第四話(表)休日の過ごし方
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「院長先生へ、御手紙ありがとうございます。
無理をしていないかと心配なされていたようですが大丈夫です。
親より子供が先に死ぬ事程、親不孝な事はありませんもの。自分達の歩幅で堅実に……」
「ねえねえ、私の活躍ちゃんと書いてよ?」
「自分達の歩幅で堅実に――ってまあその通りですけど、どうせなら具体的に何をして来たかを書いた方が良くないですか?」
「アンタらうるさい! 書いてるの私!!」
ある日の休日、三人は孤児院から送られて来た手紙の返事を書いていた。
実際に筆を取っているのはマレウスだが、それは彼女が三人の中で一番字が上手いからだ。
マリーとジャンヌは内容のリクエストぐらいしかしていない。
「もう、マレウスは直ぐ怒るー」
「怒るー……短気は寿命を縮めますよ?」
「うぎぎぎぎ! 一回本気でシメるわよ!?」
「言うても私達前衛だもんね?」
「ねー? 呪文唱える前に腹パン一発で返り討ちですよ」
ギャアギャアと騒ぎながら手紙を綴る少女らの顔は常よりも明るい。
孤児院を離れてまだそこまで時間は経っていないが、他の家族と会えない時間がこんなにも続いたのは初めてだった。
だからこそ文とは言え家族の元気な姿を知れ、また自分達の近況を伝えられる事が嬉しいのだ。
書きたい事が沢山ある、伝えたい事が山程ある。
勿論、心配はかけたくないので伏せておきたい事も多々あるがそれを省いても便箋の一枚や二枚じゃ全然足りない。
早朝から書き始めた手紙が書き終わったのは結局、午後に入ってからだった。
手紙を書き終えた三人はその足で街へと繰り出した。
手紙を出す事もそうだが、手紙を書く事に夢中で昼食を摂っていなかったからだ。
と言っても時間的には昼食と言うよりはもうおやつの時間帯なのだが。
「手紙、どれくらいで届くかな?」
「そうね……タイミングも良かったみたいだし二、三日もあれば届くんじゃないかしら」
「途中で寄り道をしたと言っても、私達は二週間もかかったのに物や手紙は数日と言うのは複雑ですね」
「郵便は障害の少ない空を選んでいるんだもの。そりゃあ時間も短くなるわよ」
「グリフォンだっけ? あれってそんなに速いの?」
「ええ、それはもう」
更に言えば強くもある。
空でグリフォンに勝てる種なぞ、それこそドラゴンぐらいのものだ。
「と言うか郵便局――エデだけじゃなく、世界中のものも含めると凄まじい数のグリフォンが居ますよね?」
「それがどうかした?」
「国が徴収したりはしないのかと、少し気になったもので」
「ああ、それは大丈夫よ」
冒険者ギルドと並び郵便局はどの国にも存在するがどの国にも属さない組織だ。
その国々に合わせてアドリブを利かせてローカルルールを設定したりはするものの、原則特定の国家には組しない。
なので相争っている国家間であろうとも自由に行き来する事が出来る。
それはその有用性が認められているからに他ならない。
だからこそ、一国家でもそんなには保有していないだろうと言う数のグリフォンを有する事も認められているのだ。
「理解した?」
「ええ、ですが昔のスペルビアとかならば平気で破りそうですよね」
「しないわよ。十年前のあの国は確かに世界最強。だけど、他の国を全て敵に回せるかと言えば話は別」
多少の条約違反ならばスペルビアは平気で踏み躙るだろう。
だが、ギルドや郵便局などに関わるものであれば仮想敵国にとっては良い”口実”だ。
大国が反スペルビア連合に参加をと音頭を取れば、かなりの数が集まる。
そうなればさしものスペルビアとて敗北は必至だ。
「あのさー、難しい話はそこら辺にしてご飯食べに行こうよご飯」
「別に難しくも何ともないのだけど……はぁ、それで? 何処で食べる?」
「何時も通りクレアの大鍋で良いんじゃないですか?」
クレアの大鍋とは何十年も前からエデの冒険者達を支え続けている大衆食堂の名だ。
メニューはそこまで多くはないし家庭料理の域を出ないものしかないが味良し、量多し、値段安し。
駆け出し冒険者達にとってはたまらなくありがたい店で、エデで冒険者を始めた者は誰しもが世話になっている。
ある程度小慣れて来ると離れてしまうが、時たま初心を懐かしみ大鍋に足を運んでしまう中級冒険者も多いとか。
「今日は身体動かしてないけど、全部食べられるかな?」
「それなら昼食を抜きにして、夕食をちょっと豪華にって手もあるわよ」
「一食分浮いたお金でちょっと良い店に、かぁ……それも悪くないかも」
「ジャンヌのをA案、私のをB案にするとして――さあ、どうする? 私はあなたに任せるわ」
「あ、同じく私も」
「ずるい! 何で私にだけ悩ませるの!?」
やいのやいのと姦しい三人娘だったが、ふとマリーがあらぬ方向を見た。
「どうしたのって……リーンじゃないの」
「おーい! リーンくん! 何処行くのー!!」
少し離れた所に居たリーンの下に駆け寄る三人。
行動を共にし始めてからそこそこ経ったが、休日に彼を見かけたのはこれが初めてだった。
「こんにちは。今さっき依頼を片付けて来たところでね。これから鍛錬に向かおうかと」
「依頼が鍛錬を兼ねてる訳じゃないんですね」
「うん。仕事は仕事。私情を持ち込むのは依頼を出した人に失礼かなって」
「真面目ね。でも、鍛錬ねえ……」
「うん、ちょっと気になるかも」
「あれだけ強い方が普段どんな鍛錬をしているのか、後学のためにも知っておきたいですね」
基本的には手を出さないリーンだが、昨今の”異常”もあり幾度か三人の前で剣を振るった事もあった。
そしてその強さをまざまざと思い知らされたものだ。
マリーだけはシンとの戦いもあったので、ある程度は知っていたものの……あれは相手が悪かった。
実際に無双をかますシーンを見せ付けられて、改めてその強さを痛感した。
「「「じゃ、B案に決定って事で!!」」」
「B案……?」
リーンが不思議そうな顔をしているが先程の話を知らないので無理もない。
「気にしない気にしない! それより、邪魔じゃなければ私達も一緒に行って良いかな?」
「ん? それは別に構わないけど……折角の休日に良いのかい?」
「休日だからよ」
ある程度小慣れて来たとは言え、冒険者としてはまだまだ。
その日の依頼を終えて街に帰る頃にはくたくたになっている。
リーンに稽古をつけてと頼める余裕も、リーンの鍛錬に同行する余裕も残っていない。
だからこそ、ステップアップの意味でもこれはまたとない機会だ。
「それに、休日と言っても今からお昼ご飯食べに行くぐらいしか予定ありませんでしたし」
「分かった。じゃあ、一緒に行こうか。一応、自衛のためにも装備は整えて来てもらえるかな? 正門前で待ち合わせしよう」
「「「了解」」」
華の十代が四人も揃っていながら色気もへったくれもない休日。
そう苦言を呈するには、少年少女らの背負う荷が些か重過ぎる。
まだ子供で居られるはずなのに、大人にならざるを得なかった。それは紛れもない不幸だ。
救いがあるとすれば、彼ら自身がその不幸を嘆かず前向きに生きている事だろう。
「ねえ、何処まで行くの?」
街を出てしばし、四人は青天の下をのんびりと歩き続けていた。
「他の冒険者に迷惑をかけたくないからね、狩場からは外れている場所を狙うつもりだよ」
「迷惑?」
「ああ、これを使うつもりだからね」
そう言ってリーンがバッグから取り出したものを見て、マリーの顔が盛大に引き攣る。
その手に握られたフラスコのような瓶――その中に満ちる液体は彼女にとってトラウマ級の代物だった。
「そ、それって……私が前に使ったポーション、だよね……?」
「はぁ!? ちょ、ちょっとアンタ何でそんなもん持ってんのよ!?」
「話す機会がなかったけど、このポーションの届け先は僕だったんだ」
「何だってこんな欠陥品を……いえ、戦う相手に事欠かないと言う意味では有用なんでしょうか?」
例の一件もあってか、三人からすればこのポーションは危険極まりない代物と言う印象しかなかった。
軽く距離を取っているのも、まさかの事故を恐れているからだろう。
「うん、まあジャンヌさんの言う通りだよ。
モンスターと戦ってまた次のモンスターを探すよりもこれを使った方が効率的だからね。
何せ向こうから勝手に来てくれる。しかも、数まで揃えてくれるんだから最高だよ」
「そう簡単にやられるとも思えないし別に良いんだけど、あなたそんな代物を作れる錬金術師とも伝手があるの?」
「僕ってよりザインさんだね。と言うか、このポーションを作らせたのもザインさんなんだ」
理由は当然、修行のためだ。
一々モンスターをその足で探すのが面倒臭い、向こうから来るようにしろ。
そんな理不尽なオーダーを錬金術師にぶつけて開発されたのがこの誘引ポーションだった。
「でも、それを使うと言う事は他の依頼を受けてる冒険者の獲物を横取りしてしまうのでは?」
「ちゃんと考えてあるよ」
リーンは事前にギルドに貼り出されている全ての依頼に目を通してある。
その上で、要らぬ軋轢を生まないための位置取りを考えたのでジャンヌが心配しているような事はまず起きないだろう。
「さて、と。此処らで良いか。皆は巻き込まれないようあそこで見ていると良い」
そう言って指差したのは小高い丘だった。
リーン自身は平野に残り、三人がちゃんと丘に上がったのを確認しポーションの栓を外す。
「……よし」
これからの事を考えると些か身体が硬くなる。
だが、危険を侵さずしてシンに近付く事は出来やしないのだ。
リーンが意を決してポーションを頭から被ると、十分程で臭いに釣られてモンスター達が押し寄せて来た。
「ちょ、ちょっと! 何で目ぇ瞑ってんの!? リーンくん! リーンくん!?」
四方から押し寄せるモンスターの群れを捌くリーン。
それ自体は別に構わないし不思議でもない。
だが、何故わざわざ視覚を閉ざすのか。
マリーらにはまるで理解が出来ず、思わず叫んでしまった。
「これは、殺意を肌で感じるための鍛錬でね!」
視覚情報の遮断は一段階、まだまだ余裕のあるリーンが大声で答えた。
「戦う上では見て躱すんじゃ遅過ぎる事もある。だから、反射の域にまで行動を落とし込む事が理想なんだ!
だけど、一朝一夕で身に着くものでもない。だから先ずは感覚を一つ一つ閉ざし、他の感覚を鋭敏にしていくのさ!!」
そうして死に接近し感度を上げて行く事で、やがては反射の域にまで辿り着くのだ。
リーンの説明を聞いたマリーはあの夜の事を思い出した。
あの夜も彼は、シンと剣戟を繰り広げている間、ずっと目を瞑っていた。
成る程、あれにはそう言う意味があったのかと納得は出来たが……。
「(……危険な事には変わりないよね?)」
正面から突進して来たモンスターの腹に足を食い込ませてリーンが飛翔する。
飛び上がると同時にシャツを脱ぎ捨てたのは、より死へと近付くためだろう。
「…………リーンさんのお姉さんがとても強いのは話に聞いていましたけど、あそこまでしなければいけないんでしょうか?」
「そう、なんだろうね」
マリーは見たままの強さしか感じ取れなかった。
凄く速くて、凄く鋭い、表面的な事実からでしかシンの強さを測れない。
それは彼女が未熟だからに他ならない。
だがリーンは違う。
シンの強さ――力の底が今の自分では見通せない程に深い事を理解出来た。
共に正確な力を把握した訳ではないが、精度で言えばリーンの方が近い事ぐらいは分かるはずだ。
そのリーンが粛々とこの鍛錬をこなしていると言う事はここまでしなければ……いや、これが最低限度なのだろう。
「滅茶苦茶ね。私達からすれば彼もそうだけど、それ以上にシンって女は出鱈目が極まってるわ」
ポーションを使った鍛錬は今日が初めてなのだろう。
だが、感覚を閉ざしながら敵と対峙する事自体は今日が初めてではない――見れば分かる。
心身に馴染む程、馬鹿げた鍛錬を繰り返しても尚、シンの足下にさえ手が届かない。
これを出鱈目と言わずして何と言うのか。
「(でも、真なる魔女に目をかけてもらうなら……)」
人間基準で出鱈目と称される程の何かがなければいけないのだろう。
高過ぎる壁を思い知り、マレウスは我知らず苦い顔になっていた。
「やるべき事、やりたい事、そのために一直線。迷いなんて欠片も見えないや」
リーンは耳栓で聴覚を、臭い薬で嗅覚を麻痺させ既に三感を閉じている。
この段になると無傷とはいかなくなり、その肌に傷が刻まれていく。
心情的には危な過ぎるから止めて欲しいと言いたい。
だがリーンの決意を果たすには必要な事。
彼の覚悟を覆せる程の何かを今の自分は持っていない――そう痛感するマリーであった。
「……マレウス、ジャンヌ」
「……何?」
「私達の夢って何だった?」
三人はリーンに視線を釘付けたままポツポツと語り出す。
「孤児院の新築、新しい孤児院は少しでも治安の良い場所に建ててあげたいわ」
「院長先生や他の皆さんが毎日お腹いっぱいご飯を食べられるようになれば良いですよね」
「今居る弟や妹、これから増えるかもしれない家族が夢を諦めなくても良いようにしてあげたいよ」
他の人間からすれば鼻で笑われるようなものかもしれない。
だけど、自分達にとっては命懸けで追うに値する確かな夢なのだ。
「無茶をして皆を悲しませるような事は本末転倒だけど……それでも……」
あの光景を見ていると胸が熱くなるのを止められないのだ。
「「「頑張ろう、もっともっと」」」
実りも豊かに、少年少女らの休日は過ぎ去っていった。
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