれてふわりと浮く。


「僕ら、付き合い始めたんですよ。昨日から」


 僕は横にいる蓮を見て微笑む。蓮も微笑み返す。


「おめでとう」


「それでね、佐々木さん。私たちはもう人を殺すことはできません」


「なぜかしら?」


 僕は迷った。佐々木さんは多分、この能力について正しく理解している。僕が考えたこと、そしてたどり着いた答えをそのまま言うべきか。

 それは違う。僕の中の意思が強く否定する。彼女に話させるべきだ。そのためには、僕はあえて間違った答えを言わなければならない。

 佐々木さんと僕は似ている。きっと、話してくれるだろう。僕は彼女を信頼している。だからこそ、僕は彼女にひどいことをしなければならない。それはある意味、旅立つための儀式のようなものだ。


「僕はもう、本が好きではないからです」


 間が開く。それは一年や二年。下手したら、それ以上の長い長い時間のように思えた。20分ほどして彼女が小さく、でもはっきりと聞こえる声で言う。


「そうじゃないわ。それは間違いよ」

 

 朝日がちょうど、顔をのぞかせる。やわらかいやわらかい日差しを受けて、彼女はもう一度口を開く。彼女はきっと、覚悟を決めた。


「答え合わせをしましょうか」


『はい』


「私はあなたたちに『愛しているという気持ち』で能力が使えるといったわ。でも、本当はそうじゃない。『満たされていない気持ち』で能力は使えるの。あなたたちは、ずっと好きなものがあった。でも、心のどこかで満たされていないと思っていた。満たされていないことに気が付けていない人。そんな人が一番、この能力を使うことができるのよ」


 佐々木さんはほんの少し、笑って言った。

 初めて会ったときに比べて、毒気が抜けたような顔をしている。


「実はわかっていました」


「でしょうね」


 佐々木さんは子供を見る、母のような顔をしていた。そんな顔を見れて、少しうれしい。


「今の僕らは、満たされていると思いますか?」


「そのくらい、自分たちでわかるでしょう?」


 僕と蓮は顔を見合わせて笑った。触れていないことが不自然なくらいに近かった、手袋を付けていない手で、彼女の手をとる。蓮が指を僕の指の股に通す。蓮の手はひんやりしていて、気持ちがよかった。蓮は照れ臭そうに笑った。

 久しぶりだ。人間の手のぬくもりに触れられた。僕はもう、怪物でも、化け物でもない、蓮の手を握ることができる幸せな人間だ。


「佐々木さん。私たちを殺しますか?」


「私は今、能力を失ってしまった。わかっているでしょう?」


「佐々木さんはずっと、幸せそうな人を見たかったんですね。それがあなたの、満たされていない部分だったんですね?」


「変でしょう?」


 佐々木さんが自嘲気味に笑う。

 自分の幸せだけでなく、他人の幸せを願った彼女は優しすぎる。礼儀正しく動くのも、いつもしわ一つない服を着ているのも、きっと優しいからだろう。


「素敵なことだと思います」


 佐々木さんは、会社が僕らの命を取らないようにすると約束し、来た時と同じように長い髪を揺らしながら帰っていった。その姿はとてもかっこよくて、ほんの少し、嫉妬した。


「私も佐々木さんのような人になりたいな」


「やめてくれ。僕の立つ瀬が無くなる」


 僕らはひとしきり笑った後、ゆっくりと抱き合った。


 やわらかく差す朝日の光は、今日の始まりを知らせている。

 今日を大事に生きよう。明日を夢見て、前を向こう。

 何十年、何百年とこの思いを忘れないように。

 

 僕らは今日を歩みだす。




**************************************


 読んでくださりありがとうございます。


 今回はかなり物騒な言葉が多々出てきてしまいました。苦手だった方、すみません。

 

 暗い話が多いので、明るくしようと挑んだのがこの作品でした。明るくなっていないかもしれませんが、もがいてみました(笑)


 感想、評価していただけると嬉しいです。Twitterのほうもやってるので、見かけたら声をかけてください。

 また会える日を楽しみにしています。


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