せかいのひみつ
せかいのひみつ
やあ、こんにちは。君も僕の話を聞きに来たのかい?
とりあえず遠慮せずに座って。
ねえ。
どんなふうに聞いてきたんだい?
――うん、うん。
荒唐無稽なのにどうしても信じてしまいたくなる話だから、って。君の前の人が?
そうだろうね。
なぜって、僕は、本当のことしか言わないからね。
さて、じゃあまず、僕のことを話そうか。
僕が何者に見える?
どこにでもいそうな若者に見えるかな。そうだろうね。
姿かたちだけを見れば、そうとしか見えないのも仕方がないね。
でも、僕は君らとはちょっと違うんだ。
僕はね、ずっとずっと前に滅びた世界に住んでいたんだ。
――そうだね、そりゃ、苦笑いもしたくなる。
ともかく、信じても信じなくてもいいよ、これが前提条件だから。
さて。
この世界に、過去にすごい文明があった、なんていうおとぎ話は聞いたことがあるだろう? オカルト雑誌から真面目な科学誌まで、そんな話は必ず出てくる。
実際のところ、あったのさ。
地質学的なタイムスケールで見ると、それは本当にほんの一瞬に過ぎないから、いくら掘っても痕跡は出てこないだろうね。でも、たしかにあったのさ。
僕はその世界の一員だった。
その世界は、実にくだらない理由で滅んだんだよ。
住人は最後の一人に至るまで死に絶えた。
ああ、ごめん、嘘を言ってしまった。最後の一人だけは、生き残ったんだ。そう、それが僕。
それにしちゃあ年寄りに見えないって思ってるね?
それもそうさ。あの文明では不老不死なんてとっくに実現していたからね。
むしろ。科学の力でできないことなんて何もなくなってた。
だけれど、科学力があまりに行き過ぎてしまってね、結局は自らを滅ぼしつくすことになったんだ。
どうやって、って? 説明するのが難しいな、この新しい世界の言語じゃあ表現できない仕組みだから。一番近い言葉で言えば、魂、なんてのが近いかな、その魂を直接焼き焦がす炎、そんな感じのもの。それで、僕らの世界の人々はあっという間に滅びた。
もちろん、僕らの作った建物だの機械だのの魂も滅んだから、跡形もなく消えちゃったよ。――ああ、そうだね、無機物に魂なんて表現をするとやっぱりわかりにくいよね。この世界じゃあうまく表現する言葉が無いんだ。モノゴトが”在る”ことを保障している宇宙からの”借り”みたいなもの、そんな感じなんだけどさ。
そもそも滅ぼしあいになった理由?
どうでもいいよ。知らなくていい。どんな些細な理由だって、必ずそこまでエスカレートするから。
ああ、そうか、君は、その滅ぼしあいの理由を聞いて、この新しい世界が不毛な滅ぼしあいに足を踏み入れないようにしたいと思うんだね。だから理由が気になる。
でも、知る必要はないよ。さっきも言ったけど、どんな理由でもいいんだ。例えば隣の家のポプラの木陰のせいで芝生が育たない、なんてくだらない理由でも、滅ぼしあいはできるものさ。
唯一それが起こった理由を挙げるなら、僕らがその手段を持ってしまった、ってこと。
科学が行き過ぎてしまった。
それだけが、滅ぼしあいが起きた理由なんだ。
突き詰めればね。
僕が今生きている理由は、ただの偶然。たまたま、最後のボタンを押したのが僕で、僕の頭上に落ちてくる炎が無かった、それだけの理由さ。
僕が僕自身を消さなかった理由は、単純明快。
やり直したかったんだ。
あの世界では、不老不死の人々がそれぞれその内側に科学の神髄のすべてを秘めて暮らしていた。
僕一人が生き残りさえすれば、すべてをやり直せると思ってね。
でもね、結局、僕もあの世界の住人だろう? いつか僕は僕とその仲間を滅ぼすだろうと思ったんだ。
だから、僕は仲間を作り直すときに、ちょっとだけ手を加えることにしたんだ。
何をしたのかって?
簡単さ。
ちょっとだけおバカにしたんだ。
そう。
それが君ら。
君らみんな、僕よりちょっとだけバカなのさ。
どのくらいバカにすれば、滅亡を免れるかなんてのは、簡単さ。ちょっとした計算で分かる。
ちょうどそのくらい――滅亡に向かう最終手段を持てない程度のおバカにしたつもりだよ。
……ああ、君、案外、いろんなことを知ってるんだね。
そうだね、たしかに、君らは、究極理論の一歩手前まで来てるみたいだ。
あと一押し、何か発見があれば、究極理論が手に入るかもしれない。
……なーんてね。
君らが信奉してる物理学のモデル、あれ、ぜーんぶ間違ってるから。
あ、ごめん、気を悪くしたかな? いや、そんな性格じゃないよね、君は。君はそういうのを笑い飛ばすタイプだ。ね。
なんだかんだで、君らの作った物理法則は、いろいろうまくやってるみたいだけど、なんていうのかな、地動説と天動説くらい、物事の見方を取り違えちゃってるんだよ。
もちろん、そのくらいの取り違えを起こすように、おバカにしたんだ。
極限の状況になると、君らの物理法則はきっと破たんするよ。だって、真理にちっとも近づいてないんだもの。
ねえ、たとえばさ、暗黒物質とか暗黒エネルギーとか、聞いたことある?
ああ、そう、やっぱり君って案外博識だね。ちょっと見直したよ。
ね、見えない重力だけの何か、とか、空間そのものが持ってるエネルギーとか。
宇宙の膨らみ方とか銀河の回り方とか見てたら、そういうものがあるとしか思えなくなっちゃったんだね。
いいよいいよ。
いい傾向だと思う。
うっふふふ、笑えるよね。
なんだい、暗黒物質って。中学二年生の妄想かよ、ってね。
暗黒エネルギーなんてありゃしないよ。
簡単に言っちゃえば、望遠鏡の作り方を間違えてるのさ。
それを間違えていることさえ気づいてないんだ。
君らはずっと、天動説の周転円を捨てられずに過ごすのさ。
そこに君らの限界がある。そういう風に作ったんだ。
――うん。そのわりには、たしかに君らは危険な道具を持ってる。そのことは認めるよ。
核兵器とかでしょう?
そうだね、ちょいと手続きさえ踏めば、計算上は人類を何回か滅ぼせる程度の弾頭を持ってることは認めよう。
……それで?
そんなもので何をしようって?
人類を滅ぼす?
いやはや、おこがましいね。
あんなもんで人類が滅ぼせると?
人口は、そうだね、数百万の桁にまで減るだろうけど。
そこまでさ。そこから最後の一人までを絶やす手段がないだろ?
やってみればいいさ。
すぐにわかる。
ね、今から試してみようか。信じられないなら。
案外、すっきりするかもよ?
……ふふ、冗談さ。いや、あんなものじゃ人類は滅ぼせないと分かってたら、使う気も失せるだろ。
捨てるのも惜しいかもしれないけど、あんなものは本来何の役にも立たないのさ。
ま、それを言ったら、君らが一生懸命研究している最新科学も似たようなものだけどさ。
君の国が今、数学者って連中にいくら支払ってるか知ってる?
……ああ、ごめん、これは失敬な質問だったね。
君にかけては、一度でも目を通したドルマーク付きの数字が頭から抜け落ちるわけがないものね。
うん、それだけのお金がね、最終的に数学者を自称する無能者の棺桶を用意するためだけに使われてるわけだよ。
たとえば僕らはね、十次以上の高次項も直接的に、直感的に扱う方法を知ってる。
でも、君らはできないでしょう?
大体、微少量が二次か三次を超えたら、無いものとして式から消しちゃう。
重ねては消して重ねては消して。
そんなことを何十回も繰り返して出てきた【美しい】式を眺めて、解が見つかった、って喜んでるのさ。
おバカだからね。
そもそも、君らが宇宙の在り様を計算できることを不思議がってる数学って道具が、使い方を間違えてるからね。
缶切りは缶詰を開けることはできるけど缶詰を作ることはできないだろ?
君らは缶切りを使って缶詰の真理に近づこうとしてるんだ。
踏み台と棒切れでぶら下がったバナナにアプローチするおサルさんと本質的には同レベルなのさ。
だけどそれでいいんだ。
自分たちは正しい道を進んでる、と確信しながら、間違った方向に向かって努力を続ければいいんだ。
きっと、永遠に極みにはたどり着かないと思うよ。
だけど、だからこそ、君らは永遠の努力を続けられるんだ。
くだらない理由で自分らに滅ぼしあいを仕掛けるほど暇を持て余すことがなくなるんだ。
ねえ、だから、君は、やっぱり今まで通りにやればいいんだと思うよ。
馬鹿げて間違った研究にたくさんの予算を配分すればいいんだ。
温暖化を止めるなんていう大それた試みもいいかもね。
それが、君たちが滅亡から逃れる唯一の方法だからね。
で、君の任期はあと四年? 八年? そんなもんだね。ぜひとも、次の大統領にも、僕のことを教えてあげてよ。
ふふ、いっときはバラエディ番組のホストだったから口が軽いかも、だって?
だからこそ大丈夫なのさ。
君の大法螺なんて誰も信じないだろ?